55-(1) 文武祭初日
飛鳥崎を含めた各地の集積都市で、待ちに待った文武祭の当日がやって来た。
会場は、街の中心区に広がる大型の屋外イベント施設・セントラルヤード。この全域を丸
三日間貸し切り行われる、学生以外の市民達にとっても年に一度の大イベントだ。
『大変お待たせしました! 只今より、本年度の飛鳥崎文武祭をここに開会致します!』
各校の生徒達は、大きくクラス毎と所属する文化部、運動部に分かれて参加する。クラス
毎の出し物に加えて、文化部は宛がわれた部屋を使っての展示、運動部は隣接会場での対抗
戦に臨む。一年の集大成を示す場という訳だ。また吹奏楽部やチアリーディング部など、文
化部系の中でもアクティブなものは、運動部と同じく専用会場での大会・各種コンテストと
いった形式を採る。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませー!」
「出来たての焼きそばですよ~、如何ですか~?」
これら部活毎の勝利数に加えて、クラス毎の出店による売り上げ、来場者アンケートの評
価によって期間中ポイントが換算される。集積都市らしく、学校単位の“競争”要素が多分
に含まれているのが文武祭の特徴だ。会場は毎年三日と経たずに大きく白熱し、スポーツ系
は各種目の競技会、音楽系はライブ合戦とあちこちで盛り上がりを見せる。
「皆、ガンガン飛ばして行こうぜー!!」
『イエーイ!!』
「位置に着いて。用意──!」
一方で幕間にはセッションを。注目選手を取材した番組をパブリックビューイングで。
運営側も競争一辺倒では疲弊することを学んだのか、近年では“ガス抜き”も含めた娯楽
要素をふんだんに取り入れる動きも当たり前になってきた。それはただ単純に生徒達のモチ
ベーションを維持する為のみならず、より多く来場者を喚起する為でもある。
屋外のライブ会場でロックに歌うグループもいれば、恒例となったミスコンが行われたり
もする。本格的な吹奏楽は、反響性能のあるホール型で。水泳やバスケ、柔道や剣道といっ
た屋内型のスポーツも、それぞれ専用の適した会場が確保されている。
陸上、野球、サッカーにテニス。いわゆる旧時代からメジャーとされる種目も多くの観客
達で満たされていた。学園からは、いち選手として黙々と泳ぐ元クリスタルの召喚主・法川
晶の姿もあったし、一方でスポーツ系の有力校とされていた玄武台は、瀬古勇の一件が尾を
引いてか学校自体が出場を見送っていた。
(皆……)
(話には聞いていたけれど、やっぱり消えちゃったのか……)
物理的にも精神的にも、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。同校は前校長・磯崎
が殺害された後、体制の立て直しに苦慮しており、学校側も生徒達を送り出す余裕が無かっ
たものとみられる。睦月達も、何より元玄武台生である由香などは、萎む気持ちを拭えなか
った。古巣から“いち抜け”して、自分だけが参加しているという後ろめたさがあった。
それでも会場全体を埋めるのは、数え切れないほどの来場客とこれに応対する生徒達。
運営側も、昨今の情勢を踏まえて、そんな人波の中に例年以上の警備要員を投入して警戒
に当たっていたのだった。
『──いらっしゃいませ~、ご主人様♪』
『お帰りなさいませ。お嬢様』
そうして賑わう会場の一角、睦月達学園高等部、一年B組が出店するメイド・執事喫茶。
元々はセントラルヤードの屋外通路である洋式の石畳の上に、クラスの皆が準備した喫茶
店風の内装が広がっていた。外の呼び込みや看板を見て入って来る客達に、宙や由香、國子
や皆人を含めた接客係の面々が出迎える。
仁も「サイズ的に似合わねえだろ……」と、またその一人としてごちていたが、メイド服
姿の由香や男装の國子、そもそもに大企業の御曹司でイケメンという高スペックである皆人
などのお陰で、客入りは中々良い出だしのようだ。
奥の調理スペースでは、睦月や海沙を含め、エプロン姿な料理係の面々が注文を受けて各
種メニューを忙しなく作っている。食べれこそしないが、密かにポケットの中に突っ込まれ
たデバイスの中で、パンドラも画面上でニコニコと楽しそうにしている。
尤も原価を考えれば、流石にプロの店舗のような品揃えという訳にはいかなかったが。
「うんうん。皆、仲良く一丸となってくれて……。グズッ、先生嬉しいわあ……」
特に担任の“トヨみん”こと豊川先生は、睦月達のそんな姿に一人勝手に感動して瞳を潤
ませていた。
個人的には当初由香という転校生──玄武台からの厄介の種という新入りを加えてギスギ
スしていた空気が、今回のイベントで解消されたと喜んでくれているようだ。
事実店に足を運んで来る客達の中には、由香の姿を撮っている者も少なからずいた。良く
も悪くも、七波由香という存在が、その話題性でもって集客効果を高めているらしい。
「よう。儲かってるか?」
「遊びに来たわよ~」
「げっ!? お父さん、お母さん……?!」
「おいおい。何だあ、その態度。俺達は客だぞ~? なあ?」
「……海沙や睦月君は奥か。ああ、いい。忙しそうなら、また後で訪ね直す」
開店から暫くして、ふと現れたのは輝・翔子夫妻と定之・亜里沙夫妻──宙と海沙の両親
だった。当の娘であるメイド服姿の宙は、思わずだみ声になって叫んだが、父・輝はわざと
そうからかって笑う。一緒にやって来た定之の方も、クラスの一員として働く海沙や睦月の
様子が気になっているようだ。
「ああ、宙っちと海沙っちのご両親ね?」
「私達は大丈夫だから、話して来なよ。青野さんと佐原君も呼んでくるから」
まごついていると、接客係のクスラメート達が何人か、気を利かせてそう言ってくれた。
宙は数拍躊躇っていたが、彼女達の厚意に甘えて託すことにする。エプロン姿の海沙と睦月
も、程なくして奥から連れられ顔を出して来た。
「おじさん!」
「お、お父さん……。お母さん……」
「こんにちは、睦月君」
「ふふ。頑張ってるみたいね? 睦月君と一緒に、ねえ……?」
ボフン! 隣で顔を真っ赤にする海沙に気付く事もなく、睦月は「来てくれたんですね」
と優しい笑みを浮かべて輝達を迎える。普段無口な定之や控えめな亜里沙も、お祭り気分も
手伝ってか多少饒舌になっているようだ。ちょうど豊川先生もこちらに気付き、ぱたぱたと
やって来て挨拶をしてくる。
お互いに何度か頭を下げ合い、どうもお世話になっていますの一言。
他の客達への対応に動き回っている由香──保護者達だと理解したらしいその眼差しと気
配を感じながらも、睦月は翔子からヒソヒソと確認を投げられる。
「ねえ、睦月君。香月さんは……やっぱり?」
「はい……」
彼女らが知らないという事は、やはり母は来れないのだろう。まだ初日だからという返答
も出来たろうが、睦月は敢えて期待を持たせるような言葉は紡がないようにした。実際日頃
の多忙ぶりは目の当たりにしているし、何より中央署の一件以降、司令室に詰めっ放しな生
活が続いている事をよく知っている。
「そっかあ。ま、色々とタイミングが合わないと仕方ないわなあ」
「睦月君達が元気そうだったってことは、ちゃんと香月さんにも伝えておくわ。貴方達も、
目いっぱい楽しんでおきなさい?」
「年に一度の祭り、だからな」
「……うん」
「そう、ですね」
「言われなくても楽しむつもりだよ~。自分のシフトが終わったら、見て回る所も決めてあ
るしね」
輝と亜里沙、定之、両親ないし普段お世話になっている小父さん・小母さん達からの言葉
に、三人は素直に頷いていた。内心思っていること、裏側で知っていることは諸々あるが、
勿論こんな所でぶちまけてしまう訳にはいかない。仁も慣れない様子で料理を運び、遠巻き
から睦月達の姿をそれとなく見守っている。
「──こんにちは♪」
ちょうど、そんな時だった。ただでさえ客足の増えてゆく睦月達の喫茶にあって、今度は
当人らも思いもしない顔が、店のレース暖簾を潜って来たのだから。
「ッ!? 藤城さ──」
「おいおい、おいおいおい!」
「マジかよ……。あの制服、清風の……?」
「ああ。間違いねえ……」
「な、何で? 何で俺達みたいな、普通の色物なとこに……?」
「……あんたそれ、自分でうちのクラスが変テコだって言ってることに気付いてる?」
驚愕する睦月や海沙、宙に仁、國子。場に居合わせたクラスメートや周りの客達。
淡雪だった。例の如く、不愛想な表情を貼り付けたままの執事・黒斗を傍らに控えさせた
まま、自身の取り巻きと思しき女生徒らを連れたほんわか系お姉さん。東のお嬢様学校・清
風女学院の三年生、黒斗ことユートピアの召喚主、藤城淡雪だった。
『──』
しかしながら、この時の睦月達は未だ知る由も無い。
一方その頃、歓喜沸き立つ会場の入り口に、周囲の人ごみに紛れて足を踏み入れた人影が
数名、あったことを。




