55-(6) 原動力(ドライバー)
自分達を切り捨て、見殺しにしようとする飛鳥崎に恨みを持つ郊外民・益子匡を召喚主と
し、濁った体色とギョロ眼のアウター・パンデミック達は最寄の当局出先機関を次々に襲撃
していった。
そう、パンデミック“達”である。
彼らの能力は自己増殖──力を蓄えれば蓄えるほど、自らの個体数を倍々に増やしてゆく
事が出来る、珍しい群体型のアウターだった。集落の仲間達の制止を振り切り、集積都市へ
の復讐に乗り出した益子は、その圧倒的な物量が全てを押し潰すさまにすっかり陶酔してし
まっていた。
箱たる出先機関の建物自体は勿論の事、そこに詰めていた官吏、委託された企業の関係者
達を襲っては呑み込み、進撃してゆく。襲撃を繰り返すほどに増殖のスピードは増し、腐食
のブレスまで駆使するパンデミック達に、最早並みの人間では全く歯が立たない。
『はははははははは!! 凄い、凄いぞ凄いぞ!! これなら勝てる! こいつらを使えば
飛鳥崎を──いや、首都の政府すら倒せる! もう俺達のことを、勝手な都合で“乗り遅れ
た敗北者”だなんて言わせねえ!!』
『……』
ただ、宇高を始めとした他の仲間達は、山間を埋め尽くすその姿を目の当たりにしてよう
やく悟っていた。彼らを味方として頼もしいと思うよりもずっと、その力が“恐ろしい”と
思い始めたのだった。
はたしてあれらは、本当に自分達の手に収まるレベルなのだろうか?
このまま街への恨みのままに武力を振るい続けては、取り返しの付かない事になってしま
うのではないか……?
『捨てろ? 馬鹿言え! これからなんだぞ!? ここまでの兵力に育って、これから敵の
本丸を攻め落とそうって時に……!』
『一旦冷静になれ、益子! やはりお前は間違ってる! こんな事をして、街の人間の命を
奪った所で、井道さん達が喜ぶと思うか!?』
『あれは化け物だ。お前の力じゃない、俺達の力でもない!』
『大体、もし飛鳥崎を本当に滅ぼしたとして、その後お前はどうする心算なんだ!?』
『五月蠅いッ!!』
本当は解っていた。もっと早く止めるべきだった。もっと強く、彼の暴走を力ずくにでも
食い止めるべきだった。
しかし、既に力に呑まれた益子は聞く耳を持たない。宇高や集落の仲間達の説得にも応じ
ず、寧ろ鬼気を纏ってギラついた眼でこちらを睨み返してくる。駄目だと思った。
──同じだ。益子はもう、あの怪物達と同じ眼をしてしまっている。
『ま、待て! 待て待て!!』
『俺はお前達のご主人様だぞ!? いいから離せ! 群がる“敵”は俺達じゃない!!』
だから……やがてパンデミック達の矛先が、自分達の方にも向けられた時、宇高達はこれ
は報いなのだと思った。無数のギョロ眼、濁った体色と恨みの塊。その害意にいよいよ自分
達が“始末”されようとする中、彼らは最期の瞬間まで必死に足掻く益子の姿を見ていた。
文字通り大きな隔たりによって手すら届かず、救い出せなかった──共犯者であったかつて
の同胞の姿を。
『関係……ナイ』
『憎イ、憎イ、憎イ!』
『恨ンデイル……ノダロウ?』
『街ヲ、呑ミ込ム。ヒトノ全テヲ、破壊スル……』
群体であるということ、それそのものが性質であり能力ということは、彼ら個人の自我な
いし自由意思と呼ばれるものは、希薄と言ってしまって良いのかもしれない。
だがそれでも、彼らには唯一明確な意思があった。只一つの目的だけが在った。
益子本人と改造リアナイザ、本体であったデバイスをあっという間に呑み込んで、彼らは
飛鳥崎の市街へと進む。
感染爆発。
その名の通り、主亡き後も“飛鳥崎を恨む”という憎念だけは受け継ぎつつ、ただ只管に
破壊と増殖を繰り返す。立ち塞がる全てを押し潰す──。
怪物──電脳生命体の出現。
そんな情報だけでも恐ろしいのに、加えて現れた場所がこんな人でごった返すイベント会
場、個ではなく群れで襲って来たとなれば尚更である。遠くセントラルヤードの西側から聞
こえてきた爆音・銃声を切欠に、居合わせた人々は瞬く間にパニックに陥っていた。無数の
悲鳴や怒号が上がり、客は勿論学生らも我先にと逃げ出そうとする。
「くそっ! 何がどうなってんだ!?」
「電脳生め──越境種が出たみたいだぞ?」
「どうしてこんな、ピンポイントな時に……!」
「奴は何処から来てる!?」
「確か、音がしたのは向こう……」
「西だな!? なら東だ! 東に逃げるぞッ!!」
最早文武祭どころではなかった。各校各クラスの出店を始め、ヤード内の各競技会場にお
いても人々は逃げ惑う。ただでさえ人口密度の高さを、警備要員らが適宜通行ルートに誘導
することで保っていた均整が、見るも無残に崩壊してゆく。
「み、皆さん落ち着いて! ちゃんと列を作って、順に避難を……!」
豊川先生も、突然の出来事に慌てながら、それでも皆の規範たれと生徒達を統率しようと
したが、一旦崩れた秩序と物量の前にはまるで無力だった。誰も話を聞いちゃいない。輝や
翔子、定之に亜里沙達が「おおぅ……!?」と、混線する人ごみに呑まれていた。睦月や海
沙・宙、仁に國子といった対策チームの面々も、行き交う不確実な情報達に耳を澄ませなが
ら、どう動くべきか迷っている。
「まさか奴らが……。よりにもよってこんな時に……」
「だからこそ、なんだろうよ。こんなに人間が集まってる機会、早々ねえからな」
「皆っちは!?」
「少し前に、司令室との定期連絡に。皆人様も、全く気付いておられないとは思えませんが
……」
「と、とにかく、皆を逃がさないと!」
タイミングが悪い事に、司令塔たる皆人はちょうど不在。何よりこれほど大人数の眼があ
る以上、迂闊に飛び出して変身・召喚しようものなら確実に身バレしてしまうだろう。かと
言ってこのまま何もしなければ、今までで間違いなく最大級の犠牲者を生む事になる。
「……あいつら」
「黒斗、黒斗! 無事!?」
「お、お姉様、急いで避難を!」
「どうやら東側が一番安全のようですわ!」
黒斗と由香も、逃げ惑う人ごみの中で立っている。それぞれに大きく揺らぐ周囲のテント
を視界に映しながら、その向こうより迫って来ているであろう敵の姿が確認出来ないかと粘
る。淡雪が彼の名を呼んで駆け寄った。取り巻きの学院生達も、血相を変えて早くこの場を
離れようと提案している。
「はい、私は此処に。それと──」
すぐに追いつきます。黒斗は応えながら、しかし最後の一言までは言わなかった。取り巻
き達が後ろに居たこともあるが、何より彼には彼で目的があったからだ。淡雪も、彼が暴挙
に出た同胞を止めに行くのだろうと察して、小さく頷いていた。目と目があってそういう旨
だと、てっきり思い込んでしまっていた。
『──ッ!?』
“消えた”のだ。轟音のような周りの気配に溶けそうになりながら、しかし次の瞬間、黒
斗はその領域支配の能力を発動していた。即ち瞬間移動。問題は当の彼本人だけではなく、
その際何故か由香までも一緒に連れて行ってしまったということ。
「え……?」
「な、何で!? 何で七海さんまで……?」
「分かりません! とにかく今は、周りの人達を!」
取り巻きらや淡雪、輝を始めとした周囲の客は勿論、睦月達もこの突然の挙動に動揺を隠
せなかった。それでも彼の能力を知っている分、他のクラスメート達よりはまだ数拍早く動
けたようだ。國子が眉を顰める。
つまりそういう事なのか? 彼の方も、彼女が獅子騎士の一人だと知った上で……?




