55-(0) 今は逸らして
「皆無事でよかった。筧さん達としっかり話せなかったのは、心残りだけど」
それは仁と宙が、ギョロ眼のアウターの群れを倒した後のこと。
作業時間が放課後に突入した頃合いを見計らって、睦月ら残りの仲間達は一旦離脱。地下
の司令室に集合していた。二人から詳しい話を聞き、新たに現れた敵の臭いを探る。筧達と
は道中、既に別れた後だ。
「まぁぶっちゃけ、運が良かったってのもあるんだろうなあ」
「筧さん達も一緒だったし、その場で倒せたから良かったものの……」
一通り把握をして、ホッと胸を撫で下ろすのも半分。一方で怪しさも半分。
正直、消化不良な感じは否めない。特にそんな感慨は、当の本人達が一番強かった。
睦月や海沙は苦笑い、冴島や國子は隊士からの報告を受けている。持ち帰った戦闘記録を
見つめながら、皆人は確かめるように言った。
「……大江。こいつらは始めから、複数体居たんだな?」
「ああ。筧さん達もそれは目撃してる。徒党を組んで、居合わせた警官達を襲ってたみたい
だぜ?」
「量産型……じゃないもんね。見た目から何から全然違うし……」
海沙も中央のディスプレイ群を見上げながら、そうモヤモヤとした違和感に何とか回答を
得ようと模索していた。外見こそ鉄仮面とギョロ眼、明らかに違う他、筧達には腐食の息ま
で吐いていたという。自分達が今まで見聞きしてきた量産型とは、別個体なのだろうか?
「うん。新型の可能性もあるけれど……」
「そうね。あり得ないと言ってしまうのは早計だけど……合理性や必要性を踏まえれば、疑
問符が付くわね」
「サーヴァントは元々、特定の召喚主を持たなかった場合の姿、初期状態の個体だ。“蝕卓”
が雑兵として使う以外、改良を加える積極的価値があるとは思えん。お互い時期が時期だ。
タイミングとしても、戦略としても。そもそも召喚主からの願いを聞き入れた時点で、そ
の姿形・能力は大きく変わってしまうからね」
睦月からの問いに、母・香月や萬波以下、研究部門のメンバーが答える。敵側が何らかの
意図をもって、改良を加えることはあり得るだろうが、あくまで選択肢の一つに過ぎない。
同じ個体だからと言って即そう結び付けてしまうのは安直だろう。
「“群体”であること。或いはそれ自体が、奴らの特性だったのかもしれないな」
「なるほど……」
「複数っていうか、コンビだけど、ピッチャーとバッターの奴らもいたしね。まぁあいつら
の場合は、リアナイザもそれぞれ別に持ってたから違うかもだけど……」
「その意味では、獅子騎士──筧さん達の方が近いのかも。一つのリアナイザから生じた個
体という意味では、今回のような例が出てもおかしくはないわ」
ぶつぶつ。皆人は誰にという訳でもなく、そう一応の仮説を付けて言う。
仁もそれで一旦、積極的な疑問符を引っ込めていた。睦月や香月も、これまでの例を挙げ
てみては補完する。ただどちらにせよ、特殊なケースであるには違いない。そもそも今回の
件については、召喚主の正体も目的も不明なのだ。一人であるとも限らない。
「何より……末端とはいえ、当局の警察官達に被害が出たのは対策チーム的にも拙いな。た
だでさえ政府との共闘話が、表向き踏み込めていない中、向こう側からの突き上げがまた増
す可能性がある」
ディスプレイ群からサッと視線を逸らし、皆人は睦月達を見た。香月が一人密かにばつの
悪そうな表情を浮かべている。あくまで現状内々の調整作業とはいえ、少なくとも全体の情
勢が好転する材料にはなり得なさそうだ。
「でも三条君。ソラちゃんや大江君が倒したんだから、これで大丈夫なんじゃないの?」
きょとんと、海沙が直後小首を傾げて言った。実際先刻の現場に現れた個体は爆発四散し
たのだから、当座の脅威は去った筈だ。それでも皆人や香月、萬波や冴島といった面々──
研究部門寄りは、まだ怪訝と警戒の念を拭い切れていないらしい。
「……そうだといいんだがな。念の為、こちらで追加の調査をしておく。確認だ。また同じ
ような事件があれば、今回のように押さえられるとも限らん」
少々含んだ言い方を皆人はする。用心しようというのは解らなくもなかったが……睦月達
は正直モヤッとした。そんな仲間・親友達の心情自体は推し量っているのか、彼は一旦話題
を切り替えるように大きく息を吐き出すと、言う。
「それよりも。俺達には今、やらなくちゃならないことがあるだろう?」
「? うん?」
「それって──」
ああ。終始生真面目だった彼の表情が、少しだけ、ほんの少しだけ“学生”のそれに変わ
った。努めて緩めたように見えた。
「文武祭が、もうすぐ始まる」




