53-(2) 弾かれた掌
黒斗ことユートピアの機転で難を逃れた、睦月以下現地の実働部隊は、市民病院から遠く
離れたビル街の一角に身を潜めることとなった。
息を殺して気配を探る。筧達三人が追って来る様子はない。流石に撒けたようだ。
『──ここで別れよう。彼らが敵対的である以上、私達の共闘が見られたのは拙い』
曰くだからこそ、もうお互いにこれ以上関わり合いになるべくではないと、彼は告げた。
事実淡雪にも被害が及びかねなかったマリアの脅威は、他でもない筧達によって既に排除さ
れている。
『それは……。そうかもしれませんけど……』
当初の目的は果たされた。故に、本来“敵”であるこちらと手を組む必要性はもう無い。
ただでさえ三人が自分達と顔見知りな上、また一緒にいる所を見られれば更に事態が拗れ
ると踏んでの発言だったのだろう。不器用ながら、努めて第三者を巻き込むまいとする優し
さのように睦月達には思えた。
『でもいいのかい? 筧刑事達はまた君を狙ってくるだろう。そうなれば藤城さんが──』
『その為に私がいる。お前達にこれ以上、首を突っ込ませる訳にはいかない』
だが、そう冴島がそれとなく問い返すものの、彼からの態度は案の定頑なだった。
キッと睨み返すような眼差し、威圧感。もしもう一度粘るような言葉を放っていれば、今
度は彼と一戦を交えることになっていただろう。ごくりと睦月、海沙や仁が息を呑み、暫し
の沈黙が路地裏に横たわる。
『……ともかく、先ずは自分達の身の安全を心配するんだな。私とは違って、お前達は彼ら
に、素性も居場所も割れているんだろう? 場合によってはそっちが先に仕掛けられる側だ
ろうに』
『あはは。そうかも、しれませんね……』
『ど、どうなんだろ? 流石に学校にいる時に襲ってきたりはしないと思うけどなあ。でも
七波ちゃんは現状、保健室登校だから、授業の合間を縫ってあたし達を呼び出してきたりす
るのかも……?』
『ううっ、それは困るよお~。こっちは戦いたくなんてないのに……』
『まあ、可能性としては捨て切れないッスね。どうも向こうは対アウターってことで固まっ
てるみたいッスけど、場合によっちゃあ俺達もそいつに協力しているから敵だ! みたいな
論理で攻撃して来ないとも限らない』
『それに何より、彼らが何処であのような力を手に入れたか? というのも疑問です』
『ええ……。見た感じだと、多分アウター絡みで間違いないと思うんですけど……。リアナ
イザの形だって違ってましたし……』
『三人で使い回してたもんね? そういうタイプの物があるとか?』
『そんな記録は無いですねえ。あれも含めて力の一端だと考えて良いと思います。ただマス
ターの仰っているように、どうも彼らからは妙な感じがしました。強いのだけど、一つ一つ
の出力はそこまで大きくはないような……?』
そうして黒斗から再度向けられた言葉に、睦月達は苦笑いを零す。或いは目の前へ矢継ぎ
早に繰り出された謎に対し、整理がつかずに頭を悩ませていた。特に國子が代表した問いは
深刻だ。場合によっては自分達も未だ知らない、新たな脅威がこの街に生まれつつある可能
性すらある。
『まあそれは──こっちに戻って来てからでいいだろう。一応先程の戦いで、萬波所長達が
データを収集してくれた。解析次第では有効な手が見つかるかもしれない』
EXリアナイザ内のパンドラの呟きに続き、通信越しに司令室の皆人がそう睦月達に指示
を出した。ともかくマリアは斃された。今はもう、現場近郊に留まり続ける理由もない。
『ん……分かった』
『そうだね。一旦帰ろうか。今後の動き方について、皆で詰め直さなくっちゃいけないし』
『ああ、そうしておけ。お互いこれから、敵が多くなりそうだしな』
じゃあな。言って黒斗は踵を返し、大通りの向こうへと消えてゆく。
背中を見せたまま軽く振った片方の掌。睦月達も暫くその後ろ姿を見送っていたが、やが
て誰からともなく拠点に向かって歩き出す。
「今までご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした! もし宜しければ、私も一
緒にクラスの出し物に参加させてくださいっ!」
なのに……異変はそのすぐ後日に起こった。日中、学園で過ごす睦月達の前に、彼女は何
を思ったか姿を現したのである。
七波由香だった。ミサイル及びストライク達による襲撃騒ぎ、瀬古勇による母親の誘拐殺
人の後、すっかり保健室登校に閉じ籠もってしまったとばかり思っていた彼女だったが、あ
る日突如としてホームルーム中のクラスに戻って来たのだった。
ちょうど季節は、文武祭準備が本格化する寸前。クラスの出し物も“メイド・執事喫茶”
に決まり、いざ動き出そうとしていた矢先だった。ホクホクと満面の笑みで微笑む豊川先生
の横で、彼女は一見するとそう非常に真摯な態度で、皆に頭を下げている。
『──』
当然ながら睦月や仁、皆人や國子、海沙や宙といった対策チームの面々は、内心物凄く驚
いていた。激しく動揺させられてしまっていた。
但し表面上は不遇な元転校生の少女、同じクラスメートによる一念発起の復活劇である。
間違っても全く違った理由でショックを受けているとは、他の皆に知られる訳にはいかなか
った。それぞれが必死になって、口から心臓が飛び出そうになるのを何とか抑え込む。互い
にちらりと、目線で(ど、どういうこと?)(こっちが聞きてぇよ)と確認し合うも、事態
は既に彼女の側へと転がり始めていた。特に他の、男子達の喜びはひとしおである。
「よっ……しゃあああーッ!!」
「清楚系メイド、ゲット!」
「ちょっと、あんたら!?」
「第一声がそれ?!」
「はあ。本当、男って馬鹿……。やっぱ、出し物変えた方がいいんじゃないの?」
「まあまあ……いいじゃない。これでようやく、クラス全員が揃ったんだから。ね?」
妙にテンションが上がる男子達と、逆に呆れ顔になる一部の女子。豊川先生は担任として
これを宥めるも、その表情はウキウキと実に嬉しそうだった。我が事のように喜んでいた。
一時はクラス全体を分断していた由香を巡る剣呑も、これでようやく好転すると胸を撫で下
ろしていたのだろう。
『……』
蒼褪める。或いは人知れず、深く静かに眉間に皺を寄せる。
睦月達は努めて動揺を押し殺していた。じっとめいめいの席から遠巻きに見つめる壇上。
そこに立つ由香本人が、スッとこちらを見返すように視線を向け──。
「クラスに復帰するのは本当ですよ? 光村先生は、ギリギリまで渋ってましたけど……」
だからこそ直後の休み時間、人気の無い教室に呼び出された睦月達が聞かされたのは、他
でもない彼女自身が今日までに体験した経緯の全てだった。事実上の宣戦布告──切欠はや
はり、母・沙也香の拉致殺害事件にまで遡る。
「隊員さんには申し訳ないですけど……あの時は必死だったんです。何もかも私の所為でぐ
ちゃぐちゃになって、壊されて。貴方達のことだって信じられなくなってしまった。どうせ
私を庇い立てするのも、アウターや瀬古さん達のことを知っているからなんでしょう? 中
央署の件じゃないですけど、誰かに喋られたら面倒だから」
「七波さん……」
曰く、当てもなく飛鳥崎の街を彷徨った彼女は、その末にとあるアパートの前へと差し掛
かったのだという。同市北西、そこはちょうど額賀二見が事件後暮らしていた新居であった
のだが……彼はその折再び手を出そうとしていたのだった。改造リアナイザ。かつて失って
しまった親友に、もう一度会う為に。
更に言うならば、この時他にもう一人、彼のアパートを訪ねようとした人物がいた。筧で
ある。彼は彼女よりも一足早く、この部屋に持ち込まれた件の禁制品に気付き、二見からこ
れを取り上げんと揉み合いになっていたらしい。由香はそんな事などつゆ知らず、筧が居る
と判って飛び出し、二人の攻防を目の当たりにして──。
「それで二人と一緒に、筧刑事に加勢して取っ組み合いをしている内に、引き金を“三人同
時にひいてしまった”と……」
「……はい」
何故彼女ら三人が、全く同じ三色の意匠、獅子を象った騎士の姿に変身できるようになっ
たのか? 筧はともかく、これまで面識が無かった筈の二見とも行動を共にしていたのか?
皆人は一しきり説明を聞いて静かに嘆息をつく。仁や國子、海沙や宙、場に集まった残り
の仲間達も大よそは同じだった。純粋な驚きや戸惑い、仮面越しとはいえ先日こちらに向け
てきた強い敵意。ガシガシと後ろ髪を掻き、にわかには信じられないといった風に話をまと
め返す。
『アウターの反応ではあったのに、妙に小さい気がしたのはその所為だったんですねえ』
「うん……。凄く珍しいケースなんだと思う。タッグとかトリオは今までもあったけど、そ
れも原則、召喚主一人に対して一体って形だったし……」
差し詰め“三つ首”──トリニティのアウターといった所か。
曰く期せずして引き金をひいてしまい、彼女達は最初大いに迷ったという。なまじこれが
怪人達の苗床であり、それぞれの大切なものを失わせた元凶であると知っていたから。
それでも……。筧達は話し合った結果、この機会を最大限に活かそうと決めた。要するに
契約を、無関係な一般人を巻き込まないものにすれば良い。そんな望みで揃えれば良い。
幸いにも、彼女達には共通した願いがあった。
全ての元凶、アウター達を裏で生み出し、操っている“蝕卓”を倒す──元被害者である
ことと彼らへの恨み、その点において共に戦おうと決めたのだった。筧は部下であり相棒だ
った由良を、二見はミラージュを、由香は母を殺されている。尤も彼女の父に関しては、一
応存命には存命だが……間接的にも殺されたも同然。再起不能となってしまうのは最早時間
の問題だ。
「契約内容は──全てのアウターの撲滅。その為に必要な力を、私達に与えること」
きゅっと唇を結んで、由香は答える。懐に伸ばした手が握っていたのは、あの時も目撃し
た黄色のカード型デバイスだった。原理的には勇のドラゴンと似たようなものなのだろう。
一方で丸型の、あの妙な改造リアナイザを三人で共有していた点も、このような経緯で生
まれた力であるためだった。変身能力を授ける為、元あった改造リアナイザ自体も変質を遂
げたということらしい。
「……事情は分かったわ。でも──」
「七波ちゃん、あんた達は黒斗までも倒そうとした! あいつは只々、自分の召喚主を守ろ
うとしていただけなのに!」
「お、落ち着いて……。七波さん? あれには色々と事情があって……。確かにアウター達
は人を食い物にする悪い奴らだけど、中には黒斗さんみたいな“いい人”もいるんだよ?」
「ええ。らしいですね。額賀さんも以前は、そうだったみたいですし……」
理屈は分かった、動機は判った。それでも海沙や仁、睦月などは未だモヤモヤとしている
部分がある。言わずもがな黒斗のことだ。
確かに自分達対策チームの存在理由からして、矛盾していることは認めざるを得ない。
だがそれにしたって、明らかにこちらに与してくれていた側に、いきなり襲い掛かるとい
うのは如何なものなのか……?
「でも──貴方達は守れなかった。いえ、自分に“力”さえあれば、こんなに色んな後悔を
しなくたって済んだんです」
『……』
しかし、対する当の由香は頑なだった。あの時の騎士甲冑の姿と同様、キッとこちらを強
く睨み付けるような眼差しが濃くなり、彼女は半ば当てつけように言い返す。
睦月達は何も反論できなかった。これまでの経緯、彼女自身の不幸の一端に関わってきた
事実も手伝い、只々苦々しい表情を隠し切れずに押し黙る。
「……もう、守られてばかりは卒業します」
「これからは私が──私達が、戦いますから」
かくしてそんな、突き放したような結びの言葉と決意表明。
だがこと彼女の放つそれは、単なる“独り立ち”として素直に喜べるような代物では決し
てなかった。寧ろ睦月ら対策チームないし全てのアウター達に対する、宣戦布告と呼んでも
差し支えの無いものだったのだから。




