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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-52.Brothers/罪の生みの親達は
400/526

52-(4) 共闘条件(リトマスし)

 時を前後して、首都集積都市・東京。

 その一等地に建つ屋敷じたくから、健臣は急ぎ出掛けようとしていた。玄関先で靴を履き替えて

いたちょうどその最中、廊下の向こうから一人の少女が走って来る。

「お父様、お父様。何処に行くの?」

 まるで仔犬のように無邪気な、小柄で色白な女の子だった。

 名前は小松真弥──健臣にとっては二人目の、世間的には彼の一人娘である。今年都内の

中等部二年に進学した十三歳だ。

 やや短めの髪に、後ろでちょこんと結わった短いおさげ。臙脂えんじのネクタイシャツとスカー

トというシンプルないでたちだが、かなり上等な生地を使っているのだろう。見た目からし

て品の良さが窺える。年相応かそれ以上に人懐っこく、父・健臣が外出する物音を聞き付け

たようだ。

「こらこら。待ちなさい、真弥。お父さんはお仕事だから、邪魔しないであげて?」

 健臣がじゃれついてくる娘に困っていると、更にもう一人の女性がこちらに向かって歩い

て来た。真弥の顔立ちによく似た、健臣より少し年下の人物である。

 小松真由子──彼が首都の生家に戻って来た後、持ち込まれた縁談を切欠に知り合った現

在の妻である。元々は良家の出身であり、その立ち振る舞いからしても“政治家の伴侶”と

して申し分ない。

「え~、やっとお休み貰えたのに? お父様とも遊べると思ったのに……」

「あはは。ごめんよ? ちょっと打ち合わせに、ね? 今回の埋め合わせは、いずれまたす

るから……」

 素直に残念そうな表情。娘・真弥の言葉に、健臣は内心複雑な心境で苦笑わらってみせた。

ちょんっと、彼女の肩に手を乗せて諭している真由子。傍目からはとても穏やかな家族のよう

に見える。

「先生」

 家の外、正門前には既に黒塗りの高級車が横付けされていた。秘書兼運転手を務める中谷

が、まだ出て来ない健臣をそう短く呼んでくる。

「ああ、分かってるよ。今行く」

 じゃあな。良い子にしてるんだぞ──? 今の正式な妻と子に見送られ、スーツ姿の健臣

は、一人屋敷じたくを後にしてゆく。


『健臣、貴方に渡したいものがあるの。こちらが指定する日時と場所へ、信頼できる人達と

来て。政府との共闘の件よ』


 学生時代の恋人且つ、現在アウター対策チーム──いわゆる有志連合に所属している香月

からメッセージが届いたのは、つい先日の事だった。元々互いにやり取りは続けてきたし、

それ自体は特段驚きはしなかったのだが……政府の一員としての役割であるのなら、話はま

た別だ。

「あと十分ほどで目的地に到着します。渡したいものとは、一体何なのでしょう?」

「……さあね。少なくとも重要な代物であることは、間違いないと思うが……」

 指定された場所へと向かう車中、中谷はハンドルを握りながらそう訊ねてきた。対する健

臣は数拍黙っていたが、嘘を吐く意味もない。小さく肩を竦めて、ついでに緊張する自身を

慰めてみる。

 共闘案件ということは、十中八九例の電脳生命体か、苗床たる違法改造のリアナイザに関

する情報だろう。或いはもっと物理的に、技術提供でもしてくれるのか……。

 彼女からの連絡で、既にダミーの配送が幾つも出されているという。まぁそうだろうなと

健臣は思った。例の組織・蝕卓ファミリーが、今回の動きに全く気付いていないとは考え難かったから

だ。間違いなく妨害や奪取があるだろう。その可能性を踏まえて、せめて時間稼ぎだけでも

しておこうという策なのだと思われる。

『畜生ぉぉぉーッ!! 』

 事実この同時刻において、都内では既に幾隊かのサーヴァントと刺客のアウター達が、ダ

ミーの配送車両を襲っていた。彼らがその計り事──偽物の標的を狙わされたことに気付く

のには、そう時間は掛からなかった。盛大に破壊され、炎上した各現場は、少なからず混乱

と爆音が鳴り響いていた。手当たり次第に積み荷が引き裂かれ、散らばっていたが、どれも

これも中に入っていたのは文字通り全て“ゴミ”だったのである。

 健臣の乗る車が辿り着いた先は、とある倉庫街の一角だった。その性質上、平時から警備

の人員は巡回しているが、特に今日は物々しい雰囲気を纏っているように思える。なるべく

悟られないよう、ゆっくりと指定された区画まで車を滑らせてゆくと、そこには既によく見

知った顔が待機してくれていた。

「──よう。やっと来たか。待ちくたびれたぜ? 此処で……合ってるんだよな?」

 同じ三巨頭、その本人であり、父の代からの盟友・梅津だった。現場にはSPを含めた彼

の部下達が何人か、既に集まっており、車を降りてきたこちらを一斉に見遣っている。

「その筈です。相手の方は何と?」

「ああ、それがなあ……。お前じゃないから駄目だっての一点張りだ。知らない顔じゃああ

るまいに。健臣、さっさと済ませてきてくれや」

「……はあ」

 よりにもよって梅津さんを相手に……。俺とは違って、本物の“伝説”だぞ……?

 正直健臣は、相手の頑なさにげんなりとしたが、嘆いた所で状況が変わる訳でもない。梅

津らが見守る中、彼は中谷と共に、指定され既に開けられていた倉庫内へと足を踏み入れて

ゆく。

「小松健臣様、ですね?」

博士ドクターから指示は受けております。どうぞ」

 照明の一つも点いていない、取引場所という名の倉庫。暗闇。中で待っていた有志連合側

のエージェントと思われるスーツ姿の面々は、それまで身を挺して厳重に守っていたアタッ

シュケースを握り締めると、ゆっくりこちらに引き渡してきた。

 実を言えば、対策チーム所属の隊士達であった。尤もそんな事を、当の健臣達は知る由も

なく、只々渡されたそれを囲んでおずおずと開けた。濃灰色の内装材に受け止められていた

のは、一対の短銃型ツールとデバイス──。

「こっ、これは……リアナイザ?」

 故に健臣達は思わず、確認するかのように顔を上げて呟きを漏らした。まだ慣れ切ってい

ない暗がりの中で、有志連合側の名代らがコクリと小さな首肯を返す。

 お前を名指しして、渡されたモンだろ? 梅津がそう暗に言いながら顎で促してくる。最

初数拍は正直躊躇ったが、健臣はややあってこれを手に取った。想像していたよりも案外重

いと感じた。伊達に先端技術が詰まってはいない。

「ご心配なく。それは調律リアナイザ──巷に流出していた、違法改造のリアナイザとはま

た別の代物です。尤も元の技術は彼らのものですが。我々が彼らと──電脳生命体及びその

組織と戦う際に使っている物と、基本的には同じ物です」

 エージェント達曰く、彼らとの共闘条件は一つ。この“調律リアナイザ”を使い、健臣ら

政府側の人間に蝕卓ファミリーの手下が潜んでいないか確かめること。身バレ防止と安全が保障されて

いない限り、深く手を結ぶことは出来ない、と……。

(なるほどな……)

 かねてより香月が繰り返し求めてきていた話とも、間違いなく一致する。健臣は見様見真

似でこのリアナイザに用意されていたデバイスを挿入し、起動してみた。グリップすぐ上の

リアサイト部分から、ホログラム画面が出現し、次の瞬間コンシェルと思しき赤髪の少女が

その中で目を覚ます。

『ふう……。あ、おはようございます! 初めまして! 私の名前はガネット。博士より貴

方様に贈られました、対アウター用サポート・コンシェルであります!』

 見た目はパンドラによく似ている。というより、実際に彼女の姉妹機でもある。

 機械の六枚羽はそのままに、生真面目そうな口調と所作、官憲の制服を模したような衣装

など。政府要人、現職大臣へと託されるという前提もあってか、そんなチョイスが為された

のだろう。

 宜しくお願いします! まるで生身の人間と変わらないようなAIに驚いたのも勿論なが

ら、件のリアナイザの有志連合バージョン、その現物が届くとは……。健臣や梅津、中谷と

場に集まった部下ないしSP達。面々は思わず暫し言葉を失っていた。確かにこれなら、例

の電脳生命体達とも渡り合えるのかもしれないが……。

「あ、ああ。こちらこそ宜しく頼むよ。彼女がわざわざ用意してくれたんだ。では早速、君

の能力を見せて貰えるかな?」

『はい、了解です!』

 まだ普通に会話するには、大分慣れが必要だろうが……。健臣はやがて気を取り直しつつ

命じてみることにした。ビシリッと再び敬礼をし、この赤髪のコンシェル・ガネットが、両

の瞳に何か走査を巡らせる。

 異変はその直後、くわっと彼女がその目を見開いた瞬間に起きた。こちらを見ていた彼女

の視線が、背後にいた梅津のSPの一人へと向けられたのである。

『っ! アウターの反応有り! そこの警護要員の中に紛れています!』

「何だって?!」

 故に健臣や梅津、中谷達は一斉にその指し示された対象へと振り返った。

 一見する限りでは、揃いの黒スーツ姿のSPにしか見えないが……。直後バレては仕方な

いといった風に、この者はデジタル記号の光と共に怪人化。遂に一同の前に本性を現す。

「嘘だろ? 俺の、部下が……」

 流石に動揺している梅津。一方で健臣は、既に臨戦態勢に入っていた。

 嗚呼……不思議なものだな。香月。君のくれたこの子が、力が、俺に勇気を与えてくれて

いるみたいだ。

 大臣! いえ、マスター! ホログラム画面の中から、ガネットの声が聞こえる。

 右手に握った調律リアナイザ。健臣は彼女が指示してくるままに、その銃口を目の前の鉄

仮面へと向け──。

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