54-(5) 裏町の隠れ家
「いらっしゃいませ~。おや? 学生さんとは珍しい……」
年季物のドアベルと共に、気だるい店主の声が浮かび上がる。
飛鳥崎市中の裏町、大通りには無いニッチな商品を取り扱うアングラ区の一角に、コスプ
レショップ『オータムリーフ』は在った。店の入り口を潜り、由香を含む女子を中心とした
一年B組の生徒達が数人──衣装班の面々が姿を見せている。
「うわ……。思ってたより凄い量……」
「でしょ~? 場所は場所だけど、クオリティはあたしが保証するよ?」
その先頭に立っていたのは、この店を皆に紹介して連れて来た、同班のサブカル系女子。
曰くアングラ地区に居を構えている点は否めないが、店内に所狭しと並んでいる種々のコ
スプレ衣装が物語る通り、その品質については太鼓判だ。自身もしばしば利用しているのだ
という。
「って、七波ちゃん!? 何──でンンッ!!」
ただこの時、由香を除いた面々は気付いていなかった。一見すると強面の店主、スキンヘ
ッドな小太りの男・秋葉崇嗣は、店に入って来た由香の姿を認めるなり酷く狼狽していた。
そんな思わず叫びそうになる彼を、隣に立っていた米国系クォーターの妻・シェリーは素早
く口を塞いで黙らせる。
ケバめの化粧と金・黒・紫に色分けされた髪。同じくおっかなそうな見てくれだが、次の
瞬間彼女はニッコリと、一行に向かって微笑み掛けた。
「いらっしゃい。可愛らしいお客さん達ね。今日はどういったご用件かしら?」
実質それは、機転を利かせた彼女のアシストだった。自らこの女子高生達の一団を案内し
始めると、店の一角、奥の方へと誘導してゆく。
(な、七波ちゃん……。何で連れて来たのさ? いやまあ、お客さんは大歓迎だけど……)
(す、すみません。下手に止めたら、怪しまれちゃうかなと思って……)
理由は他でもない。この衣装屋・オータムリーフこそ、筧や二見、由香達三人──第三極
たる獅子騎士達が、現状隠れ家としている拠点だったからだ。何より崇嗣とシェリー、秋葉
夫妻は、先の中央署の一件で筧に変装用の巡査服を貸し与えた張本人でもある。彼に請われ、
亡き由良の両親にそのメッセージを伝えた名代でもある。
加えて個人的にも、元取り締まった側と締まられた側──かれこれ十数年にも及ぶ交友関
係、腐れ縁という奴を育んできた間柄だった。
(そっか。まあ、仕方ないわなあ。うちのがフォローしてくれて助かったよ。……制服系、
引っ込めといて正解だったな)
以前筧が久しぶりに訪ねて来て、以来用心していた事が功を奏した形で。
由香を正面カウンターに引き寄せてヒソヒソと。直接やり取りが見られてないように、お
互いが前のめりになって手短に済ませながら。
一方でシェリーは、ちゃっかり商売人モードになって他の衣装班の面々から細かな要望を
引き出していた。「なるほど。文武祭で、メイド&執事喫茶をねえ……」「となると、貸し
衣装の方が良さそうね」「幾つか価格帯があるから出してあげるわ。予算と相談して決めま
しょうか?」店の奥側、メイド服や執事服の在庫を何着か引っ張り出し、そう彼女達にアド
バイスを始めている。
はーい! 最初はちょっと怖い感じの女性かと思ったけれど、いざ接してみると面倒見の
良い親切な人だ──。衣装班の面々は、素直にこのプロフェッショナルな彼女の言葉に従い
つつ、程なくして本題の調達作業に移り始めた。あーでもない、こーでもない。件のサブカ
ル系女子を仲立ちにしつつ、残りの予算と見比べながら、本番で実際に使うグレードを吟味
してゆく。
『……』
そんな彼女ら、ないし正面カウンター周辺の由香達を、仁と宙は気持ち遠巻きに立ったま
ま見つめていた。表向きは女子ばかりで裏町になど行かせられない──他何人かの男子の内
に交ざり、尚且つ皆からオタク系と見做されているが故の同行である。勿論、その本当の目
的は由香をマークする為だったが。
「しっかし大丈夫かねえ……? 俺が言うのも何だが、此処明らかに濃いだろ。文武祭前の
テンションってのもあるんだろうが、大抵の奴は来ねえぞ」
「あたしも、流石にこの店は知らなかったなあ……。こんな時にもし敵に襲われたら、一溜
まりもなくない?」
『仕方ないだろう。それぞれが、役割毎に出し物の準備をしている以上、全員で彼女につい
て回るのは拙過ぎる。本人もそうだが、他の皆にも怪しまれることは確実だ』
心持ちヒソヒソ声で、不安というか顰めっ面を隠し切れない二人の呟き。
そんな仲間達に、インカム越しの皆人は努めて淡々と答えている。自身も接客班──由香
ら内装及び衣装班とは別行動で、現在も学園のクラス教室に詰めていた。國子やバイト経験
者が皆にレクチャーをしている間、こっそりと廊下へ抜け出すと、一人壁に背を預けて、耳
に潜ませたそれを触りながら報告を受けている。
『お前達が出る前、巡回中の冴島隊長達に連絡を飛ばした。流石に視界に入らないよう、先
ずは遠巻きから見守るしかないが……いざという時は対応できるように動いて貰っている。
向こうが着いたら、連携して監視に当たってくれ』
「うい~」「了解」
睦月と海沙は、同じくクラス教室の一角でメニュー作りの最中だ。時折こちらを、二人と
も向こうが心配で視線を遣ってきたが、既に問題ないとの頷きを何度か返してやっている。
少なくとも現状、アウターそれ自体が出現したという訳でもないのだ。下手にこちらから攻
勢を掛け、由香達を警戒させてしまうべきではない。
『まぁ以前に比べ、彼女らは“力”を得た。仮にまた狙われたとしても、多少は動き易いの
かもしれないが……』
事態が動いたのは、ちょうどそんな時だったのだ。皆人が少し気休めを、インカム越しに
当分様子見を指示していたその最中、ふと由香の方から着信メロディーが鳴り始めたのだ。
崇嗣を含め、仁や宙がちらっと店内をうろつく振りをしながら横目を遣る。ハッと気付い
た当の本人も、スカートのポケットからデバイスを取り出して画面を確認していた。
誰からか電話が掛かってきたらしい。「あ、はい。もしもし……」一人店の外へと出て行
こうとする彼女を、仁と宙は互いに顔を見合わせてから、こっそり後を尾けてゆく。




