53-(1) 恨みがある
「ど、どういう事ですか!? 今度は彼に攻撃を……? 睦月さん達と共闘しているのは見
えていたでしょうに……」
飛鳥崎の地下に広がる司令室。その中央ディスプレイ群に映し出される現場の様子に、職
員達はめいめいに酷く狼狽していた。
ようやくマリアを、まさかの筧達が倒したかと思えば、今度はその矛先を怪人態の黒斗こ
とユートピアに。或いは突如として現れ、変身した彼ら三人を急ピッチで解析しながら。
「ああ。だがアウターであることには変わりがないからな。その意味では彼らの方が、筋は
通っているとも言える」
「そ、それは、そうですけども……」
これらに対し、司令官たる皆人は淡々と答えていた。というよりも、状況証拠からしてそ
う解釈する以外になかった。口調こそ平静を保っているように聞こえるが、その実内心では
非常に焦りがあった。ぐるぐると思考を巡らし、組み立て、突然現れたこの三人の目的と切
欠を探ろうとしている。
「──くたばれッ!!」
筧もといブレイズの炎剣が黒斗に迫る。先ほどの“ゆっくり”で彼も満足に身動きする事
が出来なかったが、それでも咄嗟に自身の能力である力場を展開。自らをその最大限端へと
瞬間移動させ、この一撃は何とかかわす事が出来た。難を逃れた。
ただ……相手は筧を含めて三人だ。いつものように杖術を振るえれば如何様にも対処でき
たが、向こうも予めそれを理解した上で封じ込めを行ってきている節がある。筧と由香、そ
して二見が一斉に移動先の彼を目で追って、走り出す。
「逃がすかよっ!」
ダンッと杖の柄先を地面に叩き付けて、二見もといブラストが冷気の波を放つ。もう一度
黒斗は逃げようとしたが、一瞬間に合わなかった。引こうとした片足がその氷によって捉え
られ、思わず骸骨な顔立ちの眼に焦りが──明滅が生まれる。
「くっ……!」
何より当の黒斗自身、彼らと直接事を構える心算など無かったのだ。
筧達の経緯をなまじ知っている、且つ恨んでいるであろう“蝕卓”七席の一人であること
も手伝い、彼にはある種の後ろめたさがあった。本気で迎撃するのを躊躇っていたのだった。
先ず氷を除ける? それとも、この足を犠牲にして転移を?
黒斗は判断に迷った。その隙を見逃さず、炎剣を振りかざした筧が改めて迫る。
「や~め~ろォォォーッ!!」
しかし次の瞬間、これを止めたのは睦月だった。自身も“ゆっくり”の効果で満足に動け
なかったにも拘らず、ほぼ力業でこれに抵抗。軽くなった拍子に激しく地面を蹴り、二人の
間に割って入ったのである。
黒斗へと吸い込まれてゆく炎熱の剣、その腹をすんでの所で加速の勢いと裏拳で弾いてそ
らし、同時迫ってくるブレイズの左肩口を掴む。
「止めてください! いきなり何をするんですか!? 一体その力を何処で? どうして貴
方達が戦おうと……!?」
「黒斗さんは悪い人じゃないんです! 攻撃するのは止めてください!」
だが睦月のそんな必死の訴えも、文字通り怒りに燃える筧達には届かなかった。寧ろこち
らの邪魔をしてくる彼を、即座に撥ね付けようとさえして叫ぶ。
「退け! 庇い立てする気か? そいつはアウターだろう? お前達が倒すべき“敵”じゃ
ないのか? それとも何か? お前達なら、善悪の判断をつけられるってのか?」
「……っ。それは──」
「とんだ思い上がりだな。そうやってちんたらしてたから……由良もみすみす死なせちまっ
たんじゃないのか? 額賀のアウターも、七海君の母親も!」
『……』
間違いない。それは紛れもなく筧の怒り、そして後悔。獅子の甲冑姿で吼えながら、彼は
ここぞと言わんばかりに睦月の持つ“甘さ”について指弾し始めた。背後の黒斗、列挙され
た当の二見と由香は勿論、場や司令室越しの仲間達も同じく押し黙ってしまう中で。
「──ったく。まーた同胞が一人やられたか」
「うん? つーか何だあ? 何であそこに、ラストの野郎がいるんだよ?」
尤もこの時、面々は知る由もなかった。すっかり混戦の泥沼に陥っていた現場を、グリー
ドとグラトニー、二人の人間態に、遠いビルの屋上から監視されていたことを。
戦いの一部始終、マリアが斃された瞬間を目の当たりにし、彼らはまたしてもと舌打ちを
してこれを惜しんでいた。だが同時にそこに居合わせた、黒斗こと同じ七席・ラストの姿を
見つけ、二人は思わず訝しむ。
「一緒にぃ~……戦ってるぅ?」
「立ち位置からしてそんな感じだなあ。妙な邪魔者が増えてるみたいだが」
多少驚きはしたが、かといって“絶対にあり得ない”という訳でもない──それが一連の
異変を観たグリードの感想だった。寧ろ動機的には、こちらに敵意を向ける要因は腐るほど
挙げられる。
「守護騎士と共闘……? 庇われてる……? あの野郎、裏で繋がってやがったのか。ただ
まあ、あいつはそもそも、俺達とは七席に収まった経緯が違うからなあ。こっちもこっちで、
あり得ねえ訳じゃねえか……」
手で庇を作り、目を凝らしながらぶつぶつ。
グリードはそう誰にともなく呟きながら、一先ずは状況を静観することにした。元々自身
の繰り手を守る為に、自分達“蝕席”の傘下に入った──本来的にその忠誠心云々を踏まえ
れば、裏切り者ではあるのだから。
「どうするぅ、グリードぉ? 殺っちゃう? 喰っちゃう?」
「……いや、止めとこう。あの分じゃあ勝手に潰し合うだろ。それならそれで好都合だ」
行くぞ。だからこそ、相棒・グラトニーからの問いに、グリードはそのまま踵を返して場
を後にしていった。興味もリソースも、その注げる分量は何時だって無限ではない。
「俺達は変わらず、真造リアナイザの売人をやるだけだ」
「それがあの人の──“マザー”の意思なんだからよ?」
「筧さん、二見さん、七波さん……。貴方達って人は……!」
ギリギリと押し合い圧し合いを続けて、ややあって睦月は辛うじてそんな言葉が口を衝い
て出ていた。結果論を言えばぐうの音も出ない。助けられなかった。でも、その恨みを全く
関係ない個体にぶつけるのは違うだろう?
左右それぞれの手で取っていた炎剣と左肩を、ぐいっと押し広げて筧の体勢を崩そうと試
みる。だが対する当人もそれはすぐに感じ取ったようで、瞬間こちらの腹に蹴りを入れて一
旦後退。互いに間合いを取り直して黒斗を狙う。これを守ろうとする。
「額賀! 七波君!」
振り向きさえもせず、名を叫んで残り二人の仲間を呼ぶ筧ことブレイズ。二見と由香、ブ
ラストとブリッツも、それぞれ冷気を纏わせた杖や磁力球のボウガンを放とうと地面を蹴っ
た。引き金をひいて射出した。
──だがちょうど、次の瞬間だったのである。冷気の震動と氷柱群、磁力球が睦月に向か
って迫ってくる中、冴島や皆人以下仲間達が叫ぶ中、黒斗が足元を凍て付かせていた氷から
脱出を果たした。砕いていた。「守護騎士!」気持ち後ろに跳びながら、彼は睦月他場の面
々に向かって呼び掛ける。力場を大きく病院敷地内全体に展開し、一挙に全員を捕捉しなが
ら叫ぶ。
「一旦退くぞ! 目的ならもう果たした!」
睦月らの姿が掻き消えたのは、その刹那の出来事だった。
現場には、マリアに搾り殺された病院関係者や患者達が倒れ、当の本間翼は苦しそうな表
情を浮かべながら眠っている。兄・颯も、半壊したベンチの上で気を失ったままだ。
「……チッ」
後には筧と二見、由香ばかりが残されていた。三色の獅子甲冑の姿をしたまま、彼らは当
てを失くして暫く立ち尽くし、やがて静かに舌打ちさえする。




