58-(0) 幹部の矜持(プライド)
水面下、その接触は人知れず行われていた。
ポートランドないし飛鳥崎市街全域をも見渡せる、とある高層ビル内のいちフロアで、リ
チャード・ビクターは優雅な食事を摂っていた。控える側近や給仕係らを除き、たった一人
で囲むテーブルと料理。暫くそうして、ナイフとフォークを手に舌鼓を打っていた彼だった
が、ややあってこの来客──闖入者の方をちらりと見遣る。
「……何故あの男に、力を与えた?」
白鳥こと人間態のプライドだった。相も変わらず横柄な態度で、そうじっとリチャード達
を見下ろしている。控えていた線の細い黒眼鏡の男とガタイの良い強面の男、彼の秘書及び
ボディーガードを務める側近二人も、あからさまにこちらを警戒して睨み返してきている。
それでも尚、当のプライドは追及を止めない。
「主流派でなくとも、この国の中枢に関わる人間の一人だぞ? 足がついたらどうする?」
「だからこそサ。それに今はもう、私達の側に管轄が移っている筈なんだガネ?」
気色ばむ部下達を、サッと静かに制してやりながら、リチャードは悪びれる様子もなく言
った。寧ろプライドに対し、当てつけのような言い方すら使う。ぴくりと、眉間の皺を深く
する彼の反応すらも、何処か楽しんでいるかのように。
「それニ……こうして事後処理の為に私達が来日したのモ、元を辿れば君がしくじったから
じゃないカ。此方にも都合があるンダ。念には念を……だヨ」
リチャード曰く、もっと深い部分を掌握ないし破壊しなければ、根本的な“地均し”には
ならない。当初は守護騎士の正体を、人々の間に引き摺り出す心算だったが……それもすん
での所で相手側に掠め取られた。
「正直、意外だったヨ。まさか、自ら正体を明かしてしまうとは思わなかっタ」
「ああ。私も驚いた。自分達にとって不利しかなかろうものを……。やはり人間とは、何を
やらかすか分かったものじゃない」
「ははっ」
プライドも思い出したのだろう。それまでとはまた別に、眉間の皺が静かに深くなった。
にも拘らず、一方のリチャードはと言えば、寧ろ笑っていた。側近二人や給仕係が、暫し
手を止めて事のなりゆきを見守っているのも気に留めず、にこやかだった表情は次の瞬間不
穏なものへと様変わりを見せる。
「それでモ──やり様なら幾らでもある。まあ、見ておくとイイ。引き続きこちらに任せて
おいて貰おウ」
佐原睦月らが透明度を上げたのなら、こちらはその傷痕を更に抉るだけ。
「守るものが多くなればなるほど、ヒーローとは思うように動けなくなるものサ。この国で
も合衆国でも、今やそこに大差は無いだろウ?」
「……」
テーブルに片肘を置き、リチャードは不敵に笑っていた。見下ろした格好のまま黙り込む
プライドとは対照的な態度だ。乗り込んだはいいものの、結局彼は終始“言い負かされた”
体であることも手伝っていたのだろう。
『──』
そんな二人、或いは場に控えていた側近達を含めたやり取りを、人間態のグリードが更に
物陰からこっそりと覗いていて……。




