56-(3) 何が守護(まも)れる
時を前後して、街の地下。対策チームの司令室。
間一髪の所でマンホールの取っ手を掴み、地下へと逃れた睦月とパンドラは、一旦変身を
解くと仲間達の下に急いだ。例の如く複雑に入り組んでいる水路も、以前よりデバイスに記
憶させてある誘導アプリで難なく最短ルートを往ける。
「遅くなってごめん。皆、無事!?」
「ああ……。何とかな……」
「私達も先ほど到着した所です。それよりも──」
司令室内には、既に仁や國子、傘下及び追加で合流して来た隊士達が集まっていた。加え
て今回の事態を受け、急遽通信越しに参加した、皆継以下スポンサーらの顔もある。二人が
辿り着き、無事だったことを確認すると、彼女はそんな安堵の暇も惜しいというように切り
出す。
『これまでの報告は受けているよ。息子の代わりに、改めて君達にも話しておこう』
司令官たる皆人と冴島隊が別働中であるため、場の面々を代表して皆継がそう國子の言葉
を受けて話し始めた。香月や萬波、研究部門のメンバーや職員他、前もってその情報を把握
済みの者達は、特に険しい表情を浮かべている。
──睦月達に伝えられたのは、件のアウター・パンデミックらが何故“発生”したのか?
その経緯と、召喚主の詳細。加えて出動前に皆人が香月らに頼んでいたという、クルセイド
フォームへの準備についてだ。
曰く、今回の事件を引き起こした召喚主は、飛鳥崎郊外の住人であったらしいという事。
以前ボマー・アウターを伴って街に復讐しようとした男、井道の同郷だという。こちらで確
認した情報と状況証拠から、彼も同じように飛鳥崎ないし集積都市に恨みを抱いていたが故
の犯行と思われた。或いは井道への弔いも兼ねていたのだろうか。
しかし……今となっては真実は闇の中だ。何せ当の召喚主・益子とその仲間達は、もう既
に暮らしていた集落ごと壊滅。行方知れずになってしまっているという。まるで濁流にでも
呑み込まれたかのように──おそらくは、パンデミック達に取り殺されて。「増殖」がその
特性だと見抜いた皆人による命名も、あながち間違いではなかったという訳だ。
「……だからって、街の人達を襲うのはおかしいでしょう?」
『当然だ。しかし現実として、パンデミック・アウターはセントラルヤードはおろか、この
飛鳥崎の街を丸々呑み込もうとしている。何としてでも止めなければならない』
『それに明確な意思が乏しい分、ある意味今までで一番厄介かもしれん。このまま奴らの進
撃を止められなければ、飛鳥崎以外の集積都市も狙われる可能性が高い』
『増え続けて、いますからね……』
頭の中がぐるぐるとしていた睦月の傍で、仁がむすっとした様子でこれを見上げていた。
当の皆継も尤もだと言わんばかりに頷きつつ、他の面々も懸念を示している。おそらくは、
そこまで被害が広がれば、自分達の立場すら危うくなると踏んでのことだろうが……。
『だからこそ皆人は、奴らの能力と性質に気付いた時点で、香月博士に要請していたのだ。
件の残る強化換装の一つ・クルセイドフォームの投入をな』
促されるように、仁や國子、当の睦月を含めた場の面々が彼女を──香月の方を見た。い
つものように白衣を引っ掛けて応じるその姿は、これまでにも増して哀しさを湛えている気
がする。
「……金の強化換装、クルセイドフォームは、対多人数の戦闘に特化させた形態です。具体
的には装着者──守護騎士の分身体の生成。これにより、今回のような数に物を言わせてく
るような敵には非常に有効な手段となりますが……その分、身体に掛かる負担は桁外れにな
るでしょう」
参考用にホログラム画像を出しつつ、努めて淡々と説明する彼女。
しかしちらりと息子達に、こちらに向けられた視線に、睦月や仲間達はきゅっと唇を結ば
ざるを得なかった。こと睦月本人やパンドラにとって、この辺りの話は以前自分達から聞き
出した内容とも被る。
あの時は確か、まだ調整や安全確認が足りないと言っていたが……おそらく皆人ないし上
層部から、急ぎ仕上げるよう求められたのだろう。
「幸か不幸か、パンデミック達個々の戦闘能力は、量産型よりも少し強いといった程度のよ
うです。この強化換装を用いれば、理論上は現段階で撃破することも不可能ではない。睦月
に──皆さんに一旦戻って来て貰ったのは、他でもありません。多少出力を抑える形になっ
てでも、今使えるように最後の調整を加える為です。それと同時に、リアナイザ隊の全戦力
を以って、再度防衛線を……時間を稼いで貰いたいのです」
ざわ……。少なからぬ隊士達が、流石に少し躊躇した。その再チューニングとやらにどれ
だけの時間が必要なのかは分からないが、またあの凶悪な群れを相手にしなければならない
と言われれば。睦月さえ合流すれば、何とか希望は繋げそうだが……。
「──」
だがそんな、肝心要である睦月自身は、この時話半分で一連のやり取りを聞いていたのだ
った。目の前に暗がりが落ち、ぐるぐると思考が揺れては乱れる。頭が真っ白になってゆく
かと思えば、強烈に蘇ってくるのは数々の「過去」だった。言わば、これまでの戦いで蓄積
され続けてきた“負の結果”の記憶である。或いは海沙や宙、輝など、自分にとって大切な
人々が今も現在進行形でパンデミック達の脅威に曝されている。非難を余儀なくされ、逃げ
惑っている──「今」守りたいのにという、願望のジレンマだった。
カガミンことミラージュ、由良の死や、変貌してしまった筧と二見、自分が守り切れなか
った七波母子。瀬古兄弟もそうだし、法川先輩、八代や、名も知らぬまま居なくなってしま
ったであろう人々。
まるで走馬灯のように、脳裏のフィルムに明滅する。
守れなかった。こんな力、埒外の素質がようやく見つかったというのに──。
「……要らないよ」
「えっ?」
「調整なら要らないよ。時間が惜しい。パンドラ、封印を解除して。すぐにあいつらを止め
に行く」
故にぽつっと、不意に衝いて出た睦月の言葉に、香月は勿論のこと場の皆が酷く慌てた。
「お、おい、佐原。お前、話聞いてたか……?」仁も心配そうに声を掛けるが、この時既に
睦月の覚悟は窮まっていた。戸惑う皆に、動揺する母に、それでも彼は続けた。スッと上げ
たその表情には、静かながらも鬼気迫る決意が宿っている。
「それと……。僕に一つ、考えがある」




