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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-57.Target/佐原睦月とその周辺
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57-(2) 影はちらつく

「説明、して貰いましょうか?」

 理由は明らかだった。目的は言わずもがな、彼の真意を問い質す為である。

 授業と授業の間の休み時間、睦月達六人(とパンドラ)は由香に呼び出されていた。他に

人気が無いことを確認し、校舎の屋上に移動してから彼女は言う。

「えっと……。文武祭の時に、黒斗さんが七波さんを襲おうとしたこと、だよね?」

「はい。厳密には襲われた、ですが」

 皮肉たっぷり。その表情と同じく、最早隠さない怒り。

 どうやらあの事件に関し、睦月が復帰してくるまで待ってくれていたらしい。その上で、

面々に一体どういうことなのか──あれほど“味方”だと庇っていた個体が自分に牙を剥い

てきたのか? その理由と弁明を訊こうとしたのだ。少なくとも彼女にとっては、睦月達の

身バレよりも、よっぽど大事で且つ実害を伴った事件なのだから。

「結果的に、三条君や冴島さんが割って入って来たので、私自身がどうこうって事はなかっ

たですけど……。でもやっぱり結果論です。この前のカミングアウトもそうですし、全部含

めてそちらの“作戦”だったんじゃないんですか?」

「ち、違うよ! 本当に僕らは──!」

「疑われるのは道理だがな。だがその件は違うと明言しておく。……俺達だって驚いたし、

困惑したんだ。何故が判っていれば、そもそも手出しはさせない。あの時はパンデミック達

もどうにかしなければならなかった。だから慌てて俺と冴島隊長で止めに入ったんだ」

 弾かれるように、ぶんぶんと首を横に振る睦月を半ば遮る形で、皆人はそう彼女から向け

られた疑惑に答えていた。口調こそいつものように、努めて淡々としたものだったが、その

眉間に寄せられた皺は今も尚“困惑”していることを物語っている。

「ただ……理由なら大よそ見当はつく。十中八九、君と筧刑事、額賀先輩が第三勢力として

参戦してきたことが、蝕卓ファミリーとしては邪魔なのだろう。だからこそ、あの場を狙い目の一つに

定めた」

 由香もその点は、ある程度予想がついていたらしい。改めて言葉にし、明確にされた皆人

のそれについて、彼女は特に強い反論などはしなかった。代わりにじっとこれを見つめ、睦

月達もこの一部始終に立ち会う。ピリピリとした空気に身構える。

「そしてこれは、あくまで俺の推測段階でしかないんだが……。牧野黒斗はおそらく幹部の

一人だ。他の幹部の例と消去法からすれば、冠する名を“色欲ラスト”」

「──っ!?」

「自身の召喚主・藤城淡雪を護る執事、人間態としての仮名。以前、彼女を付け狙う別個体

を排除すべく、俺達と共闘までした理由だ。あの経緯を踏まえれば、今回彼女を“人質”と

してちらつかせられたことで、蝕卓ファミリーからの指示に従わざるを得なかったと考えられる。実際、

奴の能力なら簡単に殺せていたであろう君が、こうして生きているしな」

「……」

 伝えられた、黒斗の正体についての仮説と現実。自身が結局五体満足無事でいるという事

実に対し、由香は思い出していた。


『……もし素直に渡してくれるなら、私は君に危害を加えない。君を攻撃することは、私の

目的とイコールではないんだ』


 あくまで相手が狙っていたのは、こちらの無力化。

 尤もそれは当のブリッツが、自分を守ろうと即攻撃し始めたため、叶わなかったが。

「まるで額賀さんの……前のアウターみたいですね」

 数拍、何処を見ているか分からない視線を泳がせていた彼女だったが、次の瞬間ようやく

絞り出しようにそうぽつりとごちた。

 本来越境種アウター達は、実体化を果たせば、召喚主をリアナイザもろとも始末・吸収してしまう

筈なのである。用済みとなった自分の足跡を、わざわざ身バレのリスクを冒してまで残して

おく必要性は無い筈なのだ。なのに……。

「牧野黒斗然り、その前のアウター・ミラージュ然り。その存在を、彼らを生み出した大元

である“蝕卓ファミリー”が把握していない筈は無い。君達のような、イレギュラーな個体については、

多少遅れたかもしれないが」

「それだけ、奴らが君達を警戒している証拠ともなるだろう。ただでさえ俺達が、睦月とい

う天敵がいる。少なくとも、あちらにとって深入りされるメリットは全く無い」

「……」

 捲し立てるように、更に。皆人はすっかり思案に沈んでしまった由香に、その向けられる

非の矛先を、それとなく“蝕卓ファミリー”へと誘導していった。

 また暫く、やや俯き加減で押し黙ってしまった彼女。

 睦月ら他の面々は、若干その様子が不憫そうに思えてきたが……結論を言えばそんな事は

なかった。由香はキュッと、次の瞬間気持ち唇を結んで顔を上げる。

「……それでも。敵対してきたことは事実です。次は、倒します。幹部の一人だというのな

ら、尚更」

「七波さん……」

「まあ、そうなるわなあ」

 睦月はしょんぼり。仁はガシガシと軽く頭を、髪を掻く。

 尤も今回の話し合いで、すぐ和解できるとは思っていない。だが睦月個人としては、未だ

黒斗を信じていたかった。二見とミラージュの件然り、人間とアウターでも心を通わせられ

る可能性がきっとある。その実例を、失わせたくはなかった。何とか両者の対立を止めたか

った。

 されど、黒斗が彼女を攻撃しようとしたという事実は拭えない。皆人や海沙、宙なども、

その辺りは心情を察していたようで、敢えて言葉少なく煩悶する睦月を見守る。

「実はあの時、彼を弾き飛ばすと同時にメッセージを書いた紙を忍ばせておいた。困った事

があるなら頼ってくれ、と……。もう少し待ってくれると助かる。上手くいけば、敵を内部

から分裂させられるかもしれない」

 未だ返事は無いが──わざわざこちらが不利になるような補足は、意図的に盛り込まず、

最後にそう皆人は付け加えるように言った。案の定、対する由香の方が懐疑的で、眉根を寄

せて嫌そうな表情を見せていたが。

「……伝えておきます。どちらにしても、リアナイザは筧さんが持ってますし」

 やれやれと、盛大に嘆息をつく。

 どうやら緊迫した話も、これで一旦落ち着いたらしい。皆人を含めた睦月達は、そこでよ

うやくホッと胸を撫で下ろすことができた。めいめいに苦笑いやら、気持ち緩んだ思案顔を

浮かべ、互いの顔を見合わせる。とりあえず、今すぐ此処で敵対するという訳ではない……

というだけではあったが。

『!?』

 しかしである。異変が起きたのはちょうど、そんな時だった。

 皆がフッと張っていた気を緩めた、次の瞬間パンドラと、そして睦月が何かの気配を察し

て弾かれたように顔を上げる。仲間達や由香も、その動きに何事かと視線を向ける。

「? 睦月……?」

「どうした?」

「……パンドラ」

『はい。反応があります。アウターです!』

 故に面々は、にわかに身構え出した。逸早くその存在を嗅ぎ取ったパンドラが、睦月の手

の中のデバイス越しに辺りを見渡している。屋上の入り口、縁を覆う金属の柵。何度か左右

に往復していた視線が、次に向けられた先は──。

『っ、下です! 足元!』

 本来なら唯一である筈の、向かい側の階段、出入口ではなかったのだ。

 彼女がややあって確信と共に叫び、面々がそれに倣う。睦月とパンドラ、二人のほぼ目の

前、真下からズズズッ……と音も無く、それは“コンクリート敷きの床をすり抜けて”現れ

たのだった。

「──」

 纏った薄灰のボロ衣と、湾曲した大鎌。

 足元から姿を見せてきた、文字通りの“死神”が、睦月に向かってその刃を振り上げる。

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