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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-53.Trinity/第三極と綻ぶ絆
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53-(5) 挑発

 所変わり、首都集積都市・東京。旧時代から変わらずこの国の中枢である人口密集地は、

その日も議員達による激しい論戦を内包していた。

 いや……。実の所それらは、そもそも“議論”とさえ呼べないのだろう。其処にあるのは

只々相手の粗を探し、足を引っ張ろうとする者達の目論見ばかり。互いに持てる意見を擦り

合わせ、最善解を導き出そうとする精神は、既に半世紀以上も前から放棄されていた。

「──お答えください、大臣! 件の有志連合との共闘は、今どうなっているのですか!?

政府として公言した以上、彼らに関する情報は直ちに開示すべきです!」

「──先日、H&D社がリアナイザの自主回収を表明しましたが、政府として調査に入るこ

とはしないのですか? 今後の検討は?」

「──先の拉致事件において捕まった、磯崎氏の御息女は? 報道によれば、酷く混濁……

記憶喪失の状態にあると聞いていますが?」

 同市最高機関・国会。その委員会室では、アウターこと電脳生命体達が起こす一連の事件

に対し、政府の責任を問う質問が繰り返し投げ掛けられていた。代わる代わる野党の議員達

が演台に立っては、連日からの同じ要求を浴びせ、これに梅津が淡々と答えている。

「その件に関しましては、目下交渉中につき、詳細は差し控えさせていただきく存じます」

「現在、調査チームの立ち上げを行っている最中です。詳細は後日」

「氏の御息女であること、保護された事実は確認済みです。ただ本人の状態、家族の意向に

より、現状としては詳しい情報は申し上げられません──」

 ふざけるな! 何も答えていないじゃないか!

 だが案の定、のらりくらりとかわす事ばかりの彼に対し、野党席の議員達からは次々に非

難の野次が飛んでいた。中には質問に立った議員本人でさえ、あからさまに不快感を表情に

出して睨み付けてくる者さえいる。

(……梅津さんも、面倒な役回りを引き受けちまったなあ。いやまあ、元を辿れば、全部俺

が引っ張ってきたようなものなんだけど……)

 そんな父の盟友、政治家としても大先輩の彼の姿を、健臣は与党席の一角から心配そうに

見守っていた。

 お互い気心の知れた仲とはいえ、今は公安内務大臣と文化教育大臣──政権の構成員だ。

元より何かトラブルが起これば、その批判の矛先は全て自分達に向かう。容赦なく首を狙わ

れる。政治家とは哀しいかな、そういう生き物だ。

(うーん……。梅津さん、大丈夫ですかね?)

(まあ、いつもの事っちゃいつもの事だから。下手に情報を出せばこっちの“敗け”だろ)

「……」

 ヒソヒソと周りの席で、そう他の幹部や官僚達が耳打ちをし合っている。議場では割合あ

りふれた光景だ。事前に申し合わせ的なことは当然やっているとはいえ、野党も野党でこち

らを倒す為ならば、様々な手を講じてくる。パワーゲーム。そう揶揄して顔を顰めてしまう

のは簡単だが、現実問題としてこれらにある程度乗っておかなければ、進む議論さえも進ま

ない。

 先日、有志連合こと対策チーム──香月から受け取った特殊なリアナイザとコンシェル、

ガネットの能力によって、梅津のSPに紛れていた敵を即座に発見する事が出来た。一時は

どうなることか思ったが、流石はあの彼女の謹製。リアナイザを介して現実に呼び出したこ

のコンシェルの少女が放った炎により、正体を現した怪物は塵となって消えた。他に目立っ

た被害が出なかったことは、本当に奇跡と言っていいだろう。

(あの子は確か、“焼却デリート”と呼んでいたっけか……)

 対策チームとの共闘、その条件を満たす為に寄越されたガネット。

 その能力は、本来データの塊、コンシェルであろうと焼き尽くす特別な炎だった。当初先

方が表明していた懸念通り、敵の刺客はすぐにそこまで潜んでいた。仮にそうなってもすぐ

対応できるようにと、彼女が手を回してくれたのだろう。

 正気な話をすれば……ショックだった。まさか本当に政府関係者の中に、怪物達の手先が

潜んでいたとは。これから大層な“大掃除”になるだろうが、改めてガネット越しに彼らを

一人一人検めてゆくしかない。全てではないが、各種データも提供して貰っている。一刻も

早く、こちらもこちらで対応できる体制を整えてゆかなければ……。

(彼らがもっと、協力的であってさえくれれば、こちらも素早く動けるんだろうがな……)

 答弁に立つ梅津はあくまで“大人”な対応に終始していたが、それでも健臣は内心不快感

を覚えざるを得ない。

 全く、こちらの苦労も知らないで──だが実際にそんな事を口に出してしまえば、彼らか

ら袋叩きに遭ってしまうのは目に見えている。政府与党、否政治家。その時点で自分達は、

今やるべきこと・この先手を付けてゆくことについて、真摯に説明を尽くして理解を求めな

ければならない立場にある。たとえ質問過多、批判ありきであろうとも、元より意思が統一

された組織など無いのだから。


『政治とは本質的に、対立である』


 父だったか書籍だったか、いつか何処かで見聞きした覚えのあるフレーズが、健臣の頭の

中で駆け巡っていた。

(小松大臣)

 ちょうど、そんな時だった。梅津さんもそろそろ我慢の限界かな……? そう遠巻きに眺

めて思案していた最中、フッと席の後ろから官房職員がヒソヒソ声で呼び掛けてきた。見れ

ば向こうの総理席から、薫さん──竹市首相がそれとなく目で合図してきている。

 健臣はコクリと小さく頷き返し、答弁台の梅津もこれを視界の端で捉えていた。質問者が

次の議員にバトンタッチするのを見送りながら、彼は一転してその口元に僅かな笑みを浮か

べる。

「梅津大臣、ご質問します。先日貴方がたが、例の有志連合と接触を図っていたというのは

事実でしょうか? 加えて同日、都内で幾つもの車両襲撃事件が起こっています。もし事前

にその危険性を知っておられたのなら、所管大臣としての責任が問われると思うのですが、

如何でしょう?」

 来た──! 当の梅津は勿論、健臣や竹市首相、委員会に出席していた政権幹部の少なか

らずがこの質問に臨戦態勢を取った。委員会に限らず、議事に挙がる質問は予め与野党の間

で調整が行われているものである。ならば事の真相、先のガネット受け取りに際しての交戦

情報が洩れていれば、彼らがこれを利用しない手はないと踏んだのだ。

(普段なら内心、攻撃材料程度にしか見ていないと憤慨している所だが……。ちょうど良い

お膳立てが出来た。頼みますよ、梅津さん……!)

 健臣は心の中で祈る。願わくはそれぞれの思惑、悪意ある者達が掻き乱すこの国と社会を

正すべく、勇気ある者達こそが報われて欲しいと。

 それは今日の今日まで、アウターこと電脳生命体達に運命を弄ばれてきた、名もなき無数

の人々に対してである。有志連合こと対策チームの一員として戦う、香月や息子・睦月達に

対して募る、かねてからの想いだった。

 梅津はその背中で語り始める。質問者と野党、そしてテレビカメラを通じてこの中継を観

ているであろう、国内外全ての関係者・傍観者に向けて。

「……結論から申し上げると、事実です。先ほどからお話しておりますように、我々は先の

記者会見後、いわゆる有志連合との接触を図ってきました。相互に情報交換を進め、この未

曽有の危機に立ち向かう為です。……ですが事件は、その最中に起きました。私が指定場所

に伴っていたSPの一人が、人間に化けていた件の電脳生命体だったのです」

 ざわっ──!? 故に梅津が突如としてぶちまけた証言に、野党を中心とした議員達は騒

然となった。撮影に入っていた各局のクルーらも互いに顔を見合わせ、慌ててフォーカスを

こちらに強めてくる。それらを肌感覚で捉えながらも、梅津は歴戦の弁士として手筈通りの

答弁を続けた。

「しかし問題はありません。我々は有志連合より受け取った力──電脳生命体に対抗する為

のリアナイザと専用のコンシェルを用い、これを撃破済みであります。……お解りいただけ

たでしょうか? 我々も今は、かの怪人達を検知する術を持っているということです。そう

遠くない内に、この技術はより社会の広いシーンに導入されることでしょう」

 つまりはこの委員会、審議がテレビ中継されることを逆手に取った、公への牽制行為その

ものだった。

 いつでもこちらは、お前達を見破れるんだぞ──? 今も尚、現在進行形で市中に潜んで

いる筈の、アウター達への反転攻勢の合図であった。

「撃破……済みだって?」

「倒せるのか? 私達にも、電脳生命体が……?」

 場に広がった動揺は中々収まらない。いや、寧ろその姿を電波に乗せて、見せつけてやる

までがワンセットだ。梅津はニッと哂い、本来の豪胆な性格を取り戻していた。表に出し、

改めてレンズ越しに戒めを解き放つ。

「──自分達だけは大丈夫だなんて保証が、一体全体、この世の中の何処にあるっていうん

だ?」

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