54-(4) 怒気
「──単刀直入に訪ねます。貴方は、我々を裏切る心算ですか?」
飛鳥崎ポートランド地下、“蝕卓”アジト。その区域の一角で、ラストこと黒斗は同じく
人間態のラースに呼び出されていた。相変わらず薄暗い廊下の突き当たり付近で、開口一番
そう問い質してくる。
「報告は上がっています。先日守護騎士達と共に、マリアを斃したそうですね? 何故そん
な勝手な真似をしたのです?」
ラースの口調は例の如く、一見すると丁寧ではあったが、そこには明らかに“怒り”が込
められていた。
呼び出しを食らった時点で、ある程度予想はしていたが……。
黒斗は努めて淡々と、平静を装って答える。
「……清風の、彼女の学校の関係者が被害に遭ったからだ。事件の存在を気取られてしまっ
たからな。彼女が巻き込まれない内に手を打とうと行方を追っていた最中、成り行きで彼ら
と戦う結果になっただけだ。一体、誰が目撃していたのかは知らないが──」
「ならば、それこそ我々に報せてくれれば良かったではないですか? マリアの実体化それ
自体を邪魔できないとしても、こちら側から巻き込まないよう釘を刺すことは十分可能だっ
た筈です。その為に──貴方は我々の傘下に入ったのですから」
「……」
ただラースの方は、予めこちらの方便を計算に入れていたようだ。その上で外堀を埋める
ようにし、現状の立場からその穴を突いてくる。眼鏡の奥が、猜疑心で昏く光っていた。
「それに貴方は以前、同じようなケースで独断専行に走っている。その実体化を援けるべき
立場にありながら、これを阻んだ。あろう事か始末した」
「ムスカリか。だがあの時は、彼女が直接──」
「ええ。だからこそ我々は、あの時は大目に見たのですよ。同じいち個体なら、より出力量
の大きい貴方を残した方が色々と都合が良い。シンもそう判断しました。しかし……」
黒斗は内心、一層警戒を強めて身構える。その冠する名の通り、ラースは静かな怒りを、
威圧感を放って尚も彼を詰っていた。伊達にシンより“蝕卓”七席の司令塔を任されてはい
ない。
「何度もそんな事をやられれば、他の個体達に示しがつかないのですよ。これ以上の身勝手
は許されません。貴方も理解していない訳ではない筈だ。我々が彼女を──藤城淡雪の身元
を把握しているという現実を、どうか忘れないでいただきたい」
「っ……!」
黒斗は思わず顔を顰めた。奥歯を噛み締めた。いや、彼らに今回の共闘が捕捉された時点
で、脅されることは分かり切っていた筈だ。敵対するな、これ以上奴の心証を悪化させるな
──立ち昇りかける殺気を、彼は必死に抑え込む。抑えねば、彼女の身が危うくなる。
「……ただまあ。まだ、挽回のチャンスが無い訳ではありませんがね」
だからこそ、次の瞬間黒斗は別の意味で目を細めた。思考の端、予測の一端と重なる言葉
が相手から出てきたためだ。こちらを試すように、窺うように。ラースはそっと、眼鏡のブ
リッジを指先で支えながら続ける。
「何。簡単なお仕事ですよ」
「貴方はこの者達を、知っていますか──?」




