52-(0) 隔った日々を
時は睦月達が、八代もといキャンサーを倒した後の事。白昼堂々、勇はやや遠巻きの位置
から学園を覗いていた。じっと微動だにせず、物陰から半身を覗かせている。
「……」
七波由香を巡る攻防は、同じく彼女を狙う別個体らの襲撃により、当初の思惑から大きく
外れてしまった。延びてしまった。
下調べによると、あの女は一時行方知れずになった後、また保健室登校に戻ったらしい。
ならば同じ場所を──グラウンドに面したあの一室を狙えば、もう一度始末するチャンス
はある筈だ。
(ただ……)
とはいえ一方で、気になることもある。同じく下調べをしていた際、市中の“同胞”達か
ら奇妙な噂を聞いていたからだ。何でも『ここ最近、筧の姿が見えなくなった』とか、或い
は『また同胞が一人、また一人と消えていっている』らしいとか。
少なくとも後者に関しては、今に始まった事じゃない。また守護騎士達が、手当たり次第
に首を突っ込んで狩っているのだろうと思ったが……それにしては奴らの動きに目立ったも
のが見られないのは何故か?
筧兵悟の件も気になる。十中八九、七波由香の方が当人に報せなかったのだろうが、結局
自分が目論んだ策に奴は乗って来なかった。寧ろ後になって知り、彼女と接触して家まで送
ったとみた方が自然だろう。
何か不穏な動き──。そんな情報もあって、勇は再びの襲撃に対して慎重を期していた。
大体もって七波由香の転入とその後の動き自体、守護騎士とその仲間達による“根回し”
である。となれば学園内部にも、工作員の類が居てもおかしくはないだろう。警戒すべき戦
力が潜んでいる可能性は否めない。七波由香一人を殺す。その目的自体は、龍咆騎士のアク
セルでも使えば強行突破できなくもないだろうが……リスクは大きい。こちらが変身した時
点で察知はされるだろうし、今後突きうるチャンスも減る。となると、やはり在宅時を狙っ
た方がいい。
ただそれも、自分が七波沙也香を“始末”したことで、一家の住処として殆ど機能しなく
なってしまった。警戒の兵、当局の人員が今も交替で張っているようだが、当の由香本人は
まともに帰って来てすらいないようなのだ。
(……どいつもこいつも)
俺の邪魔ばかりしやがって。勇は内心ずっと、怒りや焦りが綯い交ぜになったその感情に
苛立ちを覚え続けていた。苛立っている自分自身にも、しばしば害意を向けたくて仕方ない
時があった。
どうしてだ? お前は何故、俺という“仇”に反撃しようとさえしない? 自ら向かって
来ることすら選ばない? どのみち俺もお前も、今更「普通」の「日常」には戻れない筈だ
ろうが。自分の意思で茨の道を選んだのだろうが。何を呑気に、奴らが設えた安寧の中に閉
じ籠もっていやがる……。
(それにしても。妙に浮付いてるな。何かあったっけか?)
少なくとも当の標的、向こうから積極的に動こうという様子は無さそうだった。一方で先
ほどから覗いている学園の敷地内では、あちこちでトンカンと工作の音が聞こえる。屋台ら
しき木組みを運んでいる生徒達の姿が見える。
(……そうか。そう言えばそろそろ、文武祭の時期だったな)
だからこそ勇も、ややあってその理由に気付き出して。自身も前年と前々年、いち学生と
して玄武台のそれに関わっていたからだ。祭りの準備をしながら、当時まだ中等部生だった
弟・優との記憶が蘇る。
『へえ、凄いなあ……。話には聞いていたけど、そんなに大きなお祭りなんだ?』
『ああ。玄武台だけじゃなく、飛鳥崎中の学校が集まるからな。先輩に聞いても随分盛り上
がってたみたいだぜ? まぁうちは基本、スポーツ系の大会になっちまうんだろうけど……』
記憶の中の弟は、そうやってニコニコと笑っていた。まだ野球部に入る前、進学先の高校
すら決まっていなかった頃だ。思えばあの時もっと、あいつに合った学校を見つけてやれて
いれば、あんな死に方はしなかったのかもしれない。元々お世辞にも、バリバリの体育会系
という訳ではなかったのだから。
『それでも、だよ。いいなあ。僕も参加したいなあ……』
『はは。お前も進級すれば、クラスでやるだろうさ。それまでのお楽しみだな?』
只々家から近かったから。選んだ理由は先ずそこからで。
でも根っこの優しかったあいつには、スポ根という名の閉鎖的なセカイは合わなかった。
奴らの秩序と自らの良心、さぞ辛かっただろう。俺達もあんな最期になるとは考えもしなか
った。あいつの平穏な日々と笑顔を、奴らは平気で奪いやがった。悪いのはさも、そこに小
さくとも疑問を呈した弟の方だと、反省すらしなかった……。
「──」
要らぬ感傷だな。
されど勇はすぐに、そんな過去の記憶から意識を現在に戻すと、再び敷地内の様子に集中
し始めた。だってもう……あの頃には戻れないのだから。殺した者、殺された者。本当の意
味で“取り返しのつかない”ということを、彼は否応なしに知っている。
かつての平穏だった頃の記憶。同時に自分達を置き去りにしてでも、こうして現在進行形
で前へと進んでゆくばかりな、歳月というものの無慈悲さ。無常さ。
状況としては、依然として宜しくはない。文武際の準備が本格化すれば、今以上に七波由
香をピンポイントで狙い討つのは難しくなるだろう。
それでも──勇はやるしかなかった。
七波由香と筧兵悟、そして守護騎士。彼女らを殺す、これまでのけじめをつけるしか、も
う残された道は無かったのだから。




