57-(1) 守り神、厄病神
「おはよう」
暫く地下の司令室に寝泊まりしていた睦月は、その回復明けにパンドラと共に登校してい
た。朝、学園のクラス教室へと、一人ひょっこりと顔を出して皆に挨拶する。
『──』
驚いたのは既に来ていたクラスメート、何より海沙や宙、仁といった仲間達だ。この幼馴
染の少女達二人と今や頼れる友は、他の面々と同様目を真ん丸にしてその場に固まってしま
っている。あんぐりと口を開けて突っ立っていた。
「む、むー君!?」
「佐原!?」
「睦月……あんた、もう身体大丈夫なの?」
「うん。何日か前から、準備はしてたんだ。皆をびっくりさせようと思って」
本人曰く、治療系コンシェル達のお陰で既に十分な回復は済んでいて、今日復帰する事も
敢えて黙っておいて貰ったのだという。これまでのように、自宅から海沙や宙と一緒に登校
していれば、周りの目もあって迷惑が掛かるだろうと。
「そんなこと……」
「はあ。何でかと思ったら……。っていうか、今更でしょ? あたし達も好きで首を突っ込
んできたんだし、気にする事ないのに」
「そうだぜ? 水臭ぇんだよ。おい、三条! どうせまたお前の入れ知恵だろ? こういう
段取りなら、せめて俺達ぐらいには伝えとけよ!」
幼馴染の少女の一人はふいっと哀しみ、もう一人は寧ろ呆れ顔を見せた。その実虚勢に近
いものだったのだろうが。
更に仁は仁で何度も頷きながらも、次の瞬間にはぐるっと首を回し、窓際の自席で読書を
していた皆人に食って掛かっていた。黙した國子も近くに控えている。
反応からして、少なくとも二人は事前に聞き及んでいたものと思われる。或いは彼らを含
めた上層部──皆継やスポンサー企業の社長・会長辺り、冴島隊。後は母親である香月など
も知っていないと隠し通せない筈だ。
「……そう周りに聞こえるように喚くから、話をこっちで止めたんだと解らないか? それ
に今回の話は、俺じゃなく睦月の方から持ち掛けてきたんだ。もう俺達は、名実共にただの
高校生じゃなくなったんだぞ?」
ぱたんと、一旦栞を挟んで手の中の文庫を閉じ、皆人はそう三人に淡々と応じた。皮肉を
交ぜて返された言葉に、当の仁も「うっ……」と呻いてぐうの音も出ない。海沙は苦笑い、
宙はやれやれといった感じで肩を竦めている。
「お……。おお……」
「??」
「うおおおおーッ!! 佐原だ、佐原が戻って来たぞーッ!!」
「守護騎士だ! 俺達の“英雄”が復活したぞーッ!!」
加えて大分遅れて、それまで固まっていた他のクラスメート達も動き出す。衝撃やら感動
やら、色々な感情が綯い交ぜになって、次の瞬間一斉に睦月に駆け寄って来ては担ぎ上げて
きた。わっしょい! わっしょい! 当の本人が「えっ? えっ?」と困惑する中、妙にテ
ンションの昂った面子により、クラスがにわかに騒々しくなる。
「ニュースで見てたぜ? お前、実は凄かったんだなあ……」
「お前のお陰で、文武祭もあの後クラス対抗で七位入賞。流石に部活系で、ごっそりポイン
ト稼いでる所には勝てなかったが……いいモン見せて貰ったよ。ありがとな!」
「いやあ~、凄かったよなあ。あの戦い」
「ねえねえ? あれって一体どういう理屈な訳? 本当に“変身”しちゃうのもあり得ない
けどさ? それがあの化け物達を押し返すほど、大勢に“分身”してたじゃん?」
「言われてみりゃあ、色々不自然な事は多かったんだよなあ……。そっかそっか、お前があ
の、守護騎士の中の人だったからかあ……」
わちゃわちゃ。皆が皆、好き勝手に語り出すものだから、睦月もどれから答えていったら
良いものか分からない。胴上げされるのも程なくして、その身は降ろされる。それでも次に
始まったのは、彼らによる更なる質問攻めだ。
「えっと……うん。今まで、色々迷惑掛けてごめん」
「いいんだよ、いいんだよ。無事なら良かった。これでまた電脳生命体が出没しても、お前
らが倒してくれるんだろ?」
「えっ? う、うん。その心算だけど──」
「ねえねえ。本当に守護騎士ならさ、例の白いリアナイザって今も持ってるの? 見せてよ、
見せてよ~」
「コンシェルを着るってどんな感じ? この前の話だと、お前以外に出来る奴はいねえらし
いけど……」
「本当、びっくりしたよ。まさか君が、あの佐原博士の息子だったなんて」
「は? そこ? 苗字が同じなんだから気付くだろ」
「違う違う! 分かってないなー。佐原博士はね? デバイス界隈じゃあ有名な第一人者な
んだよ。特にコンシェルのAI、進化に関しては、彼女のお陰で軽く十数年技術が進んだっ
て言われてるぐらいで──」
時に素直な賛辞。或いはそこに含まれる無自覚な転嫁。
クラスメート達に揉みくちゃにされる中で、睦月は主に女子にせっつかれて、懐のEXリ
アナイザや自身のデバイス──その画面に漂ってこちらを見ているパンドラを披露する事に
なってしまった。
事前にちらっと皆人達を見遣り、半ば呆れられてる中で首肯を得る。自分達の正体はもう
公にされてしまったのだから、もう隠す必要もなかろうという判断だった。空色の半金属の
ボディと三対の翼、皆に向かって『は、初めまして……』と挨拶するパンドラのちみっとし
た姿に、女子らはすぐメロメロになっていた。ヒトと会話しているような感覚にさえ陥るそ
の高度なAIに、ガジェット畑の男子なども興味津々のようだ。
「……馬っ鹿じゃないの? そいつらの所為で、この前うちのクラスは狙われたのよ?」
だがそうした一方で、睦月ら対策チームの面々を快く思わない生徒達も、少なからず存在
している。
比較的ミーハーで、彼の復活を喜んでいた側のクラスメート達に、一人の女子生徒が自身
の席に片肘を突いたままそう水を差した。途端にしんと教室内は静まり返り、張り詰めた空
気が支配する。他にも似通った憤りを抱いていた面子が、同調する素振りを見せ、じろりと
渦中の睦月や皆人達を睨む。十中八九、由香を狙ったチェイス・アウターの一件だろう。
「そうだよ……。何でお前ら、自分から身バレした? また巻き込まれたらどうする?」
「大体何でうちのクラスにばっかり、お前らメンバーが偏ってるんだよ? まさかそれも、
有志連合が裏で手を回してたんじゃないだろうな? まとまってた方が色々とやり易いだろ
うしな」
「……勘繰り過ぎだ。その点は全くの偶然だよ。最初天ヶ洲や青野、大江はチームの一員で
はなかった。紆余曲折あって、一緒に戦ってくれることになったんだ」
流石に剣呑な空気の出始めに、自分が出ざるを得ないと判断したのだろう。すぐに皆人は
努めて淡々と、言いがかりをつけ始めるクラスメートの一人に反論と説明を返した。当の宙
と海沙、仁もコクリと頷いている。要らぬ疑いを放置し、積もり積もって敵愾心ばかり抱か
れては後々面倒だ。
「……そうなのか?」
「そりゃあまあ、最初に聞いた時は驚いたけど……」
「三条君や陰山さんは、元々家が特殊だし、妙に納得だしねえ……」
ねえ? 少し戸惑ってから前者、睦月の復帰を歓迎してくれた側のクラスメート達がぽつ
ぽつと話し始める。お互いに確認するように訊ね、その首肯を引き出している。当の仲間達
もぱちくりと、そんな流動するクラス内の心証を窺っていた。事実とはいえ、皆人や國子が
そうであるからと、すんなり受け入れられてしまうのも可笑しな話だが。
(……いいのかなあ? それで……)
睦月は内心複雑な心境で苦笑っていた。友が文字通り防波堤になってくれたらしいことに
感謝した。覚悟はしていたが、やはり何の波風も無しに復帰することは叶わないようだった。
正直思ったよりも、好意的な面子が多い。或いは一時的な熱狂、今だけの話なのか……?
ようやくざわめきの渦中から外れて、睦月はホッと胸を撫で下ろしつつ思案する。これか
ら先も難題が続きそうだと、皆人以下対策チームの仲間達は内心頭を抱える。
「──」
そんな面々の姿を、クラス全体の様子を、由香は独り自分の席からじっと見つめていて。




