表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-51.Brothers/其の始まり、此の始まり
392/526

51-(4) 彼女の変質

「──駄目に決まっているだろう? 周りの状況と心証を考えろ」

 時を前後し、学園コクガク保健室。

 豊川先生は旧友でもある光村を訪ね、密かに由香を文武祭のクラス出店に参加させようと

していた。

 尤も結果は……見ての通りである。

「ええーっ、何で!? 七波さんにとっても、絶好の復帰機会チャンスなのよ? 彼女だってクラス

の一員には違いないんだから!」

「……親身になるのは美徳だけどね。っていうか、あんた私の話聞いてた? どう考えたっ

て他の子達が気まずくなるでしょうが。あの子の場合はただでさえ、他のケースとは経緯が

違うんだからね?」

 どうやらクラスのホームルームでは、出し物に“喫茶店”をやろうという結論になったよ

うだ。同じ飲食系でも、ただの屋台ではつまらないと考えたらしい。

(まあ、気持ちは分からなくもないんだけどね……)

 とにかく、今はまだ拙い──如何せん情に絆され易いこの友人兼同僚に、光村は念を押し

て言い含めた。クラスの面々や周囲の関係者達の中に在る、先の襲撃騒ぎや拉致事件の記憶

と悪感情。そのほとぼりが冷めるまで待つべきだと。

「でも……」

「でも、じゃない。長い目で見ればその方が、あの子の為にもなると思わないか?」

 結局最後の最後まで彼女は渋っていたが……光村は敢えてピシャリと封じ込める。流石に

職業柄、独断で文武祭本番に引っ張ってくるような真似はしないだろうが、万一下手を打た

れれば困るのは対策チームこっちだ。これ以上、事態を悪化させる訳にはいかない。

(それに……)

 加えて光村自身、先日から妙に引っ掛かっていることがあった。七波沙也香の拉致・殺害

事件の後、いや、正確には一度リアナイザ隊から逃げた後、筧兵悟経由で自宅に戻って来て

からの当人の変化だ。

 一見すれば以前と、さほど大きな変化があるようには見えない。寧ろ母親を失ったことで

激しく憔悴したっておかしくはない筈なのに、実際は妙に保健室ここでの自学自習に熱心だった。

まるで逆張りのように己を鼓舞している節さえあった。

 だからこそ、そんな彼女の気丈を、光村は素直には喜べない。自身の経験が告げている。

直感が警戒するよう口煩くなっている。

 逃走から帰還までの間に、間違いなく“何か”があった──。

「大丈夫です」

「私、参加しますでます

 だがちょうどそんな時だったのだ。豊川と光村、二人が話していた保健室に、突如として

当の由香本人がドアを開けて入って来たのだった。「七波さん!?」驚いて振り返る旧友と

同じく、光村も思わず目を見開いていた。手には真新しい学園コクガクの指定鞄を提げている。

 と、いうことは……。

「あ……貴女。帰った筈じゃあ……?」

「はい。でも途中で豊川先生が、こっちに歩いてゆくのが見えたから……」

 面持ちを気持ちくしゃりと。光村は内心、自らの詰めの甘さを悔いた。

 しまった。油断した。どうやら扉の向こうで聞き耳を立てていたと見える。気配を探るの

もそうだが、少なくとも本人に聞かせるべき話じゃなかった……。

「私も参加します。いつまでも、逃げたままじゃあいられないから」

「七波ちゃん……」

「……」

 はたしてそれは、決意表明。

 当の由香から発せられたその一言に、二人は大いに衝撃を受けていたものの、次の瞬間に

みせた反応は実に対照的だった。豊川先生はぶわっ! と、にわかに涙を零して勢いよくこ

れに抱き付き、一方で光村は眉間に皺を寄せたまま、その場に立ち尽くしている。

「偉い! 偉いよ、七波ちゃん! よく言ってくれた! 一緒に頑張ろうねっ?」

 よーしよーし。よしよし。さも愛犬を可愛がるかのように繰り返し撫で回し、ポンポンと

軽く彼女の背中を擦ってあげる豊川。対する由香も「……はい」と小さな声ではあったもの

の、確かにそう答えていた。物理的にも精神的にもやや距離を置いたままで、光村はただじ

っとそんな二人の様子を見つめていた。

(……一体全体、どういう風の吹き回し?)

 予想外も予想外な返事。ある種の覚悟と言うべき類。

 光村は正直戸惑っていた。同時に、それまで彼女に対して抱いていた密かな訝しみを、よ

り一層強くせざるを得なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ