57-(6) 執拗な敵(あいて)
その日の放課後、ばらばらに散っていた睦月達は、改めて地下司令室に集まっていた。新
たな襲撃者の出現を受け、内部は忙しなく張り詰めている。昼間は事後処理の為に走り回っ
ていたし、睦月は睦月で一旦学園に帰り、関係者に状況の説明と謝罪をせねばならなかった。
幸い、屋上の柵が一部切られたぐらいで、人的な被害は皆無だった。加えて相対した校長
や教員達も、思いの外強くは出てこなかったのもある。守護騎士だと判っているが故の遠慮
なのか、或いは対策チームによる根回しでもあったのか……。
「分析を重ねてみたが、流石に召喚主の場所までは追えなかったよ。少なくともあの個体は
まだ進化前。そして現場からかなり遠い距離で使役していたと思われる」
「差し詰め──“死神”のアウターと言った所か。固有の能力は、透過で間違いないだろう。
単純ではあるが、だからこそ厄介だ。今まで防御の硬い敵こそいても、あのような形で攻
撃が通らないというパターンは無かったからな。次に捕捉するまでに、何とか対策を考えな
ければならない」
分析を担当した萬波や香月以下、研究部門の面々と、司令官たる皆人。
両者は口を揃えて、今回現れた敵の難しさを皆に報告していた。途中ですんなり退いたの
も、冴島達が加勢してきた──組織立って動かれ、こちらを捕捉されるのを警戒してのこと
だろう。そもそも、姿形や能力からも、奇襲による標的抹殺に特化した個体と言える。
『参ったな……。こんなにも早く、刺客が来るとは……』
事件を聞き、急遽通信越しで参加していた皆継も、心苦しく表情を顰めて思案している。
尤も睦月への心配それだけというよりは、今回の騒動によって生じる方々からの批判につい
てが主であろうが。
「ホント、早過ぎだよお。折角睦月が学校に戻ってきたっていうのにさ?」
「ビブリオも一緒に居ましたが、パンドラちゃんよりも感知が遅れていました。それだけ相
手の透過が厄介だってことなんでしょうか?」
「そうねえ……。先ずあの時、デスが最初に現れたのは睦月達の足元──鉄筋コンクリート
の内側よ。つまり通常の電波は弾かれ、通り難くなる。ビブリオの感知が遅れた大きな原因
はそこでしょうね。パンドラは常時自分で考えて、行動できるAIだから、僅かな違和感に
も即座に反応できた。睦月に伝えられた──」
特に幼馴染二人に関しては、このタイミングであることに強く残念がっていた。海沙も、
自身のコンシェルが持つ探知能力に自信があったにも拘らず、逸早く気付けなかったことに
負い目を感じていた。香月が、努めて優しく穏やかな声色で、そう説明して励ましてあげて
いる。
「ただまあ、これで一回奇襲が失敗してる訳だから、向こうも少しはやり難くなったんじゃ
ねえか? 奴の反応はデータとして残ってるんだろ? 後はそいつが近付いて来りゃあ、ま
た狙ってきたって判る」
「そうだね。暫くは、警戒を解かない方が良さそうだ。すり抜ける能力となれば、障害物の
有無や室内だからと言って油断はできないしね」
「何にしても……問題はそのすり抜け能力ですよねえ」
「ああ。こっちの攻撃、全然通ってなかったからなあ。いや、通るには通ってたんだけど」
仁や冴島、実際に戦った他の隊士達がちらほらとごちる。幸いなのは敵が来る、という事
前情報を得たことだが、進化前の個体となればまた召喚解除によって逃げられかねない。騒
ぎの拡大による人々の外圧──何より睦月自身の為にも、今回の事件はなるべく早期に解決
しておきたい。
『とにかく、召喚主の手掛かりと、透過能力への対策だな』
「そうですね。こちらとしても、全力を尽くす心算ではありますが……」
画面の向こうの皆継も、大方の話し合いが済んだと見て、退席の素振りを見せていた。萬
波や職員達も応じ、早速人員の配分に掛かる。更なる分析に取り掛かる。
「……睦月。分かっているとは思うけど」
「うん。暫くはこっちで大人しくしておくよ」
「ええ……。ごめんなさいね」
母・香月も睦月に、そう遠回しに念を押していた。素直に微笑み返されるからこそ、彼女
もまた密かに良心の呵責に苛まれる。
「──」
そんな中、一方で皆人は内心じっと眉間に皺を寄せていた。黙り込んで、独り気付いてし
まった疑問に何とか答えを出そうともがいている。
こんなにも早く。父は確かにそう言った。そうだ。今日の睦月復帰は、自分達の中でも内
密のスケジュールだった筈。裏でサポートをしていたとはいえ、その情報を知り得たのは、
対策チームの中でも限られた者達だけだった筈なのだ。
(まさか……俺達の中に、内通者が紛れ込んでいる……??)
守護騎士こと睦月の身バレ以降、連日各種メディアは彼及び対策チームを取り上げ、特集
を組んでいた。動機は単純明快、視聴率の荒稼ぎ。特に母・香月は、国内でも知る人ぞ知る
コンシェル開発の権威でもある。
ならば“父親”は?
今日びシングルマザーないしファーザーの家庭自体、そこまで珍しくはないものの。
『……』
そういった幾つものテレビ報道を、とあるスーツ姿の集団もまた観ていた。敢えて薄暗く
したような部屋の中で、センセーショナルに映し出されているそれ。少人数且つめいめいの
人相は窺えない。そこへふと、また新たな人物が入って来た。彼らが一斉に弾かれるように
立ち上がり、これを迎える。カツカツと、靴音を床材に吸われながら近付いて来て、画面に
映る睦月や香月の顔写真を見つめる。ニヤリとほくそ笑む。
『──』
その片手には紛れもなく、今や禁制品となった筈のリアナイザが提げられていた。
時を前後して、飛鳥崎中央駅。
他の集積都市同士を結び、連日多くの人々がごった返す街の玄関口に、一人の男性が降り
立っていた。装飾の類が一切ない無骨な黒いスーツケースを片手に、同じくビシッと決めた
スーツの上下姿。整っていながら、常時不機嫌そうなその顔立ちは、ほぼ間違いなく生来の
魅力を威圧感へと変換して余りあるだろう。
「……」
海之だった。
険しい表情で一見変わらない、秋空の飛鳥崎のビル群を仰いだのは、海沙の兄で睦月達の
年の離れた幼馴染。若き法務官僚、青野海之その人だったのである。




