57-(0) 朋(とも)の名誉
▼シーズン5『Evolution of Vanguard』開始
その日、有志連合ことアウター対策チームの面々は、飛鳥崎市内某所にて単独の記者会見
を開いていた。先の同市セントラルヤードにおける“パンデミック”騒動及び、その後政府
と正式に結ばれた共闘を踏まえ、自らの正体を改めて明らかにしておく為だ。
ただ……報せを受けて集まったマスコミ関係者らは、内心物足りなかったに違いない。当
日会場に姿を見せたのは、皆継・皆人親子と研究部門主任の萬波を中心とした数名──期待
した守護騎士こと佐原睦月が含まれていなかったからだ。同じく彼の母親であり、件のシス
テム、パワードスーツの開発者たる香月博士も。
会見は終始重苦しい空気の中で始まった。一同を代表して皆継が、先日の締結式では語ら
れなかった守護騎士誕生の経緯について、詳しく言葉を紡いでゆく。
「──そこで我々は、暗躍を続ける彼らに対し、より強力な対抗手段を生み出すことを考え
ました。実体化させたコンシェルを使役するのではなく、直接身に纏う……後に皆様より、
守護騎士と呼称されるに至った換装システムです」
「ただ当初は……中々上手くはいきませんでした。理論上は可能でも、実際に装着に耐えう
る人間が見つからなかったのです。睦月君が我々の下を──佐原博士に差し入れを持って来
た際に襲撃を受けたのは、全くの偶然でした」
いち早く電脳生命体こと越境種の存在に気付き、水面下でこれに抗しようとしていた、三
条電機以下この国の先端技術に関わる企業群。そこで開発が試みられていた秘密兵器に対し、
他でもない睦月が、唯一無二の適性を見せてしまったこと。
今更何を……。マスコミや世論が何と言おうが構わない。皆人は、皆継達は、どうにかし
て彼の存在を擁護したかった。
運命の悪戯。そこに“自らの意思”で乗り掛かり続けたとはいえ、彼にアウターとの戦い
の大部分を任せてきたのは事実だった。せめて正直に、自分達はその不甲斐なさを認め、こ
れからも尚進む彼の道筋を整えてあげたい──。
「もっと早い段階で当局に報告し、対策を講じるべきだったのでは? 貴方がたが当初これ
らの事実を隠蔽しようとしてきたことで、どれだけの被害が飛鳥崎市内外に出たと?」
しかし、対する出席した記者らはといえば、その殆どが対策チームへの批判ありきで臨ん
でいた。これも彼らにとっては仕事の内なのだろうが、代弁者面をしてそういった質問をず
けずけとぶち込んでくる。たらればで、後追いの批判を繰り返す。
「……その点は、誠に申し訳なく思っております。結果として大事となったのは事実であり、
今も尚、電脳生命体達による被害は根絶できておりません」
解っていた。
どうせ彼らが責め立ててくることも。あの日セントラルヤードで、百瀬恵が喝破してみせ
た言葉は、そう長くはもたない──直接現場で聞いていた訳でもない大多数の“外野”にと
って、気に食わない側の台詞だと撥ね付けられるであろうことも。
「では皆様にお訊きします。仮に件の電脳生命体達について、我々が早期にその存在を公表
した所で、信じて頂けましたでしょうか? 当局にどれだけの事が出来たでしょうか? こ
ちらも結果論ではありますが、当初あそこには、既に敵の内部工作が浸透していたのです」
むっ──!? 言葉ではなく顔つきで。
思わず返す言葉を詰まらせる記者達に、父の横で皆人がおもむろにマイクを取った。淡々
とした口調で、努めて“私憤”を表に出さずに。
「加えて、一連の事件で悪用されたリアナイザは、元々米国に籍のある企業が開発・販売し
ていたもの。下手に政府が絡む事で、外交問題化した可能性もあった」
「そ、それは……」
「既に今は、リチャードCEOが直接動いていますし……」
それでも出席を決めた時点で批判ありき、今更引くに引けなくなっていたのだろう。記者
達の幾人かは尚も食い下がって口撃の糸口を見出そうとしていた。有志連合会長、社長子息
だとはいえ、一人の高校生に言い負かされていてはジャーナリストとしての沽券に関わる。
「大体、君も佐原君もまだ未成年じゃないか! そんな未来ある子供を、貴方がたは今まで
戦いに駆り出していたというのか!? 適合者が出ないなら、出るように作り直せば良いだ
けだろう!? 当の博士だって今回も姿がない……大の大人達が、そんな無責任な態度で良
いと思っているのか!?」
「……可能ならば、とっくにそうしていますよ。私も、一人の父親として、息子の友にこん
な役回りを負わせるべきではないと思っています。ですが先程お話ししたように、我々には
時間がなかった。勢力を拡大する電脳生命体達に対し、広く適合者を探すことも、一から作
り直す余裕もなかった」
「ええ。それは私も、いち技術者として同意見です。頭数を優先して同様のシステムを構築
することは可能でしょうが、その場合どうしても一人当たりのエネルギー出力──基本性能
は下げざるを得ません。はたしてそのような体制で、日毎凶暴化する彼らを押さえられたか
どうか……。何より、こうした知見が得られたのも、一度守護騎士が実際に投入されたから
です。お分かり、いただけますか?」
『……』
“私憤”に突き動かされそうになる息子を見てか、次の瞬間には父・皆継がこれに代わっ
て記者らの怒声を受け止めていた。萬波も、或いは彼らの無知と無責任について思う所があ
ったのか、続けてその発言を引き継ぐ。
「また、電脳生命体達の生態──と表現するのは些か変ではありますが、彼らは総じてリア
ナイザを介してでなければ実体化できないという共通点があります。尤も……皆様も既にご
存知の通り、それは最初期の段階であって、彼らの力に溺れれば溺れるほど、やがてそうい
った縛りも失われる。違法改造されたリアナイザに手を染めた当人をも、無視して“始末”
してしまえるほど独立した存在となる……」
ごくり。記者達は改めて、その目の前に広がっている現実を思い起こし、恐怖していた。
先のセントラルヤードの一件然り、飛鳥崎中央署占領の一件然り。その常人を超えた力は嫌
というほど、各々の記憶に焼き付いているからだ。だが、
「……。適合者が他にいない、その話については分かりました。ですがもう一つ。現行の装
着者である睦月少年は、開発者たる佐原博士のご子息だと聞きました。それは本当に偶然な
のでしょうか? 始めから、彼に使わせるつもりで作られたものではない、と?」
ざわつき出す会場内。一旦収まりかけた記者達の批判熱が、次の瞬間とある一人の質問に
よって再発しかけたのだった。
それは疑惑。別方向からの反転攻勢。
確かに彼ら、元々部外者だった者達からすれば、これまでの説明は全て有志連合側こと対
策チームからの一方的なもの。都合の悪い情報こそ、尚も隠されているかもしれないと勘繰
るのは、ある意味“正常”なジャーナリズムであるとも取れた。
「それは──」
「お言葉ですが、その点におきまして我々は一切の隠し事はしておりません。そうでなけれ
ば、本日こうして会見を開き直した意味がない」
皆人の眉間にギュッと皺が寄るのが見えた。彼を遮るようにして、萬波が上から被せて口
を開く。出席した記者達が一様にこれを見つめていた。メモを取っていた。複数の局のレン
ズが回る中で、萬波はそのいち技術者の矜持を賭けて言う。
「いち技術者として、誓って証言します。彼が現れるまで、守護騎士は実用に耐えうる状態
ではありませんでした。装着者の不在が大きな問題として横たわっていた事は、我々の中に
おいて厳然たる事実でありました。……社長も申し上げました通り、他に適合者が見つかっ
ていれば、とうにそうしている」
「っ……」
疑問をけしかけた、この一見柔和そうな記者も、自らの技術者人生を賭けてまで真正面か
ら否定してきた萬波に返す言葉が無かったようだった。他の面々も、再びざわつきはせど押
し黙ってしまう。
確かに一理ある。理屈は通っている。本当に偶然だというのか──? 萬波は尚も眉間に
皺を寄せたままの皆人を、その向こう隣に座る皆継を見て、微笑う。コクリと二人から、そ
れぞれの表情で頷かれた。他人びとの協力を仰ぐべく、改めて一斉に立ち上がったかと思う
と、事前の打ち合わせ通り頭を下げる。
「……どうか、今後とも我々に電脳生命体の対処を任せていただきたい。先日の政府との協
定に基づき、より包括的な対応が取れるようにもなりました。必ずや、飛鳥崎及び国民の皆
様の、平和な暮らしを取り戻したく存じます」
数拍遅れ、慌てて焚かれるカメラのフラッシュ。暫く皆継達は、その若干蒸せるような人
工の光に曝され続けていた。記者達も記者達で、一番良い画だと経験で解ったようだ。
どれだけこちらが言葉を尽くしても、論調ありきの匙加減次第で、実際に紙面に載る文言
は如何様にも調理できる──。
「我々としても、心苦しいのは同じです。良心の呵責が、無い訳ではない」
「ですが……一番辛いのは、母親でもある佐原博士です。そして睦月君自身です。どうか、
ご理解下さい。どうか、見守ってあげていて下さい」




