54-(6) 巡る旅、枝葉
時は少し遡り、飛鳥崎市東部。
筧と二見は、その丘沿いに建つお嬢様学校・清風女学院を訪れていた。年季と拘った意匠
の正門を、遠巻きの木陰から見つめている。
「──ども。只今戻りました。思いの外、色々と聞けましたよ」
そこにじっと身を潜めていた筧とは対照的に、この正門方面──昼下がりに下校を始めた
学院生の流れから戻って来たのは、他ならぬ二見だった。
いつものラフな格好から少し仕立ての良いジャケット姿。まだ門の向こうで警戒と送迎を
続けているSPらしき黒服達を一瞥し、任務完了と言わんばかりに安堵の息をついている。
「おう。で、どうだった?」
「結果から言いまして、ターゲット・東條瑠璃子はもう駄目っぽいです。事件以来、人が変
ように自宅に引き篭もったままで、十中八九留年か“自主退学”になりそうだと」
「……そうか」
学院側からはちょうど死角になる位置に陣取り、筧は大きめの鞄やコンビニ惣菜の袋を傍
らに置いて座り込んでいた。ハンチング帽を目深に被り直し、薄茶のサングラスと共に人相
を更にそっと隠す。俯き加減に呟いたその一言と横顔は、密かに己を責めているようでもあ
った。
二人がこの日此処へ足を運んでいたのは、同学院の生徒・東條瑠璃子が、かつて改造リア
ナイザに手を出した人物の一人だと知ったためである。
当該事件──ムスカリ・アウターに絡む騒動は既に終息して久しいが、少しでも手掛かり
の欲しい筧達にとっては調べてみない選択肢など無かった。元々は先のマリア・アウターの
召喚主として目星──再犯ではないかと睨んでマークしていたこの場所だったが、結果的に
それは違うと確認されている。
「他の学院生達の話が間違っていないとすれば、彼女がまた改造リアナイザに手を出したと
いう可能性は低いです。何たって学校に来れてさえいない訳ですから。……人が変わった、
って表現が引っ掛かりますね。多分進化前だったんでしょう。記憶やら何やらが根こそぎ吹
き飛んでいる」
「ああ……。そう考えて間違いないだろうな。そのドロップアウトも豹変ぶりも、破壊後の
後遺症だとすれば全て辻褄が合う」
当初は日がな、時間の有り余っている筧が学院生らに聞き込みをし、東條瑠璃子について
の情報を集める予定だった。再犯かどうかを確認したかった。だがそれを直前になり、彼が
此処に出向くと聞いた二見が急遽同行。自分がやると言い出して現在に至る。
『だって兵さん。貴方は全国的に顔が割れてるでしょ? 勘付かれて警戒されたら面倒だ。
それならまだ、俺みたいなテキトーな若造がやった方がリスクは少ない。個人的にも、いい
とこのお嬢様とお近付きになれますしね?』
最後のとぼけてみせた言葉はともかく、実際身分を偽り接触を図った二見の聞き込みは、
想像していた以上に多くの収穫を得た。たとえ普段、雲の上に住んでいるような少女達が相
手とはいえ、所詮は人間。一度自分達の“身内”から脱落した元領袖のスキャンダルに、噂
を刺激された彼女達が口を滑らさない保証など無かったのだ。
「どうやら事件の前は、結構ワンマンで通ってたみたいですからねえ……。いざ崩れちまえ
ば、脆いモンですよ。掌返しって奴です。娯楽に飢えてたってのもあるんでしょうが……」
「……」
雑誌社から来ました──。
そう言葉をぼかして近付き、彼女達の嗜虐心を狙って証言を引き出す。
当然最寄りの黒服達が排除に寄ってくるが、肝心の当人らの火が点いてしまえば、それも
易々とはいかなくなる。二見はこの両者のバランスを見極めながら、得られる情報だけは得
てさっさと退散してきたのだった。事実現在進行形で、正門前では何も変わらず生徒達が互
いに「ごきげんよう」と優雅な挨拶を交わしている。家からの迎えの車に乗り、一人また一
人と帰宅の路に就いてゆく。
筧と二見は、暫くそんな遠巻き道向こうの様子を眺めていた。木陰に座ったまま、或いは
その横で立ち尽くしたまま、初秋の風に吹かれている。
特に、同じ元改造リアナイザの使い手である分、二見の内心は複雑そうにも見えた。彼女
とは違い、今は再びこの禁制のツール──現行のT・リアナイザを操る者の一人だ。その意
味で、彼の言う所の“再犯”である自分と彼女は対照的だった。或いは単純に、かつてその
力に溺れたという事実さえも忘れてしまっているからか。
「……しかし額賀。お前、仕事は良かったのか? 生活も決して楽な訳じゃねえだろう。俺
に任せて、次の戦いに備えてくれておいても良かったんだぞ?」
「いいんッスよ。それよりも、こっちが大事です」
「……。無茶だけはするなよ?」
じっとそう、考えを巡らせていた二見に、筧はふいっと心配そうに視線を寄越して言う。
カガミンことミラージュの一件の後、彼は引っ越し後の環境に馴染めず、早々に転校先を中
退していた。現在は幾つかのバイトを掛け持ちするフリーター生活を送っている。
心配してくれている。二見もそれが解っているからこそ、努めてこれを“何とでもない”
という風に答えるしかなかった。半ば条件反射的に、これを苦笑って誤魔化すしかなかった
のだった。
「……それにしても。この前俺達が戦った例の、羊頭のアウターも気になるな。強さもそう
だが、あの佐原達が──守護騎士が庇おうとした事が気になる」
「ああ、そういやいましたねえ……。確か黒斗とか言ってましたか。あの時はまんまと逃げ
られちゃいましたけど」
「ああ。あいつは良い奴だと言っていたが、そんな区別は必要ない。おそらくは以前にも何
かあったんだろうな。知り合いなんだろう。一応、調べてみるか……」
ぶつぶつと、一抹の怨嗟と共に。
異変が起こったのは、ちょうどその時だったのである。学院側からはもうこれ以上情報を
引き出すのは難しかろうと、当面の興味が二人から失われつつあった次の瞬間ズザザッと、
筧の鞄の中から大きなノイズが漏れ聞こえてきたのである。
盗聴器だった。機材を丸々収められるような、丈夫な革鞄の中に、彼が日頃当局の通信を
拾っているそれが事件の発生を報せていたのだった。
『こ、こちら北大場西詰、旧青崎通り! 緊急事態です! 至急応援願います!』
『怪人です! 例の怪物が──電脳生命体の群れが、いきなり現れて……!!』




