56-(4) 空白の六番目
「……お前か」
緊張のまま緩やかに目を見開いた由香と、すんでの所で解放されたブリッツ。自分達の間
に割り込んできた刃を、受け止めて弾き返し、怪人態の黒斗はそっと警戒の眼差しを向けて
いた。皆人らの目の前で攫ったとはいえ、こうも追い付いて来るのが早いとは思わなかった
のだろう。
「どうして此処が?」
「色々と“視える”協力者がいてね」
努めて不敵に笑い、クルーエル・ブルーと同期した皆人は答える。
先ずは一段階。これで相手の注目を、彼女達からこちらに向けさせられた。
「それよりも……。これは一体、どういうことだ? 何故彼女を襲った? あの時の証言は
嘘だったのか?」
故に多少強引でも問う。訊ねて、真意を確かめる。
「睦月はお前達を気に入ってる。だから俺も、事情が変わらない限りは、積極的にお前と事
を構える心算はなかったんだがな」
彼も由香も、睦月が守護騎士であることは知っている。ここで名前を出しても問題はなか
ろう。
あわよくば、そこで釈明なり撤退なりがあれば良かったのだが……。
「……」
黒斗が少しだけ、杖を握る手に力を込めた気がした。ギチッと小さな音が耳に聞こえ、皆
人や後方の隊士達も内心身体を強張らせる。やはりそうなのか? 一旦武器は下げたままだ
ったが、皆人は改めて本題に入る。
「これは俺の予想だが……もしかしてお前は“蝕卓”の幹部なんじゃないのか? 俺達はこ
れまで、瀬古勇を含めて六人の幹部クラスに出くわしてきた。そうなると、残り一人の異名
は色欲──“ラスト”のみ。お前の強さ、これまでの経過を踏まえれば、お前が急に彼女を
狙い始めた理由はやはり」
「邪魔をするな」
ピシャリ。こちらの核心に迫る発言がすんでの所で遮られたのを見て、皆人は疑惑を確信
へと変えていた。やはり藤城淡雪──奴の豹変は、元召喚主たる彼女に原因がある。
「勘違いをするな。私達の共闘は、あの時の一回限り。お前もそれは織り込み済みだった筈
だろう?」
鈴の付いた杖先を大きく振り被る。彼の能力の力場が、ズズッと皆人達のいる側まで延び
て呑み込もうとし始める。
転送だ。黒斗ことユートピア・アウターの能力。効果範囲内のあらゆるものを掌握し、弾
道を自在に反らしたり、位置を変えてしまったり出来る──。
「ガッ?!」
しかしである。黒斗が忌々しげに皆人達を、この場から強制的に排除しようと能力を発動
させた次の瞬間、突如彼へと猛烈な体当たりを仕掛けた者がいたのだった。雷光を纏って素
早さを底上げした、マント姿の魔法剣士・ジークフリート──冴島が同期したコンシェルで
ある。加えてその初速には、併用されたアブソーブ・キャンセラーによる高出力が上乗せさ
れている。
(この個体は……!)
完全な奇襲。黒斗も気付いた時には懐に入られていた。衝撃をほぼもろに受け、大きく体
勢を崩して左奥方向へ吹き飛ばされる。
一体何が起きた? ついさっきまで反応は無かった。と、いうことは……攻撃の寸前まで
召喚も同期もしていなかった? 始めからこの一撃を入れることが目的だった?
それでも黒斗は、すぐに相手側の意図を理解する。騙された。三条皆人の奇襲と質問攻め
はフェイクだ。私の能力を、多かれ少なかれ知っている彼らが、そこまでしてこの一撃に拘
るということは──。
「えっ?」
“皆人達ではなく、由香とブリッツが消えた”。
その通りだったのである。黒斗が能力を、強制転移を発動する直前、皆人達は彼の立って
いた位置を強引にズラしたのだった。その結果、彼の目測は外れ、場から排除しようとした
皆人以下リアナイザ隊ではなく標的たる由香達の方が姿を消してしまう。
「貴様……!」
「お前もアウターだ。いつか俺達と敵対するかもしれないと思い、いざという時の対策自体
は練っていたんだ。正直、攻略法を見つけるのは苦労したよ。何せ一旦お前の力場内に入っ
てしまえば、勝機はほぼゼロだ。それでも、唯一付け入る隙があるとすれば……この能力の
仕様ぐらいしかない」
打たれた脇腹を抑えて、片膝をつく黒斗。加速の勢いのまま残心し、為すべき仕事は果た
したと、肩越しにこちらを見遣って同期を解除する、冴島ことジークフリート。
由香達がいなくなったのを確認して、皆人は淡々と黒斗へと向き直った。
「この能力は、範囲内の対象ならば何であろうと強制的に挙動を変えてしまえる。弾道も位
置関係も。敵は勿論、お前自身も……。それでもしかしたらと思った。これほど自由の利く
能力だ。力場の中心座標を定点にするのではなく、お前自身を中心として決めているんじゃ
ないか? とな。一見すればややこしいが、お前達はコンシェル──その演算能力は人間を
遥かに凌ぐ。行使の都度、自分と相手の位置関係を参照するぐらい造作もないだろう。逆に
その大前提たる座標さえ狂わせられれば、お前の意図を挫くことはできる」
「……っ」
羊頭の中に収まった赤い眼光が、ぐぐっと皆人達を睨んでいるように見えた。それでも当
の本人は、自身の立てた仮説が実証されたこともあって、心なしか自信に満ちた表情になっ
ている。トントンと、クルーエル・ブルーの蒼い金属質の胸板を、軽く握り拳で叩いて優位
を誇示してみせる。
『憎イ、憎……イ!』
『呑ミ込ム、呑ミ込ム、喰ウ……』
濁った体色とギョロ眼、パンデミック達の暴走は尚も続いていた。飛鳥崎を含めた、郊外
民を切り捨ててきた集積都市への恨み。その成就の為。
しかしかつてそれを願った人間達すらも取り込み、負の念・感情ばかりを受け継いで増殖
を繰り返した結果、彼らに最早“個”は皆無だった。街や人々を喰らい、力を蓄えてゆく度
に、元々あった自分という存在がどんどん希薄になってゆく。
「──くぅ……ッ!! 押せ押せーッ!!」
「全部倒そうとしなくていい! 奴らの力を削ぐことだけを考えろ!」
セントラルヤード西口、建物と建物の間。再度出撃していた隊士達は、同期したコンシェ
ル姿で徒党を組み、迫り来るパンデミック達の群れを押し留めようとしていた。
先の戦線崩壊もあり、どだい倒し切れるとは思っていない。ただゲートの“内側”に入り
込まれて勢いがつくよりも、その“外側”から限られた数が順繰りに流入してくる方がまだ
対処し易い。狭い進入路というものを敢えて維持し、人々が避難する為の時間を稼ぐという
算段だ。
「チッ! 倒しても倒してもキリが……」
「奥の方の奴らが、時間が経って増殖していってるんだ!」
「耐えろ! 睦月君や、冴島隊長達が合流するまで押さえるんだ!」
しかし根本的に数を減らせない以上、再び状況は次第に劣勢となり始めていた。加えてこ
ちらが進入路を押さえ、中々目的を果たさせないことに勘付いたのか、パンデミック達は少
しずつ北と南のゲート方向に捌け始めたのである。「ッ!? 拙いぞ……!」建物自体も、
先程からミシミシと激しく軋んで悲鳴を上げている。こちらの兵力にも限りがある以上、敵
のヤード中央への流入は時間の問題だ。
「──だから無茶なんですって! あの数見てくださいよ、あの数! どう見ても敵う物量
じゃないでしょ!?」
「五月蠅ぇな、キリがねえことは解ってる! 死にたくなけりゃあもっと手を動かせ!」
それでも筧と二見は、半ばなし崩し的にこの場──隊士らと共闘する形でパンデミック達
に立ち向かっていた。赤の獅子騎士と青の獅子騎士となり、撃破アベレージを支える。対策
チームは嫌いだが、人々を守るという“正義”に関しては志を同じくしていた。曲げる訳に
はいかなかった。
二見ことブラストの“ゆっくり”の波で動きを鈍らせ、筧ことブレイズの炎を纏った剣閃
で数体を一挙に破壊する。ただ状況そのものは一向に好転せず、二見は焦っていた。何より
先の意味深な通話があった由香のことが気になって仕方がない。
「そうですけどお……。七波ちゃんが……」
「分かってる。だがここを放ってもおけんだろう?」
「じゃ、じゃあ俺が行きます! リアナイザも無いし、せめて変身だけでも──」
「いや、お前が残る方が適任だ。こいつらを止めるには、お前の能力が一番相性が良い」
ですけど……。言いながらも杖を横にして攻撃を受け止め、弾き返して撃ち返す。パワー
ドスーツに身を包んでいても、小市民な性格までは強化されないようだ。二見の優柔不断な
物言いに、筧は努めて指針を示す。今必要なのは、火力というよりも速さだ。
「確かに七波君が揃えば、もっと戦力も火力も上げられはするがな……」
ちょうど、そんな時だったのだ。何とか由香とも合流・救出できないかと機を窺いながら
も戦っている所へ、突如として当の本人が“空から降って来た”のだった。「へっ? な、
七波ちゃん?!」「むっ──!?」数拍遅れて自身の置かれた状況に気付き、絶叫し始める
上空の彼女に、二人は慌ててこれを受け止めるべく飛び出す。
どさりと、七波を無事キャッチしたのは筧の方だった。同じくブリッツの方は、鈍臭く目
測を誤った二見の後頭部に激突して着地。しれっと合流を果たす。
「あ痛たたた……。な、七波ちゃん、大丈夫? 怪我無い? 何でまたあんな所から……」
「そ、それが。私も屋上にいた筈なんですけど、急に三条君達がやって来て……」
「一応助けには来たんだな。詰めは甘かったようだが。詳しい話は後でしよう。それよりも
今は、あいつらだ。七波君も見ていただろう? 一気に片付ける力が要る。額賀も、カード
を貸せ。“合わせ技”を使う」
言ってそんな筧に、二見と由香がハッとなって頷き、変身を解いた。ブリッツをカード型
に戻した上で差し出した。筧はこれを受け取り、腰に下げていたリボルバー式の改造リアナ
イザを手に取った。「一旦下がってろ」パンデミック達を見据え、その弾倉部分へと──。
『あー、テステス! 只今マイクのテスト中、マイクのテスト中~……。会場のあんた達、
聞こえてる~?』
だが次の瞬間だった。またしても何か、筧達の周囲に──セントラルヤード全域に異変が
起きる。どうやら誰かが、放送棟でマイクをオンにしたらしい。しかも何だかキレ気味で。
何だあ……? 筧ら三人や隊士達は勿論の事、会場各地に居合わせた全員が、困惑した様
子で空中を見上げ始める。




