55-(2) 感染源(リザーバー)
眩いほどに光が濃ゆければ、同じく必然的にその陰に隠された影も深くなる。
時はもっと前、飛鳥崎が文武祭の話題で持ち切りになるずっと以前にまで遡る。街から遠
く離れた郊外、今の“新時代”に置き去りにされた集落の片隅で、彼らは一様に沈痛な面持
ちをして俯いていた。古い畳敷きの部屋に集まったまま、寧ろ怒りすら湧き上がってくる己
の激情を、何とかして繋ぎ止めようとする。
『……もう限界だ。俺達はもう、街の連中から居ない者として扱われてる。くたばってくれ
るのを待ってやがるんだ』
ぽつり。そんな我慢と痺れを切らしたように、出席者の一人が言う。
厳密な区割りこそ此処とは違うが、井道さんが行方知れずとなり、街の一角で亡くなった
と判ったのは春先の事。心臓に病気のあった奥さんを亡くした喪失感からか、以前からおか
しくなってしまっていたが……。その最期が“怪死”とはあんまり過ぎる。
歳月が過ぎても、彼らの中に燻る悼みの感情は消えなかった。いや、それ以上に増々恨み
や悔しさを募らせていた。
『俺達がいなくなれば、連中も大手を振ってこの辺りを民営化出来るもんな。それとも公営
の施設にして、雇用の足しにでもするのか』
特に自分達の中では比較的若手に入る、宇高や益子などは人一倍義憤に燃えていた。飛鳥
崎の上層部が自分達郊外民を切り捨て、その版図を拡げようと目論んでいると、声高に叫ん
では訴え掛けていた。
集まった面々は総じて押し黙っている。彼らを中心として、打てる手段は一通り試してみ
たつもりだ。最寄りの出先機関へ陳情に出向いたり、警察に再捜査を直談判したり。時には
抗議デモなんてこともやってみたが──当局はまるで動いてくれやしない。メディアはそも
そも、取り上げさえしない。
尤も、それは無理からぬ事だったのだろう。何せ中央署には例の、電脳生命体なる化け物
どもが巣食っていたと云うのだから。
『正直信じられんがな……。その話を聞いたのも、事件自体があってから大分後の話だ。私
達のような年寄りには、デバイスだの何だのと言われても分からんよ……』
とはいえ、自分達の訴えが封殺・黙殺されたのは事実だ。悔しさが、やがて憎しみに変わ
ってゆくのにそう時間は要らなかった。
『──止せ、益子! お前はそれが何だか解っているのか!?』
だからこそ……。ある時彼が手に入れてきた代物を目の当たりにして、宇高達は生きた心
地がしない程に焦った。
独特な形状の短銃型ツール・リアナイザ。今ではもう出回ってすらいない、違法改造品。
宇高以下仲間達は、必死に止めようとした。元の情報こそ、事件があってから何周遅れか
で聞き及んだ内容であったが、中央署を例の化け物だらけにした元凶──とにかく危険な代
物であることだけは知っている。
『解ってる、解ってるさ!』
『だが言い換えれば……こいつさえあれば、今の街や政府へのダメージになるんじゃねえの
か? 少なくとも“実績”はある! ギャフンと言わせられる!』
『止すんだ! 俺達が、お前までが手を出したら……!』
『奴らが憎くないのか!? 井道さん夫婦を見殺しにされたまま、このまま黙っていろって
言うのか!?』
鬼気迫る表情。怒り。
結局宇高を始めとした集落の仲間達は、彼の行動を止められなかった。取り押さえて引き
剥がそうとしたそれを、部屋の中で高々と掲げて引く。刹那銃口から眩しい光の球が飛び出
して来て、面々の前に着地した。鉄仮面の──いわゆる電脳生命体と思しき怪人の姿がそこ
にはあった。
『……願イヲ言エ。何デモ一ツ叶エテヤロウ』
ゆらりと視線を向け、ややあって問い掛けてくる初期個体。宇高達は、当の益子は、暫く
唖然と目の前の光景に立ち尽くしていた。
『ふ、復讐だ。井道さんを殺し、今度は俺達を見殺しにしようとしている、街の連中に思い
知らせてやりたいんだ! 井道さん夫婦の無念を、晴らしたい!』
『……了解シタ』
するとどうだろう。次の瞬間このサーヴァントは、音もなく益子に近付いたかと思うと、
突き出した右手の指先を彼の額に押し当てた。ぐっと力を込めた。『ガッ──?!』驚いた
が、別段風穴が空けられた訳でもない。
ただ一同が気付いたその時には、この鉄仮面と蛇腹の配管を巻き付けた怪人の姿が変わっ
ていた。デジタル記号の光と共に“濁った体色とギョロ眼”のそれへと、変貌を遂げていた
のである──。




