表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-53.Trinity/第三極と綻ぶ絆
409/526

53-(6) 狩る者、狩られる者

 それでも時は前へと進んでゆく。事態は更に絡まり合い、望みもせずに拗れてゆく。

「何ですって? ラストが……守護騎士ヴァンガード達と共闘を……?」

 飛鳥崎ポートランド地下、“蝕卓ファミリー”のアジト。神父然とした人間態のラースは、同じく市

中から戻って来たグリード及びグラトニーから、そんな聞き捨てならない報告を受けていた。

 相も変わらず薄暗く、陰気な円卓兼サーバールーム。

 何でも七席の一人・ラストが、先日から暴れていた個体を守護騎士ヴァンガード達と共に倒していたと

いうのだ。加えてあの筧兵悟らも、新たな敵対勢力として力を得て参戦を果たしたようだ、

とも。

「うん、間違いないよォ~。この目で見たもん」

「ま、奴の経緯からして、大方自分の繰り手ハンドラー絡みだろう? バレねえとでも思ってやがるのか」

「……」

 眼鏡越しにやや俯き加減になり、片手で頭を抱えて歯を食い縛り。

 ラースは努めて、直情を声に出さぬよう抑えていたが、その横顔に“怒り”が宿っている

のは明らかだった。眼鏡の奥、その双眸をギリッと血走らせて、このどうしようもなく度し

難い同胞達の身勝手な振る舞いに嘆きを絞り出す。

「……なるほど。先日から相次いでいる、同胞殺しの犯人は彼らだった訳ですか。ラストも

余計な事をしてくれます。只でさえ今は、例の海外組が大手を振っているというのに……」

 シンは中央署の一件があった後、本国のH&D本社から、リチャードを始めとした新たな

幹部達を呼び寄せた。

 表向きその理由は、先の事件で揺らいだ同社への信頼回復と隠蔽工作とされているが──

実際はもっと別の意図が含まれているとラースは考えていた。事実奴らが来日して以来、自

分達七席の立場は明らかに悪くなっていた。真造リアナイザの流通や後続個体の管理、その

強化実験まで。今や組織の実質的な指揮は奴らに奪われている。最早自分達はその補佐役と

して、辛うじて幹部の体裁を守っているだけに過ぎない。

(……シン。私達はもう、不要ということなのですか……?)

 尤もこうした疑念について、明確な証拠があるという訳ではない。これまでの経緯と現在

の状況証拠、何より当のシンが両者の間に燻る不仲に対して、全くの放置を決め込んでいる

らしいとの個人的見立てがあるのみだ。

 七席の司令塔という役割を与えられてきた手前、ラースはそう心の中で思いつつも、下手

に弱音を出す訳にはいなかった。彼自身、もしそんな醜態を晒すことになれば、自分で自分

を許せない。

 ……ただおそらく、自らの予測は少なからず当たっているのだろう。シンはやはり、自分

達を互いに“競わせよう”としている。

 渇望し、その欲求に対して正直になること。

 かつて繰り手ハンドラーを介して実体を獲得したように、今度はヒトの精神の大部分たるそれを。模

倣し、我が物として取り込み、更なる高みへと自らを進化させる。それが彼の、我らが“マ

ザー”が願う望み──。

「で? どうするの、ラース? 筧達もこの際、まとめてぶっ潰しておくに越した事はない

んじゃない? ただでさえ守護騎士ヴァンガードだけも、これまで散々手こずらされてきたんだからさ~」

 一方で円卓の奥、暗がりの中にじっと座っていたスロースが、そう相も変わらず気だるげ

に声を掛けてきた。ラースとグリード、グラトニー。残る場の三人がめいめいに彼女の方を

ちらっと見遣り、代表して彼が眼鏡のブリッジを持ち上げながら続ける。

「……そう簡単に言わないでください。彼ら三人を討伐する為の刺客? 先程も触れました

ように、既に幾人かの同胞らが斃されているのですよ? 生半可な戦闘能力ではおそらく返

り討ちに遭うでしょう。それではどんどんとジリ貧になります。或いは相性的に、適任な能

力の持ち主を選出するかですね。一度我々は、人間社会に疑われています。以前までのよう

に、湯水の如く兵は──」

「問題ない。手ならば、既に打ってある」

 ちょうど、そんな時だった。ふとサーバールームの扉が開錠アンロックされたかと思うと、廊下の向

こうから見覚えのある同胞──同じく七席のプライドが顔を出して来たのであった。

 人間態での通り名を、白鳥涼一郎。

 あの頃と同じく高級スーツを着こなし、颯爽とラース達の立つ円卓へ……。

「はあ? 大元のポカをやらかした張本人が、よく言うわよ」

「おいおい、大丈夫かあ? お前、暫くは身バレし易いから表には出ないって言ってたじゃ

ねえか」

「……二人とも、少し黙っていてください。それでプライド? 貴方の打った手とは?」

 露骨にむくれっ面になって抗議するスロースと、彼女ほどではないが、遠回しにお呼びで

ないと突っかかるグリード。

 ラースも正直な所を言えば不快だったが、そこは敢えて呑み込んで訊ね返した。プライド

は相も変わらず傲岸不遜な立ち振る舞いを崩さず、視線を向けてくるこの四人をザッと見渡

してから答える。

「絶好のキャスティングだろう? あの男には──エンヴィーが既に動いている」


 集積都市・飛鳥崎に巣食う暗部、人目の少ないアングラ区域。

 そんな夜の路地裏の一角で、筧や二見、由香の三人は戦っていた。赤と青と黄、揃いの獅

子を象ったパワードスーツに身を包み、ビル間を飛ぶ蜻蛉トンボ型のアウターと人知れず攻防を繰

り広げている。

「キシャー! シャアアアアーッ!!」

 呼称するならば、フェザー・ドラゴンフライ。元のモチーフがモチーフだけに、その見た目は最

早人間ベースの怪人とは言い難かった。濁った青緑の身体に二対の翅を激しく揺らし、その

度に真空の刃となった衝撃波が辺りを切り刻む。

 戦い始めて早々、空中戦を仕掛けてきたこの個体に対し、筧達は人数差と機動力で立ち回

っていた。この無数の刃を、筧ことブレイズが囮役となって一手に引き受け、剣と騎士甲冑

に纏わせた炎熱で相殺しながら距離を詰めようとしていた。二見ことブラスト、由香ことブ

リッツも、それぞれ左右に展開しながら隙が出来るのを狙う。

「っと! くっ……このっ……!」

ひょうさん! 避けるだけじゃなくて攻撃を! 相手にペースに乗せられちゃ駄目ッスよ!」

「うーん、刃の数が多過ぎるよお。やっぱり直接、あいつに磁力を当てて引き摺り下ろすと

かしないと……」

 彼の動きは、決して悪い訳ではない。ただ如何せん、相手が上空から一方的に攻撃してく

る布陣は何としてでも破りたかった。冷気を纏った杖と磁力球のボウガン。二人は両者の攻

防を視界に捉えながら、筧をアシストすべく動き出す。

「どっ……せいッ!!」

「筧さん! 剣の刃をこちらに!」

 二見が放ったのは、上空のドラゴンフライを巻き込むようにして展開した遅滞力場。由香

がそう呼び掛けつつ連射したのは、筧の炎剣と空中のドラゴンフライ、両方を狙って放たれ

た磁力球だった。

「グアッ!?」

「む? 七波君、これは……なるほど」

 はたしてこの直後、ドラゴンフライと周囲に飛んでいた真空刃は“ゆっくり”な動きと化

していた。そこへ由香の磁力球が本体ないし筧の剣先、双方に引き合う磁極として宿り、必

然的に踏ん張りの利かない前者の方が、彼の方へと引き寄せられる格好となってしまう。

「ふっ──らぁぁぁっ!!」

「ギャバッ?!」

 強烈な引力で、避ける事もままならないドラゴンフライ。

 この蜻蛉トンボ型の“合成”アウターはそのまま、待ち構えていた筧渾身の炎剣によってざっく

りと斬り付けられた。背中の翅を左半分丸々失い、これでもう二度と空へ飛び逃げる事は出

来なくなる。

「……蟲は蟲らしく、地べたを這いずり回ってろ。二見、七波君、決めるぞ!」

「はいっ! 決めます!」

「ういッス! 全くもう、ちょこまかと飛び回りやがって……」

 剣先を赤くなぞり、或いは青く光る杖を頭上でぐるぐると回転させながら。一方でその隣

に立ち、ボウガンの棒状スイッチを掴みながら。

 描くような剣閃と地を這う氷、ギリギリまで引き絞った巨大雷球がそれぞれに、三色の吼

える獅子頭となって襲い掛かった。この怒涛の必殺技に、対するドラゴンフライは走り逃げ

る間もほぼ無く爆発四散──最期に断末魔の叫びを上げながら消滅する。

「……ふう」

「へへっ。やりましたね、兵さん」

「お疲れ様です。思ったより苦戦させられちゃいましたね」

「ああ。こいつの力を使えるようになったとはいえ、まだ日が浅いからな。俺もお前らも、

場数を踏んで覚えていかなくちゃ……」

 勝利の余韻。だがことこの、筧ら三人の獅子騎士トリニティ達には、そんな悠長に構えている暇はな

かった。

 自分達が今、紆余曲折を経て、結局アウターの力に頼っている事は解っている。

 だからこそ一日でも早く全てを終わらせて、この忌々しい力を捨てる。これ以上自分達の

ような人間を生まない為にも、一日でも早く……。

「ええっと。これで通算何体目でしたっけ?」

「十四・五ぐらいじゃなかったかなあ。ただ大事なのは数というよりも、新しい奴を増やさ

ないよう潰してゆくってことだとは思うが」

「同感だな。しかし現状、そこまで俺達も手が回らんな。とりあえずはこいつらの探知能力

に頼ろう。連中を見つけ次第、虱潰しに倒していく。最終的には“蝕卓ファミリー”の本丸自体をぶっ

潰す」

『はいっ!』

 取り出した丸型リアナイザ及び、めいめいのカード型デバイスをひらひらと揺らしながら

筧は答えた。獅子甲冑の三騎士・トリニティ。彼らの目的はあくまで、一時的に敵と同じ根

っこを持つ力を借りてでも、これを壊滅させることその一点に在る。

「──ほう? 少し見ない間に随分と様変わりしたじゃねえか。俺達と同じ力ってのは、お

前らにとっては禁じ手じゃなかったのか?」

 勇が突如として姿を見せたのは、ちょうどその最中の出来事だった。暗がりの中から、カ

ツカツと靴音を鳴らし、黒いリアナイザを片手にぶら提げて、そう歪んだ笑みを向けてきて

言う。ハッとその声と姿を認め、筧達は思わず身構えた。アウターと一戦交えた後だとはい

え、タイミングとしては中々どうして宜しくない。

「……軌道修正って奴だ。現状その力が無ければ、俺達はお前らに太刀打ちすることさえま

まならない」

 てめぇ……ッ!!

 自らの仇敵だとすぐに解ったのだろう。二見はギリッと憎しみに目を血走らせ、この堕ち

た唯一人間の七席を睨んだ。一方で由香はと言えば少し違い、必ずしも純度百パーセントの

恨み憎しみだけではない、敵ながら一抹の哀しみも含みつつ彼を見つめていた。ぎゅっと自

らの得物であるボウガンを、両手で静かに握り締めている。

「お前らを全て倒したら、すぐに捨てるさ」

「どうだかな……。まぁそんな事は、どうでもいい。確かにそんな力を手に入れちまったの

は驚いたが、俺にとっちゃあ好都合だ」

 何を──? 筧が仮面の下で、明らかに眉根を寄せているのが分かった。だが勇はそんな

疑問には構わず、手に提げていた黒いリアナイザを持ち上げた。ニィ……と、やはり不気味

なほど仄暗く笑って、彼はその込められた力を解放する。

『READY』

「礼を言うぜ? お前達が“敵”だっていうんなら、こっちも心置きなく殺れる」

『EXTENSION』

 入力したコードは『666』。黒いバブルボールのような光球に包まれ、次の瞬間勇は同

じく、その身を漆黒を基調としたパワードスーツ姿に変えた。

 龍咆騎士ヴァハムート──“蝕卓ファミリー”七席が一人、エンヴィーとしての姿だ。スッと黒いリアナイザを持

ち上げ、彼は引き続き追加武装の呼出コードを入力する。

『ENHANCE TYRANNO』

 肉食竜の強靭な顎を思わせる、巨大な赤褐色の鋏型アーム。彼は変身後早々に、この主力

級の一つである武器を左腕に装備していた。

 ゆっくりと両腕、拳を前後へと構えながら、大きく腰を落とす勇。

 対して若干身じろぎながら、これに相対さんと辛うじて、横一列に並んでいる筧達。

「ラァァーッ!!」

 くわっと目を見開き、十字且つ溝状に走る仮面の眼を光らせて。

 彼は直後、この三人に向かって突撃した。剥き出しの殺意に駆られ、狂喜に身を委ねなが

ら、古びた石畳を疾走する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ