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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-52.Brothers/罪の生みの親達は
397/526

52-(1) 災いのマリア

「行くよ、睦月君!」

「はいっ! ここで……止めます!」

 飛鳥崎市内の東側、とある並木道の一角で。

 睦月と冴島は、ロードワーク中と思しきジャージ姿の男性を襲った、件の衰弱事件の犯人

たる怪人アウターと相対していた。半金属・半生物。無数の配管状のラインが全身に走った、ラバー

スーツに覆われたような個体だった。鉄仮面の両耳には白い小さな羽の装飾、胸元のロザリ

オを模した機構。全体的に女性型であるようだ。

「……オ前達ハ」

 EXリアナイザと調律リアナイザ。二人は懐からそれぞれ専用のツールを取り出し、この

“敵”を倒すべく構える。視界の端で召喚主の姿を探すが、それらしい人影は見当たらなか

った。何処かに隠れている──いや、もっと別の場所にいるのか。

「来い、ジークフリート!」

「変身!」

『OPERATE THE PANDORA』

 國子や仁隊、海沙・宙達も急行してくれてはいるが、彼らを待っていては逃げられる。

 二人は同時に守護騎士ヴァンガード姿に、或いはジークフリートを呼び出して先制攻撃を仕掛けた。睦

月は銃撃の基本武装を、冴島はこのコンシェルに炎の剣を引っ下げさせて突撃させる。

「ッ……!」

 だがそんな最初の一撃は、対する女性型アウターが展開した翼によって防がれた。咄嗟に

背中から広げ、自身を覆うように前方へ包んだ白い壁は、ジークフリートの炎剣と睦月の銃

撃のエネルギー弾を押し返す。

 一瞬、二人は少し目を見開いたように見えた。だがそれも数拍の事だった。

 ぐるんと、受け止められた反動を利用して、冴島はジークフリートの半身を一旦回転させ

た。勢いをつけて続く剣撃を翼と翼の隙間に捻じ込もうとし、睦月も地面を蹴りつつ、EX

リアナイザにペッカー・コンシェルの連射力を付与しながらこの側面に回り込む。

「その人から──」

「離れろ!」

『ELEMENT』

『RAPID THE PECKER』

 つまりはちょうど、この女性型アウターを横っ腹から吹き飛ばす格好。

 睦月も冴島も、先ずは襲われたこの男性を、彼女から引き離そうと試みていた。既に昏倒

しているとはいえ、このままでは自分達の戦いに巻き込んでしまう。保護・回収は、合流し

て来た仲間達に任せれば良い。

「グゥ……ッ!?」

 下からすくい上げられるような一閃と、間髪入れずに撃ち込まれる銃弾の連撃。

 女性型のアウターは思わず大きくよろめき、目論見通り男性から大きく引き離された。だ

が彼女も彼女で、そのままでは転ばず、次いで彼の足元からずいっと進み出て来た二人に対

し、今度は甲高い絶叫のような音波攻撃でもってこれを阻む。「ぐえっ!?」「睦月君!」

慌てて冴島が、ジークフリート経由で吹き飛ばされかける睦月を掴み、一旦距離を取った。

互いにダンッと地面を殴りつつ、再びこの衰弱事件の犯人へと立ち向かってゆく。

 戦いは最初、二人の側に分があるように見えた。二対一という数自体もそうだが、何より

こちら側のインファイトに対し、当の女性型アウターは終始押されているように見えたので

ある。

 なまじ長年の付き合いのある間柄ではない。コンビネーション──片方が押さえ、もう片

方が攻撃する。入れ替わり立ち代わりの連携攻撃に、女性型のアウターは確実に一発一発を

貰っていった。翼を展開する防御を捻じ込もうとはするが、何度も同じ手は食わない。羽が

一対しかないのを確認した上で、ならばと背後・側面から斬撃を叩き込む。火花が散る。

「アッ、ガッ……!!」

 どうやら今回の犯人、このアウターはそこまで直接戦闘が得意という訳ではないらしい。

ちらっと互いに目配せをして、されど二人は警戒を緩めない。

 戦闘能力に、それほど多くのリソースを割いていない。

 という事はつまり、この個体は寧ろ──。

「ヌウンッ!!」

 はたして二人の経験値、戦いにおける勘は当たっていたのだった。こちら側からの連撃の

隙を縫い、彼女は突如としてザッと手をかざしてきた。何か来る……! 咄嗟に睦月と冴島

は詰めようとしていた間合いを、次弾の手を止め、構える。だがそれが結果的に、それまで

の戦況を変えてしまう切欠となったのだ。

「──ッ?!」

「どうした、睦月君!?」

「いえ。今何だか力が……。それより冴島さんも、ジークフリートが……」

 錯覚だろうか? 一瞬睦月は全身の力が抜けるような心地がした。思わず身体が大きくふ

らつくさまを見て、傍らの冴島がハッとなって叫ぶ。

 しかし睦月も睦月で、彼とその召喚中のコンシェル・ジークフリートに起こり始めた異変

に気付いていた。ザザザッと、実体化されたその姿にノイズが混じり始めている。

『大変だよ! マスター、志郎! 二人の生体エネルギーが、あいつに吸われてる! この

ままじゃあ変身も召喚も維持できなくなっちゃうよ!』

「何……?」

 その正体──次の瞬間、EXリアナイザ内のパンドラが二人に向かって叫んだ。電脳の存

在である彼女の目には、現在進行形で二人の力がこの女性型アウターに吸い取られてゆく流

れが視えていた。胸元のロザリオを模した宝石状の機構。紅く輝くそこへ、驚いている間に

も次々とエネルギーは流出して行っている。

(……そういう事か!)

 故に、睦月と冴島は合点がいった。今回の衰弱事件はやはり、このアウターの能力による

ものだということを。

「だったら──」

 パンドラの言う通り、実際問題ぼんやりと突っ立っていればこちらの負けだ。変身や召喚

を強制解除されてしまえば、こちらの戦力は大幅減となる。ならばそうなる前に、一気に片

を付けるまでだ。

『GIRAFFE』『DEER』『GOAT』

『SHEEP』『RABBIT』『MOUSE』『SQUIRREL』

『ACTIVATED』

「っ!」

『ZEBRA』

 睦月はEXリアナイザのホログラム画面を操作し、急いで黄の強化換装・ジィブラフォー

ムへと変身し直した。鮮やかな黄色を基調としたパワードスーツ姿と、頭部に生えた一対の

巻き角。両肩のモフに装甲表面の、濃い黄色と黒の縞模様。エネルギーの出力に特化した、

電撃の力である。以前“救世主セイバー”のアウターを破った姿だ。

 こいつも吸収系の能力を持っているならば、同じようにその限界以上にぶち込んでやって

パンクさせればいい筈。

 らぁぁーッ!! 激しい雷光を纏う棍棒を振り上げ、睦月はこの女性型アウターに攻撃を

加えたのだが……。

『むー君、駄目!』

『そいつのエネルギー、もっと別の所に流れてる!』

「!?」

 インカム越しの通信から、海沙の声が聞こえた。自身のコンシェル・ビブリオによる分析

を行いながらの警告だ。

 事実、睦月が得物の棍棒による連打を叩き込んだものの、対する女性型アウターは微動だ

にしていなかった。シュウウウ……と、電撃の余熱こそ上がっていたものの、彼女は敢えて

この攻撃をがっしりと受け止めて自身の肩に引き寄せ──より至近距離で睦月のエネルギー

を奪おうと目論んでいた。

『離れるんだ、睦月! それでは奴の思う壺だ!』

 司令室コンソールの皆人も続けて叫ぶ。こちらでもリアルタイムで、敵の能力を解析しようと試みて

いる。確かに奪われたエネルギーの流れは、単純にこの個体自身に流れている訳ではないよ

うだった。ただの吸収ではなく、何処かへ転送されている……?

『青野、エネルギーの流出先を! こいつ自身の弱点は、もっと別の場所にあるのかもしれ

ない!』

 了解だよ! 通信越しに皆人は海沙や他の仲間達とやり取り・指示を飛ばし、少なからず

焦りながら、再び正面のディスプレイ群を仰いだ。画面にはジィブラフォームの過出力が効

かないこのアウターに驚き、動きを止めてしまっている睦月の姿が映っている。

「睦月君!」

 冴島が、ノイズの走るジークフリートに鞭打ってこれを救い出そうとした。だが決死の覚

悟で飛び掛かっていったその実体と炎剣は、文字通りこの吸収能力を前にして遂に消し飛ば

されてしまう。召喚が強制解除された反動で、調律リアナイザを握る冴島の手と身体が大き

く弾かれた。よろめいた。

『……拙いな。いきなり主戦力でぶつかったのが、逆に不利になったか……』

 皆人は眉間に皺を寄せて呟く。ディスプレイ群には召喚を解除され、或いは散々にエネル

ギーを吸われてよろめく睦月の姿が映っていた。或いはこの女性型アウターの、胸元で光る

朱いロザリオがちらついている。

 もしかしてあれが、奴の吸収・転送の要──?

「見つけたぞ。お前が犯人か」

 だがちょうど、その時である。皆人が画面越しに戦いの一部始終を見ていた次の瞬間、現

場の道向こうから聞き覚えのある声が響いた。カツ、カツと靴音と杖を鳴らし、見覚えのあ

る姿が睦月と冴島、女性型アウターの方へと近付いて来る。

「……君は」

「黒斗、さん……?」

 骨と皮ばかりの羊頭を覗かす、黒いローブに身を包んだ一体の怪人。

 藤城淡雪の執事・牧野黒斗ことユートピア・アウターの姿だった。尤も今回は始めから人

間態ではなく、本来の怪人態としての姿である。

 間違えよう筈もない。睦月と冴島がその声に気付き、振り向こうとするのも待たず、彼は

ブゥンッと黒く大きな力場を出現させていた。反動ダメージに尻餅をついていた冴島や、敵

に得物を捉えられたままの睦月を一瞬にして転移させすくいだし、ぺいっと投げ捨てて歩いてゆく。一

方でこの女性型アウターの戸惑い、即座にこちらへと反撃して来ない様子を見遣りながら、

早くもその大よその攻略を掴んだらしかった。

「オ、オ前ハ……! マサカ……?!」

「……能力の射程は、それほど長くはないようだな。あくまで自身を中心とした近距離、私

の三分の一ぐらいといった所か。ならばこの位置から、さっさと済ませてしまおう」

 彼女からすれば、突然の乱入者に戸惑い、尚且つ圧倒的な力量を感じた場面。

 だが当の黒斗は、そんな相手からの誰何に全く耳を貸さなかった。彼女が届かず、こちら

は届く。力場の射程圏内から一度指を鳴らし、一瞬でこれを引き寄せると、次の刹那にはそ

の杖術でボコボコに殴り付けていた。「グアッ!? ゴガッ……?!」吹き飛ばされること

さえ許さず、再び彼の間合いへ。繰り返し繰り返し、そのラバースーツのような身体はあっ

という間に千切れ汚れて、ボロボロになってゆく。

「ガッ、アッ……!? ジャ、邪魔ヲ……スルナッ!!」

「それはこちらの台詞だ。全く、余計な手間を増やしやがって」

『……』

 睦月と冴島、或いは司令室コンソールの皆人達は唖然としている。一度は散々にエネルギーを吸われ

てしまったが、思いもよらぬ援軍が駆け付けてくれた。理由はまだ確定ではないが、彼の実

力を睦月達はよく知っている。

「何だか、よく分かんないけど……」

『今がチャンスですよ! あいつと三対一なら、或いは……!』

 ともかく、この機を逃す手はない。睦月と冴島はパンドラにせっつかれるようにして再び

立ち上がった。一方的になぶられる女性型アウターに止めを刺すべく、これに加わろうと地

面を蹴る。

「ッ──!」

 しかし次の瞬間、二人が近付いて来る気配に黒斗が一瞬横目をやった隙を縫い、この女性

型のアウターは光る大量の羽根──チャフをばら撒いて姿を消してしまったのだった。迎撃

よりも逃走を選んだようだ。反応からして、自ら現出を切るなどしたらしい。

「……逃げられたか」

 思わず手で庇を作り、しかし数拍後にはそれが目くらましだと解った二人の姿を、怪人態

の黒斗は特段責めるでもなくじっと一瞥するだけで捉えていた。寧ろ刹那の隙を見て逃走に

転じた相手を惜しみ、ギュッとその杖を握り直してさえいる。

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