55-(5) 集まる人びと
(おいおい。こりゃあ、予想外の客が来たな)
(向こうも解っていない筈はないだろうけど……大丈夫かしらね?)
睦月達のクラス、飛鳥崎学園高等部一年B組のメイド・執事喫茶に姿を見せたのは、過去
対策チームと共闘経験のある淡雪と黒斗──人間態のユートピアだった。尤もそんな事情を
知る由もない周りの大半は、清風女学院生という彼女の制服姿、ステータスに驚いていたの
だが。
「お姉様。どうしてこんな所に……?」
「格式も何もない、猿真似のような店に……」
一方で、その取り巻きと思しき他の学院生達はと言えば、あからさまに彼女が“下々”の
出店へと足を運んだことそれ自体が面白くなかったらしい。彼女達からすれば、確かに上っ
面だけを真似たその下劣なコンセプトを、じろじろと見渡しては顔を顰めている。
「むっ。何だよ? そっちから来ておいて早々──」
「ちょっと! あんたらもあんたらで、喧嘩腰になってどーすんの!」
「そりゃあ、清風のお嬢様達からすれば遊びみたいなモンよ。何よりお客さんでしょ?」
「あらあら……ごめんなさいね? 貴女達も、礼儀は尽くしなさい? おもてなしの心に、
上下も何も無いでしょう? 大体今日は、お祭りなのだから」
「は、はいっ!」
「申し訳ございません……」
だがそんな両者をめっ! と宥めてくれたのは、他でもない淡雪本人。
彼女はしゅんとなる学友達に穏やかな苦笑みを向けると、すぐにこちらを──睦月の方に
視線を戻して微笑みかけた。傍らの黒斗と共に、改めて流れるような所作で小さく頭を下げ
てくる。
「お久しぶりです。その節はどうもお世話になりました。本来ならアポイトメントを取るべ
きだったのでしょうけど……驚かせてみたくって」
「お、お世話あ!?」
「佐原、おい、てめえ! 知り合いなのか!?」
「ずりーぞ! 青野や天ヶ洲だけじゃ飽き足らず……!!」
「え? ええっ!? ち、違──!」
故に次の瞬間、主にクラスの野郎どもがにわかに色めき立つ。営業中・接客中だというこ
とをすっかり放り出して、彼女から言葉を向けられた睦月に対して、ジェラシー全開で揉み
くちゃにしてゆく。束になって突っ掛かってゆく。
「ちょっと、あんたら! 仕事中! 仕事中!」
「あらあら……。知り合いだったの? 睦月君?」
「はっはっはっ! 誑し結構! 男は甲斐性あってこそのモンさ!」
「……」
「べ、別に、あたし達はそういうのじゃないんだけど……」
クラスの女子、接客係が慌てて割って入ったのは勿論の事ながら、奇しくも場に居合わせ
た輝や翔子、定之に亜里沙といった両親組もこれには驚いていたようだ。呵々と笑い、或い
はどういう事だと訝しんでいる。
「サハラ……?」
しかしそんな中、当の淡雪自身は小さく繰り返すように呟いていた。以前の対ムスカリ共
闘の際、聞いていた名前とは違ったからだ。
なるほど? だがややあって、まるでそうすぐ理解が及んだように、彼女はクスッと密か
に微笑う。ギャーギャーと騒がしくなる様子を見ていた黒斗も、そんな彼女や睦月達の反応
を見かねて助け舟を出してくれる。
「申し訳ないが、無用な推測はご遠慮願いたい。お嬢様は以前、事故で入院されておられま
した。その際彼と、彼のご友人の協力もあって回復したというだけのことです」
前半少々釘を刺す味を強く、後半は主に代わっての礼を。
取っ組み合いのようなカオスになりかけていた面々が、彼の放った言葉で一気に冷静さを
取り戻していた。誰からともなく彼と、ニコニコと微笑む淡雪を見遣って、すっかり揉みく
ちゃになってしまった睦月から離れる。手を放す。
「……ああ、何だ。三条絡みか」
「それならそうと始めから言えよなー。無駄に興奮しちまったじゃねえか」
「え? あ……うん。ごめん……」
「いや、何であんたらが被害者面してんのよ」
「す、すみませんね? 本当、品性の欠片もない野郎どもばっかりで……!」
「そう言えば、当の三条は?」
「ああ。何か少し前に、電話掛かって出てったぞ。いつもの家のアレだろ?」
「……こういう時ぐらい、電源切ってて欲しいんだけどなあ。ただでさえ、今回は執事組の
稼ぎ頭なのに……」
くすくす。急に真面目に戻ったクラスの男子達と、慌てて取り繕う女子達。それでも淡雪
は笑って許してくれていた。寧ろ微笑ましいと、若干引いている黒斗や取り巻きの学院生達
を尻目に、また二言三言と雑談に花を咲かせ始める。
(く、黒斗さん。どうしてまた……?)
(突然ですまなかった。彼女の、たっての要望だったものでな。まあ私にとっても、都合が
良かったのだが)
(? それはどういう──)
気を取り直して接客係が、淡雪及び輝達を空いている席へと案内する。周りのギャラリー
も程なくして捌け、睦月はヒソヒソと黒斗にそれとなく、このサプライズの経緯を訊ねてみ
ていた。尤も当の彼はと言えば、相変わらず不愛想な表情を崩さず、主の横顔を見守ること
を優先していたのだが。
(……やれやれ。一時はどうなる事かと。全部バレちまうかと思ったぜ)
(流石にそこまでは行かないでしょうが……警戒するに越した事はありませんね。何せ彼は
一度、彼女らと交戦しています。ただの御礼に来ただけなら良いのですが……)
或いは仁や海沙、宙。他の仲間達。
仁のホッと胸を撫で下ろしたヒソヒソ声に、執事服姿の國子は、尚も密かに緊張した面持
ちを変えなかった。その視線の先には由香──メイド組の一人として配膳をして回りながら
も、チラチラと先程から淡雪ないし黒斗の方を窺っている。
「──ぐっ、うぅぅッ!?」
「人が……人が思った以上に多い!!」
一方その頃、文武祭の会場を埋め尽くす人波では、これに呑まれた取材チームの面々がも
がき苦しんでいた。事実今年の来場者は、例年よりも更に多かったのだ。当初のお目当てで
ある学園一年B組の出店──ネット情報等で守護騎士と共に大立ち回りを演じていたと思し
き仲間の一人、大江仁と天ヶ洲宙が所属するそこへと、その正体を調べに行こうとして。
「──ところで兵さん。七波ちゃんに顔出さなくていいんスか? 今速報のタイムライン観
てますけど、結構良い感じに看板娘やってるみたいですよ?」
「わざわざ出向かなくてもいいだろ。大体あそこは、三条の坊主どもと同じクラスだ。俺達
が行ったら行ったで、警戒されるのは目に見えてる」
筧と二見も、この一大イベントに足を運んでいた。朝から食べ歩きや各種ライブ、競技の
観戦などを見物して回っていたが、同じ獅子騎士仲間の由香の下へは未だ会いに行っていな
い。
(まあ、例の“クロト”についての情報は出てくるかもだがなあ……。それでも今すぐ此処
でって訳でもねえ。せめて今日ぐらいは、七波君にも楽しんで貰いたいしな)
だが現実は何時だって無常である。望まないことばかり知覚する。
喫茶の中で輝達や淡雪、黒斗に取り巻きの学院生らがテーブルに着いて軽食を摘まんでい
た最中、突如として会場の何処かしらからか爆発音が聞こえたのである。続いて乾いた、連
続した発砲の音。思わず立ち上がった睦月達や場の面々に、緊張が走る。
「な、何!?」
「何処かの演出……じゃねえよな?」
「だとしたら趣味が悪過ぎんだろ。あのざわめき、演技とかじゃねえぞ」
『か、怪物だー!!』
『怪物が出たぞーッ!!』




