52-(5) 悪鬼を喰らう
葦田兄弟の進撃は、その後も止まる所を知らなかった。他の誰にも真似できない、持ち得
ない力・怪物の主として振る舞い、彼らのコミュニティは急速にその版図を拡げ続けていた
のである。
『よう、あんたか。久しぶりだな!』
そんな折、再び彼らの前に姿を見せたのは──シン。
かつて自分達に、無双の力を与えてくれたこの白衣を引っ掛けた外国人を、兄・剛は快く
迎えた。まぁ、座れよ。廃墟と化した雑居ビルの一角。相変わらずぼんやりとしている弟・
望と共に、彼は手駒にした少年少女達を侍らせながら笑う。
『あんたには一度、ちゃんと礼を言いたかったんだ。お陰で俺達は力を得た。俺達が好きに
できる人間が、物が、こんなにも広くなった。ありがとよ』
『でも……まだまだだ。俺達はもっともっと上を目指す。成り上がる。もう誰も、俺達に舐
めた口は利かせねえ。今まで散々に踏みつけてきた奴らを、この世の中を、全部俺達の物に
するんだ!』
握り拳にグッと力を込め、高らかに宣言する剛。望もうんうんと繰り返し頷き、とうに正
気を失っている配下の少年少女達も、無感情な瞳のまま微動だにしない。
『……欲望に素直で結構な事ダ。だが君達はもう、いいんだヨ』
? 何を──。しかし凋落は訪れた。彼らが崩壊するのはあっという間だった。
次の瞬間シンは、最初のニコニコとした表情のままながら、嗤う。兄弟が違和感を覚える
よりも速く、廃墟内のあちこちに、鉄仮面と蛇腹配管を纏った怪人──サーヴァント達が突
如として現れたのだ。
まるで瞬間移動でもして来たかのように、先程まで全くの“無”だった薄闇から、次々と
姿を見せてきた軍勢。剛は思わず立ち上がり、手には自身の改造リアナイザを握っていた。
貧民区で生まれ育った故、学は無い。だが培ってきた動物的直感と、闘争に明け暮れてき
た経験則が、その意味する所を理解させたのだろう。
──自分達はもう、用済みだと。
『ガッ?!』
だが流石に、自身が頼りにしていた怪物、ローグ・アウターの裏切りに遭うことまでは思
考が回らなかったらしい。引き金をひき、慌ててこれを呼び出そうとした本人に、彼は直後
背後から短剣で刺し貫かれていた。『何……?』腹から滲んでゆく大量の赤と、口元から溢
れ出す赤。隣では弟・望が、悲鳴を上げる暇も無くフィードに上半身から上を齧り取られて
即死していた。じゅるりと巨大な唇を拭い、何でもないといった風に、一瞬ちらっとこちら
を見遣っている。
『騙、し……』
どうっと、かくして兄弟は斃れた。呆気ない最期だった。
たっぷりと十数秒。ややあってシンは、飄々とした表情でこの暴君だった者達の亡骸を見
下ろして呟く。
『ははは。可笑しなことを訊くなア』
『始めから君達ハ、私の計画の被検体なんだヨ。この子達を育てる為ノ、踏み台に過ぎない
のだかラ』
元よりこの兄弟に、飛鳥崎の支配者になって貰おうなどとは微塵も思っていなかった。寧
ろアウター達の力を自身の力と勘違いし、街のインフラや既存の秩序すら破壊しようとして
いた彼らは、この狂気の科学者にとって段々と邪魔な存在にすらなっていた。
あくまで二人を選んだのは、強い“欲望”を持っていたからだ。尚且つそんな欲求に善悪
の枷を越えて忠実であり、ちょうど良い駒だと見做したからに過ぎない。
『──任務、完了だ』
『──じ、実体化、出来たンだな』
そうしている間にも、ローグとフィードの両アウターは、最後の仕上げに入っていた。自
らをこれまで召喚し続けていた葦田兄弟を、それぞれ改造リアナイザ内のデバイスごと喰ら
い、進化を完了させたのである。
晴れて人間態に戻った二人。
彼らはそれぞれ、元の繰り手に強い影響を受けた姿となった。一人は見るからに荒くれ者
風なパンクファッション、もう一人は丸太のような肥満の大男……。
『ようこそ、新たな子らヨ。そして同胞達を率いるに値する我が家族ヨ!』
バッと両手を広げて仰々しく、シンは叫んだ。全身全霊でもってこの二体の怪人達の誕生
を愛で、狂気に満ちた爛々の目を見開く。
『……』
そっとその場で跪く。片膝を突き、まるで始めからそうプログラミングされていたかのよ
うな、流れる所作でこの二人は軽く右手を胸元に添える。
盗賊と悪食。
後の“強欲”と“暴食”は、かくして七席最初の一員となったのである──。




