54-(3) 聞いてない
先の首都集積都市・東京、国会審議。
奇しくも一連の事件の責任を追及される中、梅津ら政府要人が放った一言は、各所に大き
な動揺を与えた。
調律リアナイザもとい、アウター発見器なるものの存在。
同じく市中に詰める官僚達も、そんな混乱の渦中に放り込まれた者らの例に漏れない。
「──四十七条二項では駄目ですね。対象範囲を広げようにも、拡大解釈の批判は避けられ
ませんよ」
「なら、災避特措法は?」
「難しいだろうな……。実際に電脳生命体が攻めて来ているならともかく、制限を強いるの
はこちら側になるだろう? 私権への干渉は、ただでさえ矢面に立たされるからなあ……」
その一つ、法制法務省。先の委員会でぶち上げられた政府与党の発言を受け、法務官僚達
は、連日持てる人員全てを投入して対応に──辻褄合わせに当たっていた。
具体的には法律の解釈、運用。彼らは現行の条文を片っ端から引っ張り出し、根拠と出来
るか否かの検討を繰り返していた。政府が握っているという発見器なるものを、与野党の議
員ないし職員らにかち合わせる強制力、法的根拠を示せるようにする為だ。不満と迷惑──
ほぼ事前の擦り合わせもなく行われた件の発言に、正直彼らは苛立ちを隠せないでいる。
所詮は自分達を蔑ろにした、政治的パフォーマンス。
首都の要人全員を調べるにしても、法的な根拠を一体どうする心算なのか?
そもそも電脳生命体こと、越境種であるとする技術的方法が分からない。産業技術省なら
多少、調べはついているのか? 或いは今回の爆弾発言の主・梅津大臣傘下の公安内務省に
それらが在るというのか?
どちらにせよ……既存の法律でこのような事態を回すのは難しいだろう。余計に手間は掛
かってしまうが、専用の新法を制定する方が確実ではある。
(まあ、馬鹿正直に伝えたら伝えたで、絶対誰かがリークしていただろうが……)
混乱している法行政の現場。海沙の兄・青野海之も、いち法務官僚としてこの大わらわな
状況下に投入されていた。周りの同僚達が、忙しなく各種法律文を引っ張り出して照会し合
う中、彼は一人静かにデスクトップPCの画面と睨めっこ──慣れた手付きでキーボードを
叩いている。
例の梅津さんの答弁は、十中八九、内外に潜むアウター達への牽制目的だろう。どうやら
竹市首相や上層部も織り込み済みだったようだし、何より理由もなくあのような冒険をする
ような人ではないことは、自分達もよく知っている。事実本人の話では、先日例の有志連合
との接触時に敵の襲撃があったそうだ。既に失っているという点でも、彼は強い。
(本当に大丈夫なんだろうな? 父さん……母さん……?)
正直を言うと、海之は内心ずっと心配だった。一連の騒動の切欠となった、先の飛鳥崎中
央署の一件があった後、実家の両親に被害は無いかと何度か連絡を取ったのだ。幸い二人に
も、少し歳の離れた妹にも、直接何かあった訳だけでなさそうだったが……。
両親曰く、直接あの事件でグチャグチャになったのは、当の中央署近辺だけだそうだ。そ
れも政府介入の折に急ピッチで復旧作業が進み、今では大よそ“箱”自体は元通りになって
いるとのこと。隣の佐原・天ヶ洲家の皆もついているし、余程の事がない限りお互い助け合
っているとは思うが……。
「……」
少し気になるのは、先日から睦月が泊まり込みで、香月さんの手伝いに出ているらしいと
いうこと。この前の週末、母からそう電話中に聞き及んだ。
香月さんは知る人ぞ知る、コンシェル開発の権威だ。今回の一件で、人々のコンシェルに
対する警戒心──偏見も随分酷くなっているとも聞く。彼女に降り掛かった火の粉の程は、
想像するに余りある。
「大体、連中を炙り出す発見器云々ってのは何処から出て来たんだか。梅津さんの話じゃあ
十中八九、例の有志連合に間違いはないだろうが……そもそも奴らの正体自体、よく判って
ないんだぜ?」
「考えてもしょうがないだろ。その辺はもう、政治の領域。俺達は只々やるべき仕事を粛々
とこなすだけだよ」
憶測、風評被害、相互不信。
すっかり芽吹いてしまった不平不満のうねりは、此処政府中枢の省庁内においても隠し切
れなくなっていた。背後や数ブロック向かいのデスク、周りの同僚達が忙しなさの中で、そ
う口々に噂話を漏れ伝え合っている。
先の答弁によれば、政府は既に専用のリアナイザとコンシェルを入手。電脳生命体達に対
抗すべく体制を整えようとしている最中であるという。普通に考えれば敵に手の内を見せる
ようなもので、間違っても戦略的には愚策と呼ぶ他ないが……彼らの言う通り、その目的は
揺さぶり兼時間稼ぎであるのだろう。隠し通して有志連合のような、真正面からかち合える
武装部隊などを作れたとしても、それまでに連中の攻勢がはっきりと市民に及んでしまえば
元も子もない。
「流石は三巨頭ってとこか。一体いつの間に、そんな伝手を得たんだか……」
「まぁ現役の内務大臣だからな。でも噂じゃあ、梅津さんはあくまで後ろ盾だって話だぞ?
元々共闘話を持って来たのは、小松さんだって」
(文教相……?)
海之は努めて平静を装いながらも、そんな彼らの噂話に目敏く耳を傾けていた。政治家に
関する噂話は、日頃からダース単位で飛び交う業界・職場ではあるが、聞こえてきたその名
前に彼は思わず眉を顰める。
小松健臣、現文化教育大臣。梅津と同じ三巨頭の一人“鬼の小松”こと小松雅臣の子息で
あり、以前には玄武台高校の一件で、密かに現地入りして自ら調査を行うなどの辣腕も振る
った。尤もその際に動きを嗅ぎ付かれ、危うく命を狙われかけたが……。
「小松さんか……。そう言えば青野。お前、前にあの人の道案内してたよな?」
「道案内? ああ、飛鳥崎の出だっけ? そういや」
「なあなあ、何か知らないか? 小松さんに付いて行った時、それらしい話を聞いたりして
ないのか?」
だからなのか、彼らの話題がその名前に向かったかと思った矢先、海之はふいっと質問の
矛先をこちらに遣られていた。多少なりとも興味津々、憶測だけの話では埒が明かない現状
への打破を期待する面々の眼差しに、彼は冷たく顔を顰めたまま答える。
「……そんなもの、寧ろこっちが聞きたいぐらいだよ」
内心の苛立ちを可能な限り押し殺し、代わりに盛大な嘆息をついてみせながら。




