51-(6) 経過観察
見も知らぬ男からの贈り物に最初こそ警戒したが、目の前に示された欲望に対して二人は
正直だった。
彼から受け取ったのは、短銃型のツール・リアナイザ。及びその本体であるコンシェル込
みのデバイス二対分。
勿論の事ながら、これがAR技術を駆使したゲームであることさえ、長らく貧民区で暮ら
してきた二人は知らなかった。加えて男がその技術を悪用し、怪物達の苗床として改造を施
した代物であることも。
『願イヲ言エ』
『何デモ一ツ、我々ガ叶エテヤロウ』
かくして兄弟は力を得た。
兄・剛はその野心に溢れた欲望から、触れた対象を自らの“所有物”へと変える能力、後
の盗賊の怪人を。弟・望はその底無しの食欲から、あらゆるものを喰らって力とする能力、
後の悪食の怪人を。
大人達の──奴らの握っている全てが欲しい。奪い取られ、飢える自らを満たしたい。
やがて二人はそんな各々の相棒を引き連れ、貧民区内の敵対勢力を次々に打ち破るように
なった。同年代の少年少女達を中心としたメンバーと共に、倒した彼らを手当たり次第にそ
の傘下へと組み込んでいったのだった。
『行くぜ、相棒! 一人残らず奪い尽せ!』
『どんどん食べちゃって~。僕もそろそろ、お腹空いたし~』
間違いなく、周囲の人間達にとってそのさまは悪夢そのものだっただろう。何せそれまで
路傍の石に過ぎなかった葦田兄弟が、見知らぬ短銃らしき代物を片手に、得体の知れない怪
物どもを従え始めたのだから。
一つ、二つ。日を追う毎に彼らの勢力圏は増えてゆく。
怪人達自身の戦闘能力は勿論の事ながら、特にローグが“所有物”とした少年少女達も非
常に厄介だった。彼らは皆総じて目が虚ろで、しかしいざ兄弟に攻撃を加えようとするなら
ば、文字通りその身を盾にして襲い掛かってくるのである。
兄・剛本人も、最早そのことに疑問を抱いている様子はなかった。今まで散々足蹴にして
きた者達への復讐に比べれば、今更人一人の命など安いといった所か。
弟・望も、自身の相棒──フィードの恩恵をたっぷりと受けていた。元々鈍臭く、兄ほど
積極的に喧嘩をしてこなかった彼も、この怪人に食わせた他人からもたらされる満腹感の虜
になっていたのだ。かの大顎の巨体が喰らい、吸収したエネルギーは、少なからず彼の胃袋
へと流れてゆく仕組みらしい。
『ひいっ! ひいィィッ!?』
『無理だ……勝てる訳がない。こんな、こんな化け物相手にっ!!』
『お前ら逃げろ、喰われるぞ!! あいつらはもう……正気じゃねえ!!』
『どっ、どうすりゃあ……? どうすりゃあ!?』
『け、警察を呼ぶか? それとも軍隊か?』
『馬鹿野郎、ここは飛鳥崎の掃き溜めだぞ? 奴らが助けてくれる訳ねえだろ』
『大体軍隊でも、あいつらに勝てるか怪しいモンだ。相手は正真正銘の化けモンだぞ?』
『もうお終いだあ……。この地区はもう滅びるんだあ……』
ボロボロになりながら逃げ惑い、或いは八つ裂きにされ、巨体の胃袋の中に消えてゆく仲
間を目の当たりにしながら絶望する住人達。
その口から漏れるのは、とうに反感や怒りではなく、怨嗟だった。一つまた一つ、突発的
に襲ってくる兄弟と二体の怪人、及びその“肉壁”達を前に、彼らは只々蹂躙される以外の
選択肢を持たない。元より生き地獄・無法地帯だった貧民区は、次第に文字通りの地獄絵図
へと変わっていった。ただでさえ朽ちかけた街並みが破壊され、燃え盛る火の中で住人達が
倒れ伏している。
『止まれ、止まれェェェ!!』
『撃つぞ!? それ以上こちらに進めば、本当に撃つッ!!』
事態はそこから更に悪化してゆくことになった。葦田兄弟とその一派は、自分達がかつて
暮らしていた貧民区を制圧するだけでは飽き足らず、隣接する区外の食料品店や市場、銀行
や貴金属店といった箇所を襲撃。やがて当局の治安部隊とも衝突するようになったのだ。
だが当時の武装人員らをしても、兄弟が操る二体の怪人達を止めることは出来なかった。
最初“人の盾”が展開されているのを見て攻撃を躊躇し、そこから一挙に突き崩されたとい
うのも大きい。『オァァァァァァーッ!!』銃弾すらその素早さで掻い潜り、刹那短剣の切
っ先が隊員達をバラバラにする。或いは当たってもまともなダメージにすらならず、大きく
開かれたその口に噛み砕かれて死んでいった。
(イケる……これならイケる。俺達は最強になったんだ! もう誰も、俺達を邪魔すること
はできねえ!)
二人は耽溺した。この力、この不思議な短銃さえあれば、自分達は何だってできる。この
世の全てだって、手に入れることができる。
『いくぜ、野郎ども! 次は一個南の地区の金庫だ!』
『オーッ!!』
(はあ~……美味しかった。次は何を食べよっかな……??)
進撃は止まらない。復讐と満腹を。生まれてからずっと充たされてこなかった兄弟が、得
られるようになったその反動は、ゆっくりながらしかし着実に彼ら自身を蝕んでいった。
『──』
嬉々として“部下”を引き連れ、破壊された街並みを往く。
その背後、半ば瓦礫となった物陰から、一体の鉄仮面の怪人の眼がじっと注がれていたこ
とにも気付かず。




