52-(6) 偽りのマリア
異変は既に、睦月達対策チームの面々が訪れた時には始まっていた。今回の事件における
キーマン、本間颯の妹が長期入院している大学病院へと足を運んだ一行が目の当たりにした
のは、患者・職員を問わず辺り一帯に人々が倒れ伏す、まさに地獄絵図だった。
「が……外部に、連絡……を……」
最初に狙われたのは、各階のナースステーションだった。院内において、こちらの思惑に
対抗し得る──且つ生命力に優れた人間を先ず確実に潰しておく為だ。人々を襲う緊急事態
に対し、看護師らは必死の思いで外線を採ろうとするが……マリアの張る吸収能力を前に、
敢え無く力尽きてしまう。
「フフフフフ……。無駄ヨ、無駄ヨ! 私ノ為ニ、ソノ命ヲ捧ゲナサイ!」
大きく背中の翼を広げ、全身にオーラを携えて。
マリアは恍惚のままに笑っていた。最早悠長にしている暇は無い。多少手荒であろうと、
一刻も早く実体化を遂げなければ、守護騎士達が攻め込んで来てしまう。残り僅かが視てい
たからこそ、打って出られた強硬策だった。
「あばばば……ばば……」
そんな院内を渡り歩くマリアの一方で。颯はとうとう“壊れて”いた。握らされ続けた改
造リアナイザに侵され、今や正気を失い彷徨っている。
「いも……うと。つばさの、為……」
「こ、これは一体……??」
「……どうやら来るのが少し遅かったようだ。急ごう。奴を止めなければ」
自分達はもしかしたら、最悪の一手を打ってしまったのではないか? 睦月らは多少なり
とも、そんな思考・可能性を過ぎらせざるを得ない。
だが今やもう詮無いことだ。自分達に出来る事は、一刻も早くこの事件を終わらせること
である。犠牲になった院内の人々を、一人でも多く救うことである。
「あの馬鹿、病院を丸ごと狙ったって訳?」
「しかし、止めるっつっても……。どっちをだ? アウターの方か? それともリアナイザ
の方をか?」
『欲を言えば両方だな。仮にアウターの実体化が済んでしまっていれば、もう倒すしかなく
なる。どのみちこのような事態を引き起こしたんだ。本間颯の方も、ただ善意で救出すると
いう訳にはいかないだろう』
こちらの人員に対し、四方八方に倒れている人々が多過ぎる。司令室からの通信越しに、
皆人はそう仁らの確認に答えていた。大至急追加の隊士らを送るとの約束をした上で、睦月
達に事態の早期収拾を命じる。
「じゃあ奴を倒すのと同時に、周りの人達も安全な場所へ?」
『そうしてくれると助かるが……肝心の奴の位置がな。なるべく巻き込まないように戦って
くれ。最悪、被害者の救護はこちらの要員で専念させることになる』
「どちらにしても、二手に分かれる必要がありそうだ。先に会敵すれば、僕のアブソーブ・
キャンセラーもある。一旦室外に吹き飛ばし、体勢を整えてもいい」
『駄目よ。同期強度が制御されていない状態で、マリアのエネルギー吸収を受けてしまえば、
貴方の命が保証できないわ。懐に飛び込むなら尚更よ。ただでさえその力は反動が強いの
よ? 使い所は、私達が判断するから……』
冴島も懐に忍ばせていた、例の円筒状の強化ツールを握り締めるが、他でもない通信越し
の香月に止められた。自身で作り出した発明とはいえ、今もそのリスクの高さを案じている
節が見られる。
「……とにかく、僕が先行するよ。奴を捉えたら、本間さんと引き離して。その間に周りの
人達の救助もお願い」
『了解!』
「問題は、一体何処をうろついているかだが……」
「パンドラ、そっちで場所を特定出来たりしないの?」
『うーん。厳しいですね。さっきから生体反応があちこちから流れてて、集束先を追うにし
ても時間が……』
睦月と冴島、仁が前衛に。國子と海沙、宙が後衛に。
一行はその場で大よそ二手に分かれながら、院内の何処かにいる筈のマリアを捜した。焦
りや不特定多数のエネルギーもあってか、パンドラもすぐには誰と判別するのに手間取って
いるらしい。
走りながらEXリアナイザの引き金をひき、変身する。或いは調律リアナイザから、それ
ぞれのコンシェル達を召喚する。
騒ぎの元凶、マリア・アウターを倒す為、睦月達は院内の地面を強く蹴り──。
『っ!?』
だが次の瞬間、睦月達は再び病院の外へと瞬間移動していたのだった。仄暗い、見覚えの
ある力場に辺りが包まれたかと思った直後、自分達ともう一人──他ならぬ凶行に走ってい
たマリアが強制的に一堂に会し、驚いたように空を仰ぐ。
「……やれやれ。とんだ大事にしてくれたらしいな」
「黒斗さん!」
「びっ、びっくりしたあ……。てっきり攻撃されたのかと……」
近くの守衛棟に立っていた、ユートピアこと怪人態の黒斗だった。睦月達と同じく驚愕し
ているマリアを一瞥し、ちらりとこちらを見る。握り締めて揺れる杖先が、開戦を告げるよ
うに音を立てた。
「大体の状況は把握した」
「私も加勢する。今の内に繰り手を!」
はいっ! 弾かれるように國子と海沙、宙が再び院内へと駆け出して行った。黒斗が駆け
付けて来てくれたことにより、自分達が人々の救護に回れると判断したのだろう。対してマ
リアは一瞬、何が起きたのか分からなかったらしく、彼女達よりも数拍反応が遅れる。
『睦月! ロザリオだ! 奴の胸元にあるロザリオを壊せ! この前の戦いで、奴の本間翼
にエネルギーを送る中枢が、その部分に在ると判った!』
「……っ! 了解!」
更に皆人が飛ばした指示が、この戦いの結末を大きく左右する事になる。この友たる司令
官の叫びに、睦月は半ば反射的に飛び出していた。驚きこちらへ振り向こうとしていたマリ
アに、彼は跳び上がりながら渾身の一撃を叩き込む。
「うあああああああッ!!」
『ARMS』
『ABSORB THE SQUID』
ホログラム画面を叩きながら、EXリアナイザより槍型の武装を召喚する。自身に向けら
れた狙いに気付いて、マリアは咄嗟に翼を曲げて防御しようとした。しかしちょうどその直
前で、状況を見ていた冴島と仁に、背後から羽交い締めされて妨害。広げようにも中途半端
な格好になってしまい、肝心のロザリオ状機構は露わなままになってしまう。
「今だ、睦月君!」
「ぶち壊せ!」
重低の入った雄叫び。はたして次の瞬間、睦月の放った槍はマリアの胸元にある紅い宝石
を砕いていた。破片になって飛び散ってゆくロザリオ。タイミングを合わせて、コンシェル
達の拘束する手を離す冴島と仁。
マリアは気持ち、その面貌の目を見開いているように見えた。刺突の威力で大きく後ろに
仰け反ってゆくように見える。これで本間妹に、他人びとから奪い取った生命力はもう供給
されない筈だ。
「は、離せっ! 離せぇぇぇーッ!!」
一方で國子と海沙・宙、隊士達は、階段の一角で颯の身柄を確保していた。すっかり狂気
に囚われてしまったこの召喚主を、半ば強引に取り押さえ、その手から改造リアナイザを取
り上げようと試みる。
「妹を……妹を助けなければ……!!」
時は少し遡り、司令室内大医務室。
睦月達が本間翼の入院する大学病院に向かって暫くした後、謎の“ゆっくり”化現象に侵
されいた、冴島隊B班の隊士達が目を覚ました。彼らを蝕んでいた件の異変もどうやら効果
切れとなったらしく、ベッドの中でぱちくりと目を瞬いている。室内を忙しなく行き交って
いた医務要員達が、ホッとした様子でこれを覗き込んだ。
「……うん?」
「ああ、良かった。やっと戻ったんですね」
「もうっ! 心配しましたよ~。自分達じゃあ、さっぱり対処法が分からなくて……」
「例の“ゆっくり”が解けるまで、皆さん飲まず食わずでしたからねえ」
『……』
言葉通りの、いやそれ以上の安堵。
だが当のB班隊士達は、たっぷり数拍室内の天井──見慣れた風景を見渡した後、徐々に
顔色を青くしていったのだった。やや遅れて頭に疑問符が浮かぶ彼らに、隊士達はハッと思
い出したように身体を起こして詰め寄る。
「そうだ! そうだよ……!」
「なあ、今日は一体何日だ? 俺達はあれから、どれだけ封じられてた?」
「筧刑事は──いや、七波ちゃんは?」
「? い、一体どうしたんです?」
「何をそんな慌てて……。やっぱり皆さんがあんな事になってたのも、何か理由が……?」
薄々感じ取ってはいた事だった。少なくとも何かしらのイレギュラーが起こっていたのは
間違いなかった。
ガクガクと身体を揺さぶられて、医務要員らは狼狽していた。元より彼らリアナイザ隊の
面々に比べれば、膂力体力などにおいて自分達は劣っているのである。そうこうしている間
にも、隊士らは蒼褪めた様子を濃くしていた。盛大に頭を抱えて、鬼気迫る表情でもってこ
ちらに叫んでくる。
「急いで司令に──冴島隊長や、睦月君達に知らせてくれ!」
「早く彼女達を見つけないと、大変な事になる……!」
胸元のロザリオ状機構は破壊された。もうこれ以上、生命力を奪われる犠牲者が出る必然
性は無くなるだろう。
とはいえ、本体のマリア自身は無事だ。守護騎士姿の睦月や冴島、仁が操るコンシェル、
及び怪人態の黒斗はこれに対して追撃を加えていた。自重などしない、四対一のインファイ
ト。本来の能力・契約履行を阻害されたとはいえ、このまま彼女を逃がす訳にはいかない。
「グッ! ガッ! グオッ!?」
「オ……オノレェェェ! オノレ、オノレ、オノレェェェーッ!!」
院内では國子と海沙、宙らが本間颯を確保している。逃げようとする彼を数人がかりで押
さえ込むが、肝心の改造リアナイザを死守するようにお腹に抱えて丸まっている。
聖母という異名も形無しだ。そこには只々、アウターとして自らの実体化を果たそうとす
る妄念だけが見られる。一方的にタコ殴りにされても尚、電脳の怪物としてインプットされ
た命令に忠実な、いち個体としての姿が在るのみだった。
『──』
ちょうど、そんな時である。睦月達が一気に彼女へと止めを刺そうとしていた最中、ふと
背後からこちらに近付いて来る複数の足音が聞こえたのだった。
カツ、カツ、カツ、カツ。三人分。半ば反射的に振り向いた面々は思わず──驚愕した。
何故ならそこには筧と由香に加え、かつて守り守られを演じて散った、二見の姿までがあっ
たからである。
「筧刑事……?」
「な、七波ちゃん!?」
「二見さんまで……。どうして、此処に……?」
「……相変わらず、ちんたらやってるみたいだな。しかも見覚えのない奴まで居やがる」
睦月達が戸惑ったのは他でもない。筧と二見、そして由香が見せていた表情が、これまで
見た事もないほどに険しく、まるで別人のようだったからだ。睦月やパンドラ、冴島や仁、
ないし司令室の通信越しでこの一部始終を見ている皆人達もまた、予想だにしなかった面子
の出現に動揺を隠せない。
「退いてろ。そいつ“ら”は──俺達が始末する」
そして筧が代表し、短く言い放つが早く。
彼はガチャリと懐から、何処か見覚えのある道具を取り出した。
握り拳の外周を覆うような形状の、独特な短銃型ツール・リアナイザ。ただ明らかに違う
点があるとすれば、睦月達や“蝕卓”が使っているそれよりも全体的に小さく、丸っこい。
何より銃身部分に当たる上底パーツには、本来備わっていない筈の、三つ穴の回転式弾倉が
埋め込まれていた。筧と二見と由香。三人はそれぞれズボンやスカートのポケットから、赤
・青・黄のデバイスらしき金属製のカードを握り締める。
『TRINITY』
『BLAZE』
故に、睦月達は更に愕然とした。怪人態の黒斗やマリアも、その為そうとしている意味を
探ろうとして戸惑っているようだった。特に前者は前者で、寧ろこちらの方が厄介だと本能
で理解したらしい。
最初、筧が赤いカード型デバイスを弾倉に挿入し、引き金をひいた。次にリアナイザに似
たこのツールは自動的に隣の弾倉へと切り替わり、同時に隣に立っていた二見へとバトンタ
ッチ。同じく青いカードを挿し込んで引き金を。更にまた隣の由香が短銃を受け取って、黄
色のカードを挿し込んで引き金を──三人で全く同じプロセスを踏みつつ、一つのツールを
使い回す。
『TRINITY』
『BLAST』
『TRINITY』
『BLITZ』
筧の頭上には赤、二見の頭上には青。そして由香の頭上には黄色の光球がその銃口から射
出され、ゆっくりめいめいに向かって落ちて行った。睦月達が唖然とする中、そのタイミン
グに合わせて、三人は宣言する。
『──変身!』
はたして場の面々が目撃したのは……新たな戦士達の出現だった。
赤・青・黄。まるで睦月、守護騎士のように獅子を象ったパワードスーツにそれぞれ身を
包んだ筧達が、そこには立っていたのである──。
-Episode END-




