57-(5) 死を望む
『っ、下です! 足元!』
突然襲い掛かってきた敵は、典型的な“死神”の姿形をした個体だった。パンドラがその
気配を察知して叫んだのとほぼ同時、直後睦月の足元から床をすり抜けるように現れ、手に
した大鎌を掬い上げるように振るってくる。
「避けろ! 睦月!」
やばっ──。ただ、至近距離への接近を許してしまった最初の一撃は、当の睦月がその場
に仰向けで倒れ込んでしまった事で何とか回避された。
斬撃と共に中空に浮き上がってくる死神──デス・アウター。骸骨な顔面に舌打ちのよう
な悔しさを漏らし、再び大きく得物を振り下ろしてくる。対する睦月も睦月で、必死にこれ
から逃げ回った。床に倒れた姿勢のまま何度も身体を転がし、急ぎ相手の攻撃のタイミング
を見て起き上がる。
「っ……、変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
懐からEXリアナイザと、パンドラの入ったデバイスを取り出し、即挿入。
守護騎士に変身し、尚も襲い掛かるデスを迎撃しようとする。
「むー君!」
「ちょっ……!? 何、何なの!? あいつ今、地面から……。まさか八代?」
「見てくれが全然違うだろ。それよりも!」
「ええ。皆人様!」
「分かってる! 援護するぞ!」
目の前で突如として繰り広げられた奇襲に、最初皆人以下仲間達は引き離されてしまいそ
うになっていた。悲鳴を上げる海沙、嫌な記憶を呼び起こす宙。仁も國子も、そして彼女に
応じるよりも既に調律リアナイザを取り出していた皆人も、急いでこれを止めるべくそれぞ
れのコンシェルを召喚。背後からの一斉挟撃を加える。
「──」
『なっ?!』
しかしである。クルーエル・ブルーの伸びる刺突や朧丸の太刀、グレートデューク渾身の
突撃槍も、全てこの死神の前には通用しなかった。Mr.カノンの銃弾や、ビブリオ・ノー
リッジが魔法陣から放つ光線も、全部まとめてその身体をすり抜けて行ったからだ。
「こいつ……!」
故に理解する。戦慄する。
皆人達はこの敵の能力、その正体にようやく気付いたのだ。
「潜ってたんじゃねえ! すり抜けだ! 物体を、すり抜ける能力だ!」
生身の人間は、アウターに傷一つ付ける事が出来ない。こと進化前の個体に限っては、通
常の物理攻撃は全てすり抜けてしまう。
だが今回はその逆だ。そういった敵の性質から、こちらも自前のコンシェル達を召喚──
実体化させ攻撃を可能としてきたのに、その攻撃すら効いていない。完全に、そういう能力
でなければ説明が付かない。
「オォッ、オォーッ!!」
「ぐっ……!」
にも拘らず、当のデス自身は、執拗に守護騎士と化した睦月一人を狙って攻撃を繰り返し
ていた。縦に横に、斜めに。睦月も睦月でこの大鎌の猛攻を必死になって避け、じりじりと
後退している。皆人達の援護が、ことごとくデスの身体を透過したのも、ばっちり目撃して
いた筈だ。
「ヴォオオッ!!」
「ナックル!」
『WEAPON CHANGE』
直後一旦退いてばかりいた体勢から一転、相手の大振りの動きに合わせて距離を詰めなが
ら、耐久力重視のナックルモードに武装を切り替える。
「くそっ、拙いぞ! このままじゃあ佐原が押し切られる!」
「待て! 下手に攻撃を打ち込んでも、あいつに当たる! 左右に回り込め! 奴の動きを
止めるんだ!」
自身のエネルギーを球状に出力し、EXリアナイザ越しに纏った睦月の拳。
彼の迎撃とデスの大鎌が二度・三度、繰り返し激しい打ち合いに発展してゆく中、自分達
の出来る援護が限られると悟った皆人は面々に指示を飛ばしていた。左右に分かれて、再度
牽制目的の横槍を。しかし皆人達の攻撃は、やはりデスの身体をすり抜けるばかりで通用し
ない。多少鬱陶しいといった反応こそ見せるものの、次の瞬間には徹底して睦月を狙っての
攻撃を繰り返す。
「……」
そんな一方で、由香は一人目の前の状況に取り残されていた。というより、先にデスが持
つ能力に気付いて迷ってしまったのだ。
相手はこちらの、コンシェルもとい別アウターの攻撃すら透過して無効化する。ならば自
分が獅子騎士に変身しても、決定打は与えられないのではないか? 磁力弾はともかく、そ
こから引き寄せた瓦礫などはおそらくすり抜けてダメージにはならない。拘束も出来ない。
そもそも磁力弾自体、ビブリオと同様通らない可能性もある……。
「こ、こいつ……どうなって……?」
『透過能力ですね。どうやらマスターの、守護騎士の武装に関しては、幸いその対象外のよ
うですが。出力量の違いでしょうか?』
視界の中に、喰らい付いてくる皆人達の姿を捉えつつ、睦月は焦りを覚える。このままこ
の場で迎撃を続けても、おそらく埒が明かない。それ以上に皆人達からの妨害を一顧だにせ
ず、執拗に自分だけを攻撃してくる相手の真意が分からなかった。
このままでは──。
「フンッ!」
「うわっと……!?」
ぐるりほぼ屋上を半周して、最初とは反対方向の柵へ。ちょうど得物を振り下ろしてきた
デスから飛び退き、金属製のそれがものの見事に切断される。
『うん……? おい、何か音しなかったか?』
『えっ? あ、本当だ。何かグラウンドの方に落っこちて行ってる』
「──」
おそらく下の階、窓際の何処かのクラス教室だろう。男性生徒が二・三人、窓を開けて眼
下を覗き込もうとしている。ふいっと、何の気なしにこちらを見上げようとしてくる。
(拙い。このままじゃ、他の皆に飛び火する……!)
皆人! 更なる追撃を仕掛けてくるデスの大鎌を受け止めながら、睦月は追う皆人らに大
声を張って呼び掛けた。ビクッと特に仁、海沙が、過剰に反応する。
「クラスの皆や先生の避難を! こいつの狙いは僕だ! 一旦このまま学園を出る! その
間に何とか!」
睦月……!? 親友や仲間達が驚いているのは判った。だが悠長に返事を待っている余裕
もない。睦月はそのままデスの攻撃を大きく弾き返すと、すぐさまEXリアナイザのホログ
ラム画面を呼び出し、ホーク・コンシェルの飛行能力を自身に換装した。銃口から飛び出し
た白い光球がぐるっとデスを牽制するように弧を描き、その背中に鳥類を思わせる金属の翼
を生やす。
『TRACE』
『WIND THE HAWK』
躊躇いの言葉を返す暇もなかった。次の瞬間睦月は屋上の床を蹴って飛翔し、高く秋空の
頭上まで消えて行ってしまう。案の定デスもこれを追った。「オォォォッ!」と、怨嗟の籠
った叫び声を残し、同じくこちらの戦力を顧みる事もせず飛び去ってゆく。
「あんの、馬鹿! まだ対策も何も練れてないのに……!」
「……その為の時間も兼ねているんだろう。あいつの言った通り、避難を済ませるぞ。騒ぎ
には未だそれほどなっていないから、可能な限り規模は小さく。司令室にも連絡して、冴島
隊長達を向かわせてくれ」
「承知致しました」
ばたばたと、取り急ぎ睦月の意を汲んで走り出す皆人達。特に國子は朧丸を解除後、デバ
イスを取り出すと、指示通り司令室に電話を掛けているようだった。階下の各教室からは少
しずつざわめきが聞こえ始めている。問題は、どれだけ今回の奇襲騒ぎが大きくなってしま
うかだろう。
(……。行っちゃった)
そして由香はその状況下でぽつんと、はたして何も出来ぬまま終わりかける。
睦月が突然皆人達に叫んだ訳も、一人あの“死神”を引き付けて飛んで行ってしまった目
的も、彼女にだって解ってはいた。それでも目まぐるしく変わる戦況に、突然始まって場所
を移すらしい戦いに、正直一人では対応し切れなかったのである。
(と、とにかく奴を追って……。筧さんと額賀さんにも連絡して……)
慌ててデバイスを取り出し、残り二人の仲間に新手の出現を伝えようとした。カード型に
待機させているブリッツを解放し、その背中に乗ってデスを追おうとした。だが、
「お~い、何かあったのか~?」
「こら! 不用意に入るんじゃないの! 下がりなさい!」
「──っ!?」
時既に遅し。偶然近くを通りかかり、騒ぎに気付き始めた校舎内の生徒達が、次の瞬間出
入口の扉をそう呼び掛けつつ開けようとしたのだ。どうやら同じく女性教諭も一人、居合わ
せて止めたらしい。由香は半ば反射的に、ブリッツの展開を取り消す。
(やっぱり追ってくるな……。七波さんじゃなく、僕に向けられたタイプの刺客か)
空中に逃れて暫し。睦月はホーク・コンシェルの力で飛行を続けながら、後方から追いか
けてくるデスの姿を視界に捉えつつ思案していた。おそらくは先日の文武祭、パンデミック
達を斃した事による変化か。自らの保身を考えれば、あまり喜ばしい状況ではないが。
「こちら睦月。状況は伝わっていますか? 至急この辺りで、人気の無い場所への誘導をお
願いします」
『了解! 今検索を掛けてます!』
『先程、冴島隊に連絡を飛ばしました! 同地点へ向かわせます!』
『無茶はしないで、睦月? 相手の能力はまだ未知数よ!』
「……分かってる」
パワードスーツ内臓のインカム越しに、司令室へ。
どうやら向こうには、母・香月も居合わせているようだ。ここ暫く、ずっと働き詰めだっ
たから当然か。学園の外の人達を巻き込まぬよう、念の為降り立つポイントは慎重に選ぶ。
引き離す為とはいえ、逃げの一手ではそもそも奴を倒せない。
『マスター! 後方から複数のエネルギー反応を感知! 攻撃です!』
「撃ち落とす気か……。そうはさせない!」
ちょうどそんな中、パンドラが新たな気配を察知して報せてきてくれた。睦月も咄嗟にブ
レーキを掛けて立ち止まる。振り返りながら目を凝らし、飛んで来るそれ──禍々しい黒色
のオーラを纏った、ドクロ状のエネルギー弾の姿を確認する。
こんな攻撃手段も持っているらしい。睦月は空中で、これらを何度も身を捻ったり推進し
たりしてかわしながら、EXリアナイザのホログラム画面を呼び出した。画面に表示されて
いるサポートコンシェル達の中から、この状況に相応しい追加武装を選択する。
『ARMS』
『SEARCH THE BAT』
『LAUNCHER THE BEE』
態勢を立て直しながら、左目と左腕に装着された照準器及び蜂の巣型のミサイルポッド。
飛んで来るデスのドグロ弾を、その視界にしっかり収めてから、睦月はこの合わせ技の一斉
射撃を放った。ぐねぐねと不規則な動きでこちらを追ってくる相手を的確に相殺し、更に大
きく漂った煙幕の中からも尚突撃してくるデス本体の大鎌を、タイミングを見極めてくわっ
と開眼。捻りを加えた強烈な蹴りで弾き返す。
『──』
「フォォッ……!!」
基本、近距離戦は不利だ。相手が透過する、こちらに迫って来る、そのタイムラグを維持
しているからこそ反応できる。得物こそ大振りで、かわす余地はあるのだろうが、その一撃
自体がおそらく致命傷になりかねない。少なくとも相手は……殺しに掛かって来ているのだ
から。
一旦距離を取り直し、睨み合う両者。共に空中に浮かび、相手の次の一手を窺うようなそ
れは、はたして自分達とは別の第三者によって崩された。
「睦月君! 無事かい!?」
「死神……報告通りですね。隊長、攻撃許可を」
「予定地点へ! 援護します!」
冴島達だった。皆人らより連絡を受け、加勢に駆け付けてくれたらしい。
ただ最初頼んでいた人気の無いポイントには、まだ少し遠かった。睦月も気持ち旋回しつ
つ移動を始め、眼下の隊士らも同じ方向へと駆け続けているが、合流できたタイミングが少
し悪かったかもしれない。次々に各自の調律リアナイザからコンシェル達を召喚し、様々な
属性の援護射撃を放ってくる。
「──」
だが案の定、炎やら弾丸型やら、刃状のエネルギー波は全てデスの身体をすり抜けてあさ
っての方向へと消えていった。「何っ!?」「効いて……ない?」隊士達も、実際に目の当
たりにして驚いたようだ。透過能力とはいえ、少しは注意を逸らすぐらいは出来るのではな
いかと考えたのだろう。
「本当に手応え一つ無いんだな……。撃ち方、止め! 周囲の木々や構造物を巻き込まない
よう、ポイントへの誘導を優先する!」
『了解!』
ちらっと眼下のこちらこそ見はしたが、やはり当のデスはあくまで睦月をターゲットにす
る方針に変わりはないようだ。
睦月が再び誘導飛行──逃げの一手のように飛び、下からはその軌道に逸れないよう、冴
島を含む隊士らが、デスの移動範囲に適宜攻撃という名の干渉を加える。
それが煩わしかったのだろう。或いは最初の襲撃から、時間が経ち過ぎたからか。
やがてこのデス・アウターは、冴島のジークフリートが放つ風の流動化、斬撃の渦に呑ま
れたかと思うと、急に姿を消してしまったのだ。
「倒し……た?」
『いいえ。反応消失。どうやら召喚が解除された模様です』
最初睦月は、ようやくダメージを与えられた・倒したのかと疑ったが、パンドラの見立て
では上手く紛れる形で逃げ出したらしい。息を切らして唖然と、空中の睦月も、地上の冴島
達も浮いたままでいる。立ち尽くしている。
「……何だったんだ? 一体……?」




