6-(4) 復讐鬼
「睦月。身体は大丈夫なのか?」
「うん、お陰さまで。僕が休んでる間に奴が動かなくて本当に良かったよ」
その日、睦月は皆人から呼び出しを受けて司令室に足を運んでいた。いつものように地下
に降り、扉を潜ってみれば、既に彼以下対策チームの面々が自分を待つように出迎えてくれる。
……そうか。皆人は腕まくりをして笑ってみせる親友を、そうあくまで冷静に見遣っていた。
ちらと職員の一人に目配せをして制御卓を操作させる。すると正面のディスプレイには、
とある中年男性の詳細なデータが現れる。
「召喚主の身元が判明した。井道渡、五十七歳。飛鳥崎ではなく、郊外の農業地区の住人の
ようだ。お陰で調べるのに少々手間取ってしまったがな」
映し出されていたのはややオールバッグ気味の、白髪が進行している中年男性。
農業地区の住人という事は農作業故にか。浅黒く日焼けし、皺を刻んだその人相は過去の
写真だからか未だ前向きな活力を宿しているようだったが、それは確かに睦月が西國モール
で対峙した男性その人であった。
皆人曰く、一件目と二件目の現場から収集した映像ログからも同一人物と思しき者の姿と
ボマー・アウターの巨体が確認されたという。犯人についてはこれで確定だろう。
「それと、裏付けになるだろう情報がもう一つ。ここ二ヶ月の間に、井道の暮らしていた地
区とその近隣で合計七件、小火を含む火災絡みの事件が起きている事も確認した。おそらく
は井道が、予めボマーの能力を試運転していたものと考えられる」
「……っ」
そんな話を聞きながら、睦月は歯痒くも憤りが胸を満たすのを抑えられなかった。
不安、緊張。他の司令室の面々も大よそは同様である。敵は街の外からやって来た人間
で、しかも犯行を遂げる為に念入りなシミュレートを行っていた。もう、情状酌量をしてやる
余地は無い。
「どうやって改造リアナイザは手に入れたのかは分からん。だがスカラベの時のように、何
者かが意図的にこれらを与えて回っているのだとしたら、既に飛鳥崎の外──国中、いや、
海外にすら渡っているのかもしれないな」
「そうね。TA自体は海外でも広く遊ばれているゲームだから」
「……でも何で? 何でこの井道って人は、改造リアナイザに手を染めてまで飛鳥崎を狙う
んだろう? あんなに憎しみで濁った目……よほどの事がないとああはならないよ」
皆人や香月が続けて語っている。そこに睦月は、そう一番肝心な疑問を投げ掛けた。
「ああ。それなんだがな。もう一つ、井道に関して掴んだ情報がある」
スッ……。すると皆人が気持ちその目を細めて睦月を向いた。既に聞き及んでいるのか、
直後他の仲間達の表情が顰められ、曇る。
「半年ほど前だ。井道は、妻を亡くしている」
「──ああ、間違いない。井道さんだね。こりゃ」
同僚から送付して貰ったモンタジュー写真を片手に、筧と由良はその頃飛鳥崎の北、郊外
に広がる農業地区の一角まで足を運んでいた。
歩き回り、出くわした住人達に片っ端から聞き込みをする。するととある集落を訪れた時
点で、そう次々と彼らから写真の人物の正体が明らかになった。
「井道?」
「その方で間違いないんですね? 下のお名前は分かりますか?」
由良に目配せし、筧は彼に急ぎメモを取らせた。
井道渡。この集落で妻と細々と農家を営んでいた、ごくごく普通の男性──。
農作業の道中だったのだろう。皆がほっかむりを被り、農具を布袋に詰め、誰しもが彼の
事をそう評した。疎らに点在する家屋、それらを上回る圧倒的な広さの田畑と濃い緑を湛え
た山々。集積都市ではないのだから当然だが、十数分道路を出ただけでこんなにも違うもの
かと筧は内心改めて心苦しい気持ちになる。
「その……刑事さん。井道さん、何か事件にでも巻き込まれたんですか?」
「え、ええ。その可能性も含めて、捜査をしている最中です」
「……ご心配なく。じきに事件も解決に向かうでしょう」
だから、彼らがただ純粋にそう井道を心配してきた時、筧も由良もそう咄嗟に嘘をつかざ
るを得なかった。まさか飛鳥崎で起こり始めた爆弾テロの犯人かもしれないなど……こんな
穏やかで寂れた場所の人間達には刺激が強過ぎる。
「そうですか。それは良かった」
「井道さん、ここ暫く元気なかったからなあ。無理もないわな。奥さんがあんな事になっち
まったから……」
「? 彼の奥さんが、何か?」
「あ、ええ。その……ね?」
「半年くらい前になるかなぁ? 急に奥さんが亡くなっちゃって……。まぁ、以前から心臓
を悪くしてはいたんだけど……」
『──ここからは俺の推測でしかないが……。井道渡の目的は、復讐だ』
真相の断片を聞き終え、睦月と國子以下リアナイザ隊の面々は飛鳥崎の街を手分けして走
り回っていた。司令室で皆人から語られた推理。その時の一字一句が、睦月の脳裏で繰り返し
繰り返し赤色を灯しながら鐘を鳴らし続けている。
曰く、急死した井道の妻は、彼に言わせれば殺されたのも同然だったという。
皆人は言う。集積都市とそれ以外の地域では、インフラ整備の速度に大きな差がある。身
も蓋もなく言ってしまえば、集積都市以外の人や物は政策的に後回しにされているのだと。
だから助からなかった。井道とその妻は、集積都市に住んでいない──救急の基地から離
れているという理由で以って、他の急患よりも後に回されたのだろうと。
たらい回し。いや、それ以前の死。
妻を喪った井道の怒りと哀しみは、まさに筆舌に尽くし難いものだったようだ。
『この街と共に滅べ──井道はそうお前に言っていたよな? もし俺の仮説が正しければ、
奴はとうに破滅の道を突き進んでいる』
消防署から始まり、警察署へ。
愛する人を喪った痛みを抱えながらも、当初井道は謝罪と、きちんとした説明を求めて駆
け回っていたらしい。だがその何処にも……彼に自分達の非を認める者はいなかった。
末端なので分からない。
上からの指示だから。
マニュアル通りに動いただけ。自分に責任はない。
加えて遂には、現地管轄の当局から使者がやって来たらしい。
脅迫まがいの警告。
これ以上我々を煩わせるならば、二度と真っ当な暮らしを送れなくなりますよ──?
巨大な力の前に、区別の前に、井道は膝を折った。誰も、自分に味方してくれる者はいな
かった。
『……睦月。止められるか? 奴を』
「……できるかじゃない。やるんだ。僕らで、止める」
通信越しに交わされたそんな僅かな問いと言葉。
その微笑に陰を差し、抱いた決意を固め、睦月は飛鳥崎の大通りを駆け抜ける。




