53-(3) ままならない
「さて、これから一体どうしたものか……」
急遽開かれた全体ミーティングの理由は、他でもない七波由香のこと。
突然のクラス復帰と、自分達への決別宣言。その日の放課後、皆人は睦月以下対策チーム
の面々を司令室に召集していた。揃い踏みした皆をざっと眺めて開口一番、この司令官たる
彼は珍しく盛大に嘆息をついてみせる。
「話は聞いたよ。七波さんも、随分と大きく出たみたいだね。まぁ半分は僕達の所為……そ
う言われれば、正直否定はできないけども」
尤も、心底参ったと感じているのは、何も皆人だけに限った話ではない。彼からの嘆きを
次に繋げるように、冴島が残る睦月達のそれを代弁するように口を開いた。ミーティングの
目的は決して愚痴り合うことではなく、今後自分達が如何に振る舞うべきか? その意思統
一を徹底させる為である。
「ですね。すっかり恨まれちゃったみたいですし……。ただこれで、今まで不思議だったこ
とも辻褄は合います」
明確に声に出し、そう相槌を打ったのは海沙。眉を下げ、その境遇に胸を痛めながらも、
彼女は彼女なりに現状を改めて見つめ直そうとしているようだ。
「すみません……。自分達が、もっと早く報せていれば」
「俺達が、不甲斐ないばかりに……」
「気にするな。もう済んだことだ。実際睦月達も、あの力に呑まれていたしな」
即ちトリニティ──先日冴島隊B班の面々が“ゆっくり”にさせられ、身動きはおろか筧
達の異変を報せることすらままならなかった一件の原因・正体である。ようやく復帰を果た
した当人らが、随分と縮こまって謝罪をするが、皆人も今更彼らを責めようとは思わなかっ
た。考えていなかった。
言葉通り、既に事態はもっと先に進んでいる。これから問題になるのは、対処すべき懸案
なのは、これから如何に彼ら三人と対峙してゆくか? この一点に尽きる。
「だけど司令。私にも落ち度はあるわ。あの子の変化に気付いた時点で、もっと介入すべき
だったのかもしれない……」
加えてそんな中で、自らの責任を強く感じている人物がいた。学園の養護教諭にして、由
香のケア担当・忍である。
光村先生もチームのメンバーだったんだ……。睦月らはしれっとこの会議に顔を出してい
た彼女に驚いていたが、肝心の皆人はじっと目を細めるだけで何も言わない。おそらくは最
初の段階から、彼女を宛がっていることは承知していたのだろう。或いは他でもない彼自身
が、その人選に関わっていたか。
忍曰く、母親の拉致殺害事件から一時の逃走、その後の帰宅以降から、彼女が急に活動的
になったように見えたのだという。なまじ表向きは不遇な被害者、無辜のいち少女と見られ
ている分、下手にその変化に水を差すのも難しかったそうだ。担任の旧友──豊川も只々純
粋に喜んで励ましていた手前、また逆張りに抵抗されては元も子もないと考えたからだ。
『そうだな……。切欠そのものは歪んだ形ではあるのだろうが、彼女にとっては前に進んで
ゆく一つの形だったのかもしれない』
通信越しに映り、そう苦渋の面持ちで語っているのは、皆継以下対策チームのスポンサー
を務める企業連合の長達。今回新たな勢力──筧らトリニティという第三極が出現したこと
を受け、急遽集まってくれていた。忍の、やや感傷的な理由付けにも、彼は一応の理解を示
している。
『だが報告では、筧刑事達も、アウター討伐という点では我々と同じではないのか?』
『条件さえ揃えば、こちらと共同で事に当たるというのも……?』
「難しいですね。彼らは現状、こちらにも敵愾心を見せています。性質としては自分達より
も過激な一団とみるべきでしょう」
「黒斗さんまで倒そうとしたからね……。いやまあ、アウターには変わらないってのは、間
違いないんだけど……」
他の出席者からは、やはりと言うべきかそんな意見が出た。だが皆人はこれを、やんわり
と迂遠に否定する。睦月も内心複雑ながら、この親友の見解には同意していた。
少なくとも現状、彼らと手を組むには“信頼”が足りなさ過ぎる。向こうがそれぞれの喪
失経験に関し、こちらにその一因があると見做している以上、改めて良好な関係を築く事は
至難だと思われるためだ。
「見境なしって奴だな。少なくとも二見先輩に関しちゃあ、カガミンっていう“相棒”がい
た筈だろうによ」
『……』
たっぷりと間を置き、深くため息をついて。仁はそう続けざまにごちた。
かつて同じアウターの親友がいたからこそ、黒斗のような人間と共存している個体まで倒
そうなどという気は起きない筈じゃないのか? 大方そう言いたいのだろう。ただ現実は寧
ろ逆で、彼もまた筧や由香のアウター退治に加担している。となれば、今本人が抱いている
のは綺麗な追憶ではなく、却って全てを翻り、否定するかのような……。
「……あれから、相応の時間が経っているんだ。彼も心変わりの一つくらいはするだろう」
隊士達からの報告によれば、再び例のアパート──二見の自宅を訪ねてみたものの、反応
は無かったのだという。
居留守を使われていたのか? 或いはもう既に、筧らと別の拠点に移ったのか? 詳しい
状況は未だ分からない。現在も人員を割いて、行方を追わせているとのこと。
『ふむ……? 彼らが“守る対象”から外れたのは、少し荷が降りたかもしれんな』
『いや、どうだろう。こうして第三極となって戦況を掻き回してくるとなれば、結果的にこ
ちらの負担は増えるのではないか?』
『何より彼らの──トリニティの力は本来、アウターの物だ。公にも禁制となった以上、彼
らの存在が“悪”と見做されても仕方あるまい?』
あーだこーだ。通信越しのライブチャットで意見を交わし合う企業の長達の様子を、皆人
や睦月以下司令室の面々は暫く眺めていた。
悪……。そう簡単に括ってしまえれば、割り切ってしまえれば、どれだけ楽だろう?
彼らと違って自分達は、筧らと浅からぬ因縁があるからか? 時折皆人が突き放す言い方
をするように、実際は情に絆されて、判断を見誤っているだけなのか……?
「どうでしょう。彼らが──筧刑事がそのような力に、溺れるとは考え難いですが」
彼にしては珍しい、まるで庇うような言動。
だからこそ睦月達は、思わずこの友にして司令官の方を見遣っていた。「……ともかく、
先ずは彼ら三人の動静を把握する事から始めましょう。改めて今後も、不測の事態に備えて
マークを続けます」若干控え目に、誰にともなく呟くように。皆継以下参加企業の長達に対
して、皆人はそうちらっとこちらを見遣りつつも言う。
「……了解」
「今度こそ、彼らから目を離さないでおくよ」
それは同時に、睦月以下実働隊の面々に向けた指示でもあった。
数拍静かに眉を下げた、複雑な表情。次の瞬間には睦月達も、コクリと小さく頷きを返し
ていた。気持ちを切り替えて“次”のステージへと進む。




