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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-6.Vanguard/新たな都市伝説
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6-(6) 青い力

「見つけたぞ、井道!」

 次の瞬間、聞き覚えのある叫び声を聞き、井道は思わず後ろを振り向いた。

 市庁舎前の広場。気が付けば、そこには息を切らせながらも必死の形相でこちらを睨んで

いる睦月の姿がある。

「君は……。またか……」

『司令の目星、大当たりでしたね』

『ああ。すぐに國子達も呼び寄せる。それまで耐えてくれ』

 だが井道もまた、その憎悪で濁った瞳で以って間合いのあるこの少年を見ていた。通信越

しにパンドラが皆人と話しているが、そんな声はもう彼の意識には一切入ってこない。

「私の名前を知っているという事は……調べたのだな」

 そして呟く。忌々しく、唾棄するかのように。

 睦月は黙っていた。ただ代わりにじっと、彼から目を離さないように身構えている。

 嗚呼、忌々しい。

 そうやって、何でもかんでも大義名分を作っては他人のプライバシーを穿り返す。倫理よ

りも先にそれが出来てしまう技術が罷り通り、その煽りを受けるのはいつだって自分達だ。

その癖要らないとなればいとも簡単に切り捨ててしまう……。

「もう止めてください! こんな事をしたって奥さんは戻ってきません。何故なんです? 

誰よりも大切な人を喪う痛みを知っている筈の貴方が、こんな事……」

「分かったような口を利くなッ! 偽善者が。あの時誰一人として、浅子に手を伸ばそうと

しなかった癖にッ……!」

 ざわ。二人のやり取りに、徐々に周囲の往来が気付き始めていた。

 何だろう? ちらちらと視線を遣ってくる者は少なくなかったが、それでも各々の用事が

優先であり、結局彼らはいつも通り、ただその場を通り過ぎていくだけだ。

「君が何者かは知らん。だが一度ならず二度までも……。どうやらよほど死にたいらしい」

 そして井道が懐から改造リアナイザを取り出した。幾人かが頭に疑問符を浮かべてちらと

それを見た次の瞬間、引き金をひかれたそれは再びボマー・アウターを召喚し、辺りに狂戦

士の咆哮がこだまする。

 突然の光景に、人々は一斉に悲鳴を上げた。驚き慄き、辺りは瞬く間にパニックになって

散り散りに逃げ始める。

 ボマーはそれを追撃するかのように左腕にぐぐっと力を込め、思いっ切り振り払いながら

肉塊爆弾を放った。次々に着弾し、辺りは一瞬にして爆風と黒煙に閉ざされる。人々の悲鳴

がこだまする。睦月もまた、その黒煙の中からゴロゴロと転がって回避し、咽ながらもこの

井道とそのアウターの姿を捉え続ける。

「何故そこまでして私の邪魔をする? 私と君は、何の繋がりも無い筈だろう? ……所詮

は君も、このまちのじゅうにんという事か」

「……守りたいからだ。あんたみたいな人を放っておけば、僕は僕の大切な人達を喪うかも

しれない。だから戦うんだ。そんなこと、させない為に」

 焦げ付いた石畳から起き上がり、睦月は訥々とそう言った。

 皆人ら司令室コンソールからの連絡を受け、國子ら街中に散っていたリアナイザ隊が市庁舎区へ向か

って走っている。ぴくり。井道が僅かに眉根を寄せた。

「……決めるよ。あんたは、僕の“敵”だ!」

『TRACE』

 宣言。

 睦月は懐から銀の──EXリアナイザを取り出し、パンドラごとデバイスを挿入して、現

れるホログラム画面をタッチする。

『READY』

「変、身ッ!」

『GUST THE FALCON』

 銃口を左の掌に押し当てて認証。次いで高くそれを掲げ、引き金をひいた直後宙に飛び出

した白い光球とデジタル記号の輪が彼を取り囲む。

 数拍の眩しさ、一度手で作った庇。睦月は電脳のパワードスーツを纏っていた。

 ただ今回は白亜ではなく、胸元のコアは濃い白。全体の色合もそれに準じており、両の太腿

にはそれぞれ小振りの剣が差さっている。

「……。っ!」

 ゆっくりとリアナイザを腰のホルダに直し、睦月はそっと双小剣の柄に手を添えた。

 ボマーが左腕の硬皮を再生しながら身構える。

 だが次の瞬間、ボマーが次の体勢を整えるよりも早く、睦月は文字通り霞むような速さで

駆け出したのだった。

「グゥ!?」

「ボマー!?」

 バチンッと火花が散る。僅かに弾かれただけではあったが、ボマーはグラついた自身の身

体に驚いたようで、そう短い声を漏らした。

 井道が自身のリアナイザを握り、引き金をひいたまま、慌てて辺りに注意を配る。

 風を切り、一瞬一瞬だけ何かが──睦月が駆け過ぎていくのが分かった。高速移動で、こ

ちらを撹乱するつもりであるらしい。

(これは……。あの時の素早くなる能力か)

 ボマーも必死に喰らいつこうとしていた。ツーモーション・スリーモーションほど遅れた

拳打と隆起した肉塊で以って地面を叩き、何度も何度も爆裂の一撃を空振りさせる。

 黒煙は益々多く、酷くなっていった。

 人々の悲鳴や誘導するような叫び声が遠巻きに聞こえるが、それらは互いが互いを掻き消

すようにして皮肉にも迅速さを欠かせている。何よりも睦月とボマー自身は、この相手をど

う叩くかで必死になり、そこまで注意を向けられない。

「ヌ、オォォォッ!!」

 だからそこでアクシンデトが起きた。ボマーが振るった肉塊爆弾が割け回る睦月とはあさ

っての方向に飛び、爆ぜた黒煙の向こうで逃げ遅れた男性の頭上から鉄骨を落としたのだ。

「ッ!? 危ない!」

 慌てて睦月は彼に向かって飛び出した。戦いに視界が狭まっていた自分を戒めた。

 しかしそんな思考も一瞬の事。彼はその高速移動で瞬く間にこの男性の下へと到着し、鉄

骨が落ちてくる寸前にこれを抱えて回避すると、目を見開いて固まっている彼に向かって促

し言いつける。

「大丈夫ですか? さぁ、逃げて。急いでここから離れてください!」

「……。あ、ああ」

 わたわた。へっぴり腰で駆け出していく彼を見送り、再び睦月は黒煙の合間に立つボマー

を見た。ボコボコと膨れ上がっていく肉塊。しかし彼は臆せず、再び双小剣を引っ下げ、霞

むような速さでこれに飛び込んでいく。

「──」

 繰り返される爆風と黒煙。井道はじわじわと後退って距離を取りながら、それでも一見し

て有効打を与えられていない睦月を見て自分達の優位を確認していた。

 霞む速さで叩きにくる彼。

 だがその刃は硬いボマーの皮膚に弾かれ火花を散らし、その度に裏拳や蹴りなど、反撃の

爆発によって遠ざけられざるを得ない。

「無駄だ。君の力では私のボマーには勝てん。どれだけ素早かろうが、それは以前の戦いで

嫌というほど味わったろう?」

「……。それはどうかな?」

 何──? しかし井道が怪訝に眉を顰める中、それでも今回の睦月は心折れる様子すら見

受けられなかった。

 嫌な予感がする……。はたして彼のそれは程なくして的中した。ボマーの幾度目かの右腕

に込める動作に、睦月は大きく後ろに飛び退きながら二本の小剣を投げ付け、腰のホルダー

から取り出したリアナイザを操作したのである。

『ARMS』

『CHILLED THE RACCOON』

 右腕が誘爆しないように、そしてまだ再生していない左腕の拳や蹴りでこの飛んでくる双

小剣をボマーが叩き落している隙に、睦月は左手にもう一丁の銃を召喚していた。

 丸い銃身の青白い拳銃。

 直後、叩き落したモーションに続いてボマーが放ってきた肉塊爆弾を、睦月はまるで待っ

ていたかのように見据え──撃つ。

「なっ……!?」

「ガ……?」

 凍り付いていた。素早く連発されたその青いエネルギー弾は、確実にボマーの肉塊爆弾を

捉え、その一個一個を分厚い氷の中に閉じ込めてしまったのである。

 ゴロン。氷漬けになった肉塊爆弾が地面に転がった。井道も当のボマーも、これには驚き

の反応を禁じえない。

『よしっ! 上手くいった!』

「何とかね。……さぁ、これでお前は、爆弾を使い切った訳だが」

「っ!?」

 ラクーンコンシェルの武装銃を向ける。

 その一言に、逸早く井道は悟った。睦月はただ闇雲に自分達と打ち合っていた訳ではなか

ったのだ。待っていたのだ。全てはこの瞬間、ボマーの硬皮が“空っぽ”になる時を。

「ボマー! 再生しろ! 奴の狙いは皮膚の下だ!」

 叫ぶ。だがその時にはもう遅かったのだ。

 理解に数秒のラグを要し、肉塊爆弾や反撃で使い切った四肢や脇腹の硬皮を再生しようと

するボマー。しかし睦月はこの隙も逃さず、ホログラム画面を呼び出すと、再び新たな武装

を展開する。

『ARMS』

『FREEZE THE DOG』

 銃口から放たれた二個目の青い光球。

 睦月はそれが旋回して右手に収まる前に再びリアナイザを腰のホルダーに戻し、握られた

瞬間に照準をボマーに向けると、今度は襲い掛かる犬のような姿の冷気弾を発射し、急ぎ再

生しようとしたボマーの四肢や胴体を次々に凍らせていく。

「ガッ?! グァ……!?」

 それはちょうど、再生を阻むように張り付いた凍結。

 睦月の右手には蒼いリボルバー式の拳銃が握られていた。シュウシュウと銃口から冷気の

靄が残滓となって上っている。一方ボマーは地面ごと両脚を凍らされたのもあって、殆ど身

動きすらも封じられてしまっていた。

「ボマー、ボマー! くっ、そんな……!」

「……あれから色々考えたんだ。何とかこの硬い皮膚を剥がさなければならない。でも僕の

力押しじゃそれは難しい。だったら逆に自分から剥がした後から“再生させなければいい”

んだって」

『そこでブルーカテゴリの出番です。この子達は氷の力の持ったコンシェルですから』

 徐々に侵食されていく凍結、真皮が露わになったまま動けなくなったボマー。

 井道はじりじりっと後退し始めていた。形勢が逆転し、同時にこれを覆せる手立てを思い

つけない事を自覚していたからだ。

「スラッシュ……チャージ」

『WEAPON CHANGE』

『PUT ON THE HOLDER』

 二丁拳銃の召喚を解き、取り出した三度リアナイザに呟く。

 睦月はゆっくりとボマーと、井道の方へ近付いてきながら腰のホルダーにこれを収め、胸

元のコアから身体全体に迸るエネルギーに為すがままにされている。

「ひっ──!」

 井道は逃げ出した。氷漬けのボマーの背後に隠れるようにして激しく後退し、瞬間睦月に

背を向けて一目散に黒煙の中を構わず逃げていく。

 そんなさまを目の端で捉えながら、それでも睦月はあくまで狙いを氷漬けのボマーに向け

ていた。

 井道は陰山さん達が追ってくれる。

 とにかく僕は、肝心のアウターを倒さないと……。

「ぬんッ!!」

 力が満ち、軽く駆け出した睦月はその抜き放ったエネルギー剣をボマーの脇腹へと斬り付

けた。氷もろとも、攻撃が通る。二度三度。四度、五度、六度。睦月は一心不乱に斬撃を打

ち込み続け、最後に深々とその刀身をボマーの身体に突き刺し、思いっ切り貫く。

 ビシッ……。斬り口から徐々に、氷漬けなボマーの身体に無数の亀裂が走り始めた。

 だが止めない。睦月は引き金をより強く強く握り、今回のテロ──復讐劇で犠牲になった

人々の顔と恐怖するその姿を脳裏に呼び起こし、出力を上げ続けてこの怪物を砕く。

 轟。そして遂にボマーは爆ぜた。内側から注ぎ込まれた大量の破壊力に耐え切れず、遂に

くぐもった断末魔の悲鳴を上げながら、怪物は無数の氷塊となって砕け散ったのだった。

「……」

 突き出した剣の構えのまま、睦月は立っていた。ゆらりと、刺し貫く標的もののなくなった空間

に少しふらつく。

 氷塊に包まれたアウターの肉片が無に、電子に還っていく。ゴロン、ゴロンと抜け殻にな

った氷が幾つもアスファルトに転がり、未だ立ち上る黒煙の余熱に炙られていく。

 息が荒い。

 睦月はそのパワードスーツに身を包んだまま、ぼうっと戦いを繰り広げた白昼の市街地の

空を見上げる。


「はぁ、はぁ……ッ!!」

 一方井道は、黒煙と混乱する人々の中を抜け、独り路地裏の一角に逃げ込んでいた。

 激しく息が荒い。起こった出来事にまだ認識がついていかない。

 井道は暫し呼吸を整える事に集中し、それでも荒い息遣いはすぐに止まる訳ではなく、壁

に背を預けてじっと興奮気味に目を見開いていた。

「……まさか、ボマーがやられてしまうなんて。何なんだ、あの少年は? いや、まだだ。

まだこれが、リアナイザがあれば、もう一度ボマーを呼び出して──」

「残念。それがそうもいかなくなっちまったんだよなあ」

 しかしその時だったのである。誰にも見咎められなかった筈の自分の方へと、カツンカツ

ンと複数の足音が近付いて来たのだった。

 ハッとなって顔を上げる。そこには自分を取り囲む、六つの人影があった。

「全く……。色々面倒な事をやってくれちゃって」

「貴方は少し、やり過ぎました」

繰り手ハンドラー・井道渡。貴様に……罰を与える」

 見下ろしてくる明らかな害意。いや、殺気。

 次の瞬間、うち威圧感を放つ黒スーツの男がそう、コキリと指を鳴らして──。

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