6-(1) 敗北
『睦月!』
画面の向こうが爆風でいっぱいになった瞬間、司令室の皆人達はその光景をすぐには受け
入れられず呆然としていた。濛々。酷くどす黒い煙が辺りに満ち、激しく破壊されたモール
の中で男とボマーが立っている。
「……ふん、こんなものか。しかしこの街は一体何があるか分から──ん?」
勝ち誇ったように嗤おうとしたボマーの召喚主。
だが次の瞬間、現れた目の前の光景に、彼のその呟きは途中で遮られてしまう事になる。
「ぅぅ……」
『睦月!?』
『よ、良かった。生きてたのね……』
そこには睦月が立っていた。爆風によって煤けた白亜のパワードスーツを身に纏い、しか
しそれでも肉体が四散する事なく、ギリギリの所でその場に立ち続けている。
皆人が、香月達が驚き、そして安堵した。直後すぐに何故無事だったのかも理解する。
新たに武装を加えていたのだ。睦月はまるで背後遠方にいたであろう人々を庇うように肩
から緋色のマントを引っ掛け、身を守るようにそれを身体に巻いていたのだ。
『マスター、大丈夫ですか?』
「……うん。訓練の時に試してなかったから死んでたね……」
RESIST THE PUMA──美獅のサポートコンシェルである。
彼は爆風に呑まれる直前、この耐熱能力を持つ衣を呼び出して纏い、自らその盾になった
のだ。事実その足元には彼を避けるように黒焦げの跡が広がり、背後には一切その炎禍は及
んでいない。
「っ……」
だがそれは、必ずしも彼自身が無傷であるというロジックにはならない。
ぐらり。次の瞬間、睦月は揺らぎ遠退き始める意識の中、思わず膝をついた。全身に重い
感触が圧し掛かる。爆風自体は防げても、身体に叩き込まれたダメージだけは防ぎ切れなか
ったのだ。
『マスター!? だ、大丈夫ですか! し、しっかりしてください!』
『睦月、今回は退け! これ以上はお前の身体がもたない!』
リアナイザ越しに、通信越しに、パンドラや皆人らからそう指示が飛んでくる。でも……。
睦月は静かに呼吸を荒げながら、じりっとボマーと男の方を見た。
やはり向こうもこちらの様子を注視している。最初こそ男はこの直撃に耐えた事に驚いて
いたようだったが、それでも睦月が最早虫の息だと判ると更なる攻撃を命じようとした。手
をサッと振るい、ボマーに再び肉塊爆弾を作らせようとする。
「──む?」
しかしそんな時だった。ふと彼らと睦月の耳に、遠巻きから幾つものサイレン音が届いた
のだった。穴の空いた壁越しに目を凝らしてみれば、確かにこちらへ向かって何台もの消防
車や警察車両が群れを成して走って来るのが見える。
「……時間を食い過ぎたか。仕方ない。ボマー、退くぞ」
十中八九騒ぎを聞きつけての事だろう。同じ事を考えて、男はチッと小さく舌を打つと言
って踵を返し始めた。ま、待て……。追い縋り、しかしもうフラフラでとてもではないが戦
えない睦月の言葉などは完全に無視している。
「……」
ぎろり。だがただ一度だけ、階段の上の向こう側へと立ち去る間際、彼は間違いなく睦月
を肩越しに睨んでいた。
憎しみに支配された、黒く澱んだ瞳。
ただ睦月とパンドラはその視線にも抗えないまま、程なくして姿を消していく彼らの背中
を見送る事しか出来ない。
「……逃げられちゃったね」
『そんなお身体で言う台詞じゃないですよぉ! 悔しいですけど……命拾いです』
『ああ。俺もパンドラと同感だ。睦月、お前達もすぐにそこから離れろ。当局が来る。顔が
バレない内に離脱するんだ』
「……うん」
苦笑する睦月。だがそれが無理をした笑みだというのは皆痛いほどに分かっていた。
パンドラが主を心配するように、そして己の力不足を悔いる。皆人も一度深呼吸をして乱
れた心を整え、そう急ぎ戻って来るように指示を出す。
ふらふら。すっかりへしゃげた壁に手を当てながら、パワードスーツのままの睦月はゆっく
りと歩き出す。戦いは痛み分けに終わった。
……いや。
辛うじて痛み分けに持ち込めた、というのが正しいのだろう。




