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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-55.Crusade/いずれ街を喰らうもの
425/526

55-(7) 災展(フェスティバル)

「くそぉっ!! 撃て撃て、撃て! 撃ちまくれーッ!!」

 異変が始まった現場、セントラルヤード西口。

 やや北側から回り込むようにして突如現れたこのギョロ眼の怪人達に、運悪く居合わせて

しまった警備要員らは、必死の迎撃を試みていた。通路を塞ぐように隊列を組み、雨霰と銃

弾を浴びせるが、この濁った体色の群れは全く意に介していない。多少の滑り気を持った身

体にことごとく弾かれ、そのまま数の力でもって押し込まれる。押し倒され、一人また一人

とあっという間に陣形が崩されていった。

 ……しかも、彼らにとってはまさしく悪夢であるかのように、このギョロ眼のアウター・

パンデミック達はその間も“増殖”を続けていたのである。彼らを押し倒して状態を下げて

いる最中、また新たな、且つ姿形そのままの群れが第二波・三波として襲い掛かって来てい

たのだ。

「ひぃっ!? ひぃッ!!」

「た、助け──助け、あぁぁぁーッ!!」

『……』

 そんな眼下の地獄絵図を、奇しくも放送棟の上階廊下から恵と耕士郎──人間態のアイズ

は目撃していた。

 あまりにも一方的で、無慈悲で。

 しかし彼女らは、そうした目の前の惨劇よりも、いち召喚主と個体だからこそ気付ける事

実に至っていた。目を見張って冷や汗が伝い、状況がより一層絶望的であると知る。

「……ねえ、コウシロー」

「何だ、メグ? まぁ言いたいことは大よそ見当が付いてるが」

「あの馬鹿みたいに多い奴ら、銃弾が“すり抜けていない”わよね?」

「ああ。物理的な干渉に、一旦は抵抗している。つまりは既に──実体化している」

 最悪だった。ただでさえあんな、群体タイプの個体など見た事がないのに、それがもう今

の段階でマックスのポテンシャルを発揮出来ている。なまじ物理的に抵抗できしまうものだ

から、実際警備要員らも次々に巻き込まれていた。これ以上侵食ラインが拡がれば、会場内

に居る数万人規模の来場者及び生徒達が犠牲になる。

「冗談じゃないわよ……。私にとっても、今回の文武祭は最後なのに。佐原君は? 三条君

達は一体どうしてるの!?」

 くわっと憤りに声を荒げ、こちらを見てくる恵に、アイズは険しい表情をするだけで応え

なかった。

 彼らが全く動いていない訳ではなかろう。だがこれほどの、今日のような“市民”が大挙

して集まっている場所で、彼らが思う存分戦えるとは思えない……。

「……流石に、この状況で“傍観者”はやってられないわね」

 故に恵は躊躇いつつも、意を決して呟いた。自らに活を入れた。僅かに頷き返すアイズを

視界の端に映しながら、彼女らもとにかく自分達に出来ることをしようとする。

「コウシロー、三条君達に“眼”を飛ばして! 少しでも此処で起きてる事を伝えるの!」


「──ったく。何がどうなってやがんだ? あいつらは確か、俺と天ヶ洲が倒した筈だぞ?

何であん時と同じ奴らが……それも馬鹿みたいに増えてやがんだよ?」

 睦月と仁、國子は混乱する人ごみの中を縫い、何とか自分達が身を隠す為の場所を確保し

ていた。海沙と宙はそれぞれの両親を、淡雪達や、店内に居た他の客やクラスメートらを避

難させるべく動いてくれている。

 身を屈めた物陰の向こうでは、間違いなくあの時のギョロ眼──パンデミック・アウター

達が膨大な数に膨れ上がって会場内に流入しつつあった。尤もそのお陰で、最初よりも人々

の逃げ惑う方向が統一されては来たが。

「睦月、國子、大江!」

「ッ!? 皆人!」

「皆人様! ご無事だったのですね」

「おせえよ。今まで一体何やってやがったんだ」

「……こちらの想定よりも、敵の動きが早かったようだ。お前達も薄々勘付いているかと思

うが、奴の能力は増殖だ。群体であること、それ自体が最大の武器だったんだよ」

「うっ。や、やっぱりそういうことか……」

「それでどうする、皆人? ちょうど小父さん達や藤城先輩達も来ていたんだけど、今は海

沙や宙が皆を逃がそうとしている途中で──」

 そうしていると、遅れてやって来たのは司令塔たる皆人だった。仁が悪態をつき、従者の

國子が珍しく安堵の声色を濃くする中、彼は努めて冷静に状況を見極めていた。睦月達から

報告された情報も含めて、今急ごしらえでも可能な指示・作戦を組み立てて伝える。

「このまま睦月と國子、大江はアウター達の迎撃に当たってくれ。隊の皆は冴島隊長含め、

今急いでこちらに来て貰っている。青野と宙には引き続き避難誘導を。二人のコンシェルを

考えても、このような乱戦のど真ん中で運用するのは難しい。俺は冴島隊長と合流して、七

波を捜してみる。状況からして、おそらく黒斗は彼女の正体に気付いている筈だからな」

 正直な所を言えば、戦況は至って厳しい。それでもこれほど大規模な襲撃に対し、自らの

保身を優先して息を潜めていることなど出来なかった。『了解!』睦月と仁、國子はそれぞ

れに応えてリアナイザを懐から出し、変身とコンシェルの召喚を実行する。

「変身!」

『OPERATE THE PANDORA』

「頼んだぜ、デューク!」

「守備は宜しくお願いします。私は適宜来場者達を見つけ次第、安全な場所へ移します」

 パワードスーツ姿に身を包んだ睦月と、大盾と突撃槍ランスを引っ下げた白い鎧甲冑の騎士。触

れた対象を透明化させる事が出来る、般若面の侍。

 三人は、冴島隊と合流しに行く皆人と再び別れ、一斉にこの“数の暴力”を体現したかの

ような敵へと立ち向かう。


「──ああっ、もうッ!! キリがねえ!」

「つーかこいつらはこの前、俺達で倒した筈の奴らでしょう!?」

 戦う力はまだ他にも持つ者がいる。呑気にお祭り気分を楽しんでいた筧と二見の所にも、

パンデミック達の大群は押し寄せ始めていた。逃げ惑う人々に注意して一旦隠れてから、彼

らは赤の獅子騎士トリニティ・ブレイズ青の獅子騎士トリニティ・ブラストに変身。これに立ち向かう。

「その筈、なんだがな……。どうやらあの時で全部じゃなかったらしい。喋ってる暇があっ

たら手を動かせ! 奴らがまた増え出す前に、削るんだよ!」

 どらァッ!! 燃え盛る炎を纏わせた剣閃で、筧は迫り来るパンデミックらを数体一気に

消し炭にした。どうやら数こそ馬鹿みたいに多いが、肝心の一体一体の戦闘力はそこまで高

くはないらしい。体感として、精々量産型サーヴァントより少し強いといった程度か。

「そう言われても、物理的に無理っしょ。動きを止めることは……出来ますけどっ!」

 一方で二見は、杖で地面を叩いて“ゆっくり”の波動を発動。押し寄せて来るパンデミッ

ク達を少しでも捌き易くする。氷柱を纏わせて尖った杖先を振るい、長刀の要領で一体また

一体と撃破。それでも効果は一時的なもので、尚且つ元の数自体が如何せん多過ぎる。

「七波君はどうしたんだ?」

「さっき電話しましたけど……出ないんスよ。場所が場所ですし、回線が悪いってことは考

え難いんですが──」

 ちょうど、そんな時だったのだ。二人して何とかパンデミック達を押し留めようとしてい

た最中、件の由香から折り返しの通信が入ったのだ。杖を振るいながら、冷気を叩き込みな

がら二見が呼び掛ける。筧も、同じく回線を同期させてこれを聴こうとしている。

「もしもし? 七波ちゃん? 今何処いるの!? 多分そっちも見えてるだろうけど、こっ

ちも大変な事になっててさあ……!」

『え、ええ。解ってます。でも』

 なのに、当の由香からの返事はどうも要領を得ないものだった。もごもごと、いつもの控

えめさとは明らかに違う。何かに怯えているような? 戸惑っているような……?

『場所は……はっきりとは分かりません。でも何処かの屋上です』

『アウターと……。黒斗っていう、執事の人と一緒にいます』


「──皆、こっち! ともかく今はこっちに避難して!」

「落ち着いて! 落ち着いて、列に沿って進んで下さい! 誰かが転んでしまったら、それ

だけ皆の逃げる時間が延びちゃいますよ!」

 海沙と宙は、戦いには参加しなかった。先刻睦月達と合流していた皆人が考える通り、人

ごみの中で戦うには向かないコンシェルをお互いが持っていた事もあるが、何より彼女ら自

身が選んでしまっていたからだ。

 半ば反射的に、追い詰められて。

 対策チームの一員として戦い勇むよりも、目の前で戸惑う実の両親達を何とかしなければ

と思ったのだった。

「宙! いいのか!? 母さんや、定之君と亜里沙さんと先に逃げて!?」

「あたし達の事は気にしなくていいから! とにかくお父さん達は安全な所に! あたし達

はもてなす側だけど、そっちは“お客”でしょ!」

「むー君や三条君達ともすぐ合流しますから、今は急いで運営さんへ!」

「ああ、黒斗。一体何処に……」

 それでも暫くは、輝達も中々その場を離れてくれようとはしなかった。他でもない睦月や

皆人、國子に仁といった面子がいつの間にか居なくなっていたからだ。

 ……普段から家族ぐるみの付き合いをしていると、いざという時にどうしてもお互いを気

遣ってしまう。守ろうとしてしまう。本来なら美しい関係性な筈だったが、流石にこの時ば

かりはもどかしい枷のように二人には感じられた。

 ともかく、半ば強引にでも避難する人々の波に押し込んだ方が良さそうだった。はぐれた

などと答えても、却って要らぬ心配をさせるだけだろう。まさか守護騎士ヴァンガードとして、アウター

達と戦っているとは言える筈もない。

「あばばば! あばばば……!!」

 東へ東へ、ごった返す人波。

 そんな中で尚も、先の女性記者を中心とした取材チームも揉まれている。


「──何時から、気付いてやがった?」

「最初からだ。お前らも彼女を手に入れたと聞いて焦ったのだろうが……しくじったな」

 時を前後して、首都集積都市・東京。梅津と健臣による秘密裏の待ち伏せ作戦は、かくし

て見事に成功したように思われた。庁舎の執務室から吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた

この蚊人間のようなアウターは、周りを取り囲んで銃口を向けてくる兵達には見向きもせず

問う。召喚されたガネットや、調律リアナイザを構えた健臣と降りて来た梅津は、そう努め

て警戒を怠らずに淡々と答える。

「一つ。筑紫達を調査チームとして派遣した後、リチャードCEOが会見を開いた──先手

を打ってきた時点で、もしかしたらとは思ってた。覚悟はしていた。それでも俺だってあい

らの上司だ。それでも未だ無事かもしれないっていう期待は、していたさ」

 ギリッと静かに歯噛み。しかしながら、その怒気は決して覆い隠されてはいない。

「二つ。なのに今回のこのこと、お前達は戻って来た。すぐ偽者だと分かったよ。俺の前に

来るまでの足取りと所作──要所要所にぎこちなさがあった。俺も公安畑出身なモンでな。

すっかり歳こそ取っちまったが、同類かどうかは見りゃあ分かる」

「ああ……。なるほど」

「三つ。何より俺の部下は、任せられた仕事を放りだして帰って来るような軟弱どもなんか

じゃねえ!」

 轟。そして梅津が怒りをあらわにして叫んだその直後、傍らの健臣が再び調律リアナイザ

を振り払った。中空に浮かぶガネットが、強力な浄化の炎を叩き込む。

 断末魔の叫び声が辺りに響き渡った。周りを取り囲んでいた部隊員達も、思わずごくりと

息を呑み、この焼き尽くされて消滅してゆく蚊人間──筑紫に化けていた怪人の最期の言動

をしかと見届ける。

「ギャアァァァァァァーッ!! ……へっ、へへっ。やっぱ、化けるのには向いてなかった

かあ。そもそも、性に合わないからなあ。取り込んで支配する……それが俺のスタイルだ。

化けるのは“ロスト爺”の十八番だもんなあ」

 にも拘わず、当の蚊人間のアウターは黒焦げになりながも笑っていた。おそらくは敢えて

こちらが飛びつくような情報を小出しにし、反応を窺ったのだろう。一瞬眉根を寄せてこれ

を問い質そうとした健臣を、梅津は手だけで制止した。クククと、アウターからの挑発行為

は止まらない。

「しっかし、人間ってのは惨いモンだねえ。自分の部下をいきなり焼くとは」

「てめぇじゃねえだろ。化けてただけだ。……本物の筑紫達を、何処にやった?」

「クククク……。今俺がこうして此処にいる、それが何よりの証明だと思うがなあ?」

「お前ッ!!」

「止せ! 俺達も、中央署の一件で学習したからな。用済みの本物にんげんは、お前達が早々に消し

ている」

「ははっ。嗚呼、そうだな。それもそっか……」

 ボロボロと、辛うじて人型だった四肢が最早原型を留めなくなっている。腕から脚からと

崩壊し、細かい炭になって蒸発してゆく。だが最期の最期に、この蚊人間のアウターは、意

味深な言葉を残しながら嗤うのだった。

「ま、精々今だけは勝ち誇ってるがいいさ」

「“こいつ”は死んでも、まだまだ“俺”は、死なねえ──」


「くっそ! キリがねえな……」

「三条司令も、奴の脅威はその増殖能力にあると言ってましたからねえ……」

 國子隊と仁隊、もとい旧電脳研メンバー。司令室コンソールから援軍として駆け付けてくれた彼らや

別クラスの面々と合流した睦月達は、のそのそと進軍を続けるパンデミックらを食い止める

べく奮戦していた。

 それでも如何せん、こちらの数との差が大き過ぎる。どうやら相手個々の戦闘能力はそこ

まで高くはないが、力を込めて倒した傍から、またその減少分以上の新手が複製されてくる

ものだから堪らない。

「とにかく、今は会場に居る人達の安全が最優先だよ!」

「少なくとも自分達が引き離せば、直接犠牲になる可能性は下がる筈です!」

 何よりも、戦闘開始時の状況ハンディが悪過ぎる。敵は只々進路上のものを全て呑み込めさえすれ

ば良いらしいが、こちらはそれを防ぎつつ逃がしつつ、尚且つ自分達の素性が人々にバレな

いように配慮までしなければならない。ジリ貧は火を見るよりも明らかだ。

「って、おい!」

「そいつらの吐く息に気を付けろ! 装甲ごと溶かされちまうぞ!」

 だからこそ、一見地の戦闘力の差で押し留めていた睦月達の様子も、次第に雲行きが怪し

くなってきた。つい油断し、大きく口を開けた数体の姿を見て、思わず仁のグレートデュー

クがこれに割って入るように飛び掛かった。すんでの所で掲げた大盾が腐食のブレスを仲間

達から守り、されどジュウジュウとこの厚みを少しずつ溶かして止まる。

「す、すまん! 助かった……」

「気を付けろよ。こいつらはただの量産型サーヴァントとは訳が違うんだ。もしかしたら俺達もまだ知ら

ない技の一つや二つ、持ってるかもしれねえ」

 睦月がドッグ・コンシェルの追尾弾を連射し、次々とパンデミック達を凍て付かせる。國

子の朧丸も赤色に力を蓄えた太刀を振るい、少しでもその数を減らすべく奮戦していた。

『ま、拙いですよ、マスター。私達の今の処理能力じゃあ、こいつらの増殖スピードを抑え

られません。均衡限界……来ます!』

 だが睦月達のそんな抵抗も空しく、やがてパンデミック達の増殖数がその捌いてゆく撃破

数を上回った。崩した最前列からワッと次の、また別の群体が押し寄せ、パワードスーツ姿

の彼や召喚されたコンシェル達を押し返す。

「しまっ──!?」

 表情を歪めた時にはもう遅かった。間に合わない。

 そのまま睦月らは、他の仲間達や逃げ遅れた人々と同じように、この暴力的な“数”の濁

流に呑み込まれ──。

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