56-(7) 神将換装
「皆さん、そのまま一旦会場の外に! 地下にシェルターがあります! 奴らを全滅させる
まで隠れていてください!」
「シェ、シェルター?」
「そんなモンがあるのか……?」
「こっちです!」
「おお! マジであった! 扉じゃん!」
「なるほど。これなら、避難するにはもってこいだな」
人々が自分に注目し始めたのを確認しつつ、睦月は肩越しにそう彼らに指示を飛ばした。
最初は話半分、一体何のことか要領を得なかったものの、遅れ慌てて件の地下への入り口を
開けてみせた対策チームの隊士達によって安堵し、移動し始める。同時に北ゲート・南ゲー
トが上層部の命を受けて閉じられ、そちら側に集まっていた人々も再誘導されてくる。
「そう言えば、昔聞いたことがある。何でも今の飛鳥崎が造られる時に、地下に馬鹿デカい
空間が用意されたとか。水を貯めておいたり、こういう時の為のシェルター代わりにって」
「へえ~……。じゃあようやく、今になって本来の役割が回って来た訳だ」
実際の所、睦月の強行からのなし崩しだった。司令室の面々は彼を止めるには間に合わな
いと悟ると、一転してそのサポートに動き出した。文武祭の実行委に手を回し、ヤード内の
南北ゲートの閉鎖を主導。急ピッチで人々を地下空間へと誘導する。
『──全く。マスター、流石に今回ばかりは強引ですよ?』
「ごめんごめん。でもこれで……安心して戦える」
進んでゆく状況。そのさまを背中に負いつつ、睦月は改めて眼前を見渡した。デバイスの
中でパンドラがむすっと怒っている。努めて苦笑い返しながら、それでも次の瞬間には真剣
な面持ちに変わっていた。
『PEGASUS』『SLEIPNIR』『GRIFFON』
『IFRIT』『UNDINE』『GNOME』『SYLPH』
『TRACE』
「……っ!」
『ACTIVATED』
ガチリと持ち上げた、EXリアナイザのホログラム画面。そこに浮かんだ七体のサポート
・コンシェル達を選択し、睦月は空いたもう片方の掌に銃口を押し当てる。数拍、抵抗する
ように金色の電流が火花を散らしたが、それも程なくして彼の意思の下に従えられた。
「変身!」
『CRUSADE』
はたして、頭上に向けて放たれた金の光球は七つに分裂して円運動。ゆっくりとEXリア
ナイザを下ろす睦月へと回転しながら、次々に降り注いだ。同期したコンシェル達の姿で追
い付いた仲間達、或いはシェルターへ逃げる途中の人々が、この一部始終を目撃することと
なる。
「──」
幻獣系、金の強化換装・クルセイドフォーム。直後、巻き起こった眩しい光と突風を引き
裂き現れたのは、純白と金ラインの浮彫を基調としたパワードスーツ姿の睦月だった。両肩
と胸、脚や頭部にはそれぞれサポート・コンシェル達のモデルとなった幻獣の姿が意匠され
ており、背中には翼を模した一対の双剣が収められている。
「……本当に変身しちまいやがった」
「寧ろ結果オーライなんだけどね。いつもは、なんだけど……」
「全く、無茶をするよ」
先ずは大前提。冴島隊とも途中合流した仲間達は、そうめいめいに内々で安堵したり顔を
顰めたりしている。尤もあまりのんびりと傍観している暇は無い。こうしている間にも、会
場の人々を地下へと移送しなければ。
「睦月……。お前が、まさか……」
「おいおいおい! これって大ニュースじゃないのか!? 写真写真!」
「あ~、お客様~! 困ります! 困ります! 今はとにかく、シェルターの中へ!」
「……黒斗。黒斗は何処なの? 何をしているの……?」
当然そんな者達の中には、輝ら睦月をよく知っている面々も、そうではない野次馬根性の
面々もいる。淡雪も、取り巻きの少女らに手を引かれつつ、未だ戻らない黒斗の身を案じて
いた。
「……パンドラ。発動の準備は?」
『いつでもオッケーです。消耗管理の方は、私に任せてください』
ザラッと流れるように双剣を抜き、睦月は小さくそう相棒に訊ねた。準備は万端。正面遠
巻きの西ゲート周辺には、既に先刻よりも間違いなく膨れ上がったパンデミック達の群れが
溢れ出している。
最早主すら亡き、集積都市郊外に暮らさざるを得なかった人々の無念。
そんな召喚主すらも喰らって、只管に“増殖”を続ける個性無き化け物。
大よその事情は聞いた。だけどもこの街には、自分にとって大切な人達がたくさんいる。
「……だから、僕は貴方達を倒します」
「パンデミック。お前らは──僕の敵だ!」
うおぉぉぉぉぉぉッ!! そして直後、クルセイドフォームに身を包んだ睦月は一人駆け
出した。全てはこの飛鳥崎を襲う厄災を退ける為、壊された皆の文武祭を救う為に。
「!? 何だ?」
「眩し……! 守護騎士が、急に光って……?!」
その時である。闘争本能が最高潮に達した睦月の全身が、文字通り金の輝きに包まれて辺
り一面を激しく照らした。逃げ惑う人々や、画面越しの目撃者達が思わず目を瞑りかける。
件の分身能力だった。眩むような光が収まり始めた時、その間に睦月の数は、ネズミ算式
に“増殖”していたのだった。
これこそがクルセイドフォームの真価、真骨頂。圧倒的な“数”の暴力で以って、並み居
る敵を殲滅すること。これが同形態の特化した能力だった。香月が話したように、これほど
今回の戦いにぴったりな力は存在しない。
『ヴォ……?』
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!』
「ぬんッ!」
「どっ、せい……ッ!!」
そこからはまさしく、数と数の殴り合い。
濁った体色とギョロ眼揃いのパンデミック達の群れに、同じく無数に分身した睦月のクル
セイドフォームは真正面から向かっていった。炎と氷、竜巻と大地の爪、ないし光や闇を纏
った双剣の軌跡が幾重にも重なり、次々とこれを斬り伏せて塵に還してゆく。或いは両足に
黒い雲のような塊──浮遊効果を付与して、上空からも攻勢を強める。
「……凄え。あっという間にあの大群を、ゲートの外側に押し返しちまったぞ」
「ぼさっとしてる訳にはいかねえな。俺達も、睦月君に加勢するぞ!」
『応ッ!!』
「スクープよ! スクープ大スクープ! 守護騎士の正体、遂に判明!」
「急いでカメラ回せ! 多少粗くてもいいから、限界までズームしろ!」
「これだけ人数がいるんだ。今回こそバッチリ撮れる筈……!」
「はは……。デタラメな力だってのは知ってたが、あそこまでくるともう何でもアリだな」
戦いは益々激しく、反撃の狼煙を上げて広まってゆく。
それでも逃げればいいのに、案の定メディアを中心とした一部の来場客らはカメラやデバ
イスを向け続けていた。係員や避難誘導の隊士達に注意され、引っ張られても、一秒でも長
くこれら決定的瞬間を収めようと抵抗する。
「自分から正体を……? どうして……?」
「そう言うメグも大概だと思うけどねえ。腹を括ったって感じかな。少なくとも、何の考え
も無しに取る手段とは思えないね」
ほら、そろそろ行こう。占拠していた放送棟から、恵とアイズもこの一部始終を目撃して
いた。戸惑う彼女に、彼はあくまでその意図を汲んでやった上で立ち去ろうとする。
「驚いたな……。あんな年若い少年が、守護騎士?」
「……」
集積都市・東京でも、とうとうその正体が明るみにされ、政治家達が衝撃を受けていた。
唯一例外だったのは、かねてより己が息子であると知っていた健臣ぐらいか。
(あいつ……正気か? いやそれよりも、任務の方を──)
(ごめんなさい、睦月。私は……私は……っ!)
或いは街の一角に潜み、怪訝に眉根を上げる勇が。司令室から、萬波や皆継達と映像を見
つめ、今にも泣き出しそうな表情で悔やんでいる香月が。
(自ら正体を明かした……? 何の為に? 三条皆人。これもお前の策略の内か……?)
そして黒斗。一人奇襲の末に取り残された彼は、セントラルヤード内の屋上で、にわかに
眼下で起こり始めた騒ぎに目を細めていた。既に怪人態から人間態に戻り、黙したまま片手
を握っている。
由香に逃げられた後、クルーエル・ブルーとジークフリートらは、どうやら同期を解除し
て逃走してしまったらしい。直後あの反撃戦が始まったのだから、彼がそう疑って掛かるの
も無理はない。くしゃりと、後者からの攻撃を受けた際、密かに押し付けられていた手紙に
目を落として握り締める。
『藤城淡雪は、他の来場客と同様に無事だ』
『急に牙を剥いてきた理由は彼女だと分かっている。俺達に、力を貸してくれないか?』
「ったく……。急に出張って来たと思えば、無茶して背負い込みやがって……。額賀、七波
君を頼む。こっちは俺が片付ける」
「了解ッス!」
おろおろする由香を受け取って、二見はそう足早に退散していった。彼女と共に、避難す
る人々の流れに紛れ込もうという算段だ。青と黄色、二人から預かったカードを追加でリボ
ルバー式のリアナイザ、T・リアナイザの弾倉にセットすると、連続して引き金をひく。
『BLAZE』『BLAST』『BLITZ』
『FUSION THE TRUTH』
赤単色の獅子騎士だった筧のパワードスーツが、燃えるような色相の金色ボディと青い電
子的なライン──装甲の継ぎ目や隙間を走り、頭と両肩に獅子型の意匠を加えて変形する。
三人の力が一つになった強化形態だ。「らああああッ!!」先ずはT・リアナイザと縦向け
に繋いだ大矛モードを引っ下げ、ゲート向こうに押されてゆくパンデミック達の群れに追い
縋る。
「加勢しますよ。睦月君を援護しましょう。左右から、討ち漏らしがないように」
「……勝手に指図するんじゃねえよ」
そこへ冴島以下、リアナイザ隊の本体も合流してきた。相手と同じく純白の群れとなって
進む睦月を追いながら、南北に捌けていた群れをめいめいに引きつけ、斬り伏せる。
「全員の避難が完了しました!! このまま、敵の殲滅を!!」
単にそれは、勝機がこちらに向いてきたからというだけではない。説得も無視して、独り
諸々の苦悩を背負い込んで戦おうとする彼のみに目を向けさせる──思惑通りにさせたくな
かったという思いもある。
「……。チャージ!」
『PUT ON THE ARMS』
「よっしゃ、決めるぜ!」
『いっけぇぇぇー!! 守護騎士ぉぉぉーッ!!』
睦月の方も、シェルター作戦が上手くいったらしいという報告が聞こえたのだろう。暫く
数同士の殴り合いを続けていたが、すっくと間合いを取り直すと、EXリアナイザを胸元の
幻獣レリーフ側面へと挿入してエネルギーを溜め始めた。分身済みな無数の“睦月達”も、
同じくその予備動作を取る。冴島のジークフリートは、雷の流動化から刀身に集めた必殺の
光線突きを。筧はT・リアナイザを横向きに繋ぎ直し、弩モードを限界まで溜め込んで。
「──っ! これで」
『終わりだァァァァァァーッ!!』
そして睦月のクルセイドフォームは、炎と冷風、雷雲の渦と岩雪崩の総攻撃を放った。或
いは脚部の黒雲を駆り、双剣に眩い光を纏わせて急上昇。敵のど真ん中へと突撃する。冴島
と筧の極太放射は、膨れがちなパンデミックらの群れをその火力で押し留め、圧し潰すよう
に駄目押しの破壊を加えていった。
次々と上がってゆく、幾つもの爆風。
そんな中、濁った体色とギョロ眼をした怪物達は、瞬く間に高エネルギーの閃光に包まれ
ながら塵へと還り──。




