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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-51.Brothers/其の始まり、此の始まり
388/526

51-(0) 越えてでも

 最新鋭のAR技術を駆使した育成型対戦ゲーム・テイムアタック。及びその専用ツールで

ある短銃型装置・リアナイザ。

 一時は巷のコアなゲーマー達を夢中にさせたものの、他でもない製造・販売元たるH&D

本社のリチャードCEOにより、事実上の終焉を迎えた。

 だが……そうして“禁制”の品になったからこそ、人々は考える。水面下で尚蠢く者達が

いる。

 中央署の一件を経て、件のツールが電脳生命体なる怪物達の苗床となり得る旨は、広く知

れ渡るようになった。人によってさほど信を置いてはいないにせよ、政府が公式にその存在

を認めた点も大きいのだろう。要するに関わり合いになれば、碌な事にならないと判ってい

るのだ。

 にも拘らず、一方で彼らは考える。もしそんな人外の力を借りられれば、終ぞ果たせなか

った思いも現実のものとなるのではないだろうか? と。

 何としても──たとえ法や倫理を犯してでも叶えたい願い。それは極論、少なからぬ人々

が抱えているとも言える。問題はそういった良識の枷を、一線を越えて行動してしまえるか

否かなのだから。何も彼らを衝き動かす原動力は、「悪意」故の願いとは限らない……。


「だ、誰かいないのか? 来たぞ! 約束通り、例の物を俺に寄越してくれ!」

 水面下での変化。それはアウター及び改造リアナイザの、一層のアングラ化だった。中央

署の一件以降、それでも件のツールを求める者達は、人知れず“窓口”とされる存在と接触

を図っていたのだった。

 昼間でも薄暗い、街の暗部──雑居ビル群の谷間。

 そこへ独り、おずおずと足を運んで来た一人の青年が、未だ見えぬ取引相手へと呼び掛け

て言う。

「──分かってるよ、そんなデカい声出すな。気付かれるだろうが」

 するとどうだろう。次の瞬間暗がりの一角から、何者かの声が返ってきた。青年が思わず

ハッとなって振り向くと、そこには荒くれ風の男と酷い肥満の大男が立っている。良くも悪

くも目を見張る二人分の人影が、気付けば音もなくこちらへと歩いてくる。

「ようゴゾ。あんたは正直者で……幸運だァ」

 言わずもがな、人間態のグリードとグラトニーだった。“蝕卓ファミリー”七席にして、かねてより

改造リアナイザの売人を務めている二人組である。喉まで肉に塗れたグラトニーが決め台詞

のように、舌っ足らずな口調で言う。

 ほらよ。そして青年へと十分近付くよりも前に、グリードが手にしていた改造リアナイザ

を一つ、彼へと放り投げた。それが自分の求めていた品だと知り、一瞬慌てつつも咄嗟の反

応でキャッチ。両手に包み込んで受け取る。

「こ、これが……苗床のリアイナイザ」

 何より呟くその目には、確かに動揺と一抹の興奮が滲んでいた。

「おうよ。じゃあ確かに渡したぜ? 精々上手くやるこった」

「頑張ってネー」

 禁制の闇取引。だが人々がそれらを求める際、彼らは別段金銭を要求したりはしない。既

に知る者は知っているように、彼らの目的はあくまで苗床の──アウターこと電脳生命体の

増殖にあるからだ。ヒトの欲望、負の感情に付け込み、その個体数を増やす。同胞達の進化

を促す……。

 荒くれ風の男と、肥満の大男。グリードとグラトニーは引き続き言った。

 同じくこれも、予め取り決めた台詞であるかのように。既に青年に対して半ば興味と用件

を失い、ヒラヒラと片手を振って、暗がりの中へと再び踵を返しながら。

「引き金をひけ。そうすりゃあ……お前の願いは叶う」

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