57-(4) 有名税
「──またアウターが? 了解。至急現場に向かいます」
新手の敵襲来の報せは、司令室を介してすぐさま別件に出ていた冴島隊の面々にも伝わっ
た。飛鳥崎市北部の住宅街、佐原・天ヶ洲・青野家が並ぶいつもの場所。連絡を受けた冴島
は、デバイス越しにそう通話を切ると、急ぎ同行していた隊士達に出撃の指示を出す。
「すいません。では、失礼します」
「ああ。行っといで」
「気を付けてな。睦月にも宜しく」
つい先刻まで立ち話をしていた輝と翔子、定食屋『ばーりとぅ堂』に取り急ぎ別れを告げ
て、ばたばたと大人数の足音を立てて走り出す。去り際、部下たる隊士達と共に頭を下げ、
ギリギリまで礼儀を貫き通した彼に、二人は精一杯の笑みでもって返す。
「……行っちまったなあ」
「ええ。こういう時ぐらい、電脳生命体も出なきゃいいのに」
何せ彼らは、睦月のご近所さんということで取材攻勢を受けて困っていた自分達を、つい
さっきまで守ってくれていた。押し掛けてきた幾つかの局のクルーらを制止し、追い払って
くれた矢先だったのだ。
元々の用件は、睦月はおろか、二人の娘・宙や海沙まで電脳生命体ことアウター達との戦
いに巻き込んでしまったこと。その詫びとこれまでの協力に感謝する為だった。
曰く、本来守護騎士は自分が装着者となる予定だった。にも拘らず、実際には変身するこ
ともままならず、その結果睦月が成り行き上取って代わる形となってしまった。自分が不甲
斐ないばかりに申し訳ない、と──。
「好い人だったわね」
「そうだな。香月さんの同僚……らしいが、今や部隊を率いる隊長さんか……」
故に二人は、彼・冴島志郎に対して好印象を持つに至っていた。取材攻勢の弊害云々は、
先日より定之・亜里沙夫妻も被っていると聞いている。奴らはこちらと同様、二人の勤め先
である市役所にも押し掛け、何とか娘や睦月に関するエピソードを聞き出そうとしていたら
しい。当然、庁舎内に詰める警備員らに摘まみ出されたようだが。
「珍しく定之も、弱音を吐いてたからなあ……。こっちみたく自分で追い払うって手間はそ
うなくとも、上司からの雷が厭なんだとさ」
「あはは……。でしょうねえ。その上司さんも上司さんで、色々板挟みに遭ってるんでしょ
うけど」
暫くの間、二人は軒下に並んで立っていた。辺りはにわかにしんとしてしまって、妙に物
寂しい。客にもならない客は元より願い下げだが、そういった奴らの所為で普段の常連すら
も遠退いてしまうようなことがあれば、本当に商売上がったりになり得る。
(しっかし、守護騎士になる人間ってのは、どうしてああも似ちゃうモンなんだかねえ……?)
尤も一方で輝は、内心もっと別の事を考えていた。先程まで家にわざわざ頭を下げにまで
来てくれていた元装着予定者・冴島。そして現装着者で香月の一人息子・睦月。彼にはどう
しても、あの二人──いや三人に、その共通した自己犠牲っぷりを見出さざるを得ない。
輝らとしては、当の睦月が決めたこと且つ現実として他に変身できる者がいない以上、仕
方ないのだろうとは思う。老婆心だと言ってしまえば詮無いが、自分達としては本人らの意
思を尊重したい。娘達が後を追って仲間に加わったのも、正直歯痒さはあるが、基本的な考
え方は同じだ。実際に抱き寄せて元の生活に戻してやるのは、本人達から弱音を聞いたその
時で良い。……何より娘達に関しては、それ以前ギリギリまで彼らはその存在を隠し、巻き
込むまいと必死になってくれていたと聞く。当人を含めた、自分達の平穏を守ろうとしてく
れていたのだ。
そう考えると、思い返せば色々な事に辻褄が合う。有難く思う。
「……刺客、か」
たっぷりと思案・間を経て、ぽつりと漏らした輝。
気が付けば翔子が、いつの間にかこちらの横顔をじっと見ていた。まるで今何を考えてい
たかを見透かされていたかのように、その表情には何とも物悲しい苦笑が在る。
輝は軽く目を瞑り、少しばかり俯いた。ポリポリと頭の後ろに回した手で、ばさついた髪
を掻く。おもむろに振り返って、店の中へと戻ってゆく。
仕方がない。だが……あまりにも過酷な運命じゃあないか。
やはり睦月も香月さんも、当分は帰って来られないのだろうか?




