50-(7) 止マラナイ
「──“ゆっくり”にさせられて動けなくなったあ?」
事件は、そんな激戦を終えた後に聞かされた。
睦月と仁が司令室に戻って来るのを待ち、対策チームの面々を集めた皆人は改めて報告す
る。先日、筧の監視と警護を任されていた冴島隊の半数ほどが、何故か当初よりも大きく離
れた路地裏の一角で見つかったのだという。
何より奇妙だったのは……その際、冴島達が目撃した光景。
この部下達、隊の同胞らが、何故か文字通りスローモーションでも掛けられたかのように
酷く緩慢な動きに囚われていたのだ。
「……何それ? どういうこと?」
「実際に見て貰えば分かる。出してくれ」
仁と共々、数拍目を瞬いてから、思わず訊ね返す睦月。
皆人もそんな面々の反応は想定済みだったようだ。すぐに制御卓に着いている職員達に指
示を出し、司令室内のとある部屋の様子を映させる。
「これは……大医務室だね」
「うん。前にも何度か使われてたっけ。あたし達もお世話になってるし」
「なあ、これって本当にマジなのか? 俺達を騙す為の芝居とかじゃあ……ねえよな?」
「何で三条達がそんなことするんだよ? 理由がねえだろ。理由が」
「残念ながら、事実だよ。正直僕達にも、一体何があったのか判然としない状況でね……」
中央のディスプレイ群に映し出されていたのは、人数分の寝台に寝かされた冴島隊B班の
面々だった。こちらから見ても判るほどに、彼らは皆確かに“ゆっくり”とした動きでもが
いているように見えた。室内で対応している医務要員らと同様、この場に出席した冴島自身
も困惑の表情を浮かべている。
睦月やパンドラも、同じく頭に浮かぶのは只々疑問符ばかりだった。
「何でまた……? 次から次に……」
『じゃあ筧刑事は今どうしてるんですか? 結局皆さんがああなって、逃げられたままなん
ですか?』
「ああ。そこなんだよ。こんな真似、十中八九アウターの仕業なんだろうが……いまいちそ
の理由が分からない」
「? 理由?」
「目的……と言った方が解り易いな。疑問点は二つ。もし犯人が始めから彼らを狙って襲撃
したのなら、何故こんな中途半端な効力を選んだのか? 確かにその動きを封じはしたが、
殺めた訳ではない。効力がいつまで続くとも限らない以上、どうしても一時的なものに過ぎ
ないんだ。もう一つはさっきパンドラも言ったように、筧刑事の行方だ。仮に犯人の目的が
同じくアウターを嗅ぎ回る者達の口封じなら、何故彼だけが現場から見つからなかったのか
説明がつかない。説得力が弱い」
自身もまだ、色々と情報を整理している段階なのだろう。皆人は一つ二つと順番に指を立
てながら、それらを睦月達と共有するように語り始める。「確かに……」海沙や宙、仁以下
旧電脳研メンバーや他隊の隊士達も、誰からともなく互いの顔を見合わせては首を捻る。
何とも不可解だった。状況からして、ただ単純にB班の面々を襲ったとは考え難い。
となると、やはり時間稼ぎの線が濃厚か? 何かを隠そうと? いや、それならそもそも
不都合な人間ごと消してしまった方が確実ではないのか? 由良を含め、これまで奴らがそ
うしてきたように……。
「……とにかく、今萬波主任や香月博士達に、何とかあの効力を解除させられないか試して
貰っている。彼らが満足に動けるようになり次第、詳しい話が訊けるだろう。その前に、皆
に話しておきたかった」
さりとて、この問題に現状大きな進展は見込めそうにはない。皆人はただ集まった睦月達
にそんな異変が起こったことだけは報告を済ませ、話題を別のそれへと切り替えた。即ちつ
い先刻まで睦月と仁が戦い、そして斃した、キャンサーについてである。
「八代直也はやはり、奴に使い潰されたようだ。それでも当の彼自身が抱いていた妄念をも
受け継いでしまったことで、大江を狙い続けた……。敵は必ずしも“新規”の存在とは限ら
ない。今回それが証明されてしまった訳だな」
『……』
正直、暗澹とした気持だった。司令官たる皆人にそう改めて振り返られ、睦月達は思わず
口を噤んだまま押し黙る。
理解はしていた筈なのに。
アウターを斃したからはいお終い、とはやはりならないのだ。
「筧刑事は先日より、かつての召喚主──元被害者ないし加害者を巡る旅をしていたと聞い
ている。自覚は無かったんだろうが、その実彼の歩みは的を射ていたのかもしれないな」
ネット空間に行き交う膨大な量の情報、玉石混合な人々の声。
それらは日々忙しなく表れては消され、表れては消されを繰り返すものだったが……その
中に幾つか、核心に迫るものがあった。先の中央署の一件、正面広場に舞台を移して撮られ
た各種映像記録の一部に、人々が次第に反応を寄せ始めていたのだ。
一つは音声。声の記録。
守護騎士と思われる、浮世離れしたパワードスーツ姿の人物から放たれていたのは、少々
くぐもった少年の声。
知らない者は知らないが、知っている者は知っていた。更にもう一つ、何よりもこの時彼
と共に戦っていたコンシェル達──仲間と思しきその姿形と声に、覚えがあるとの証言を寄
せる者達が現れ始めていたのである。
『ああ、知ってるよ。何度か対戦したことがある。もしTAの中身と、同じ人間が使ってい
ればの話だが……』
良くも悪くも、ネット空間という広さと狭さ。
彼らの多くは元々、件の人物達とゲームを通じて交友があった。各種サルベージされた情
報群から、その正体に勘付いてしまった者達だった。
『──大江仁の、グレートデュークだ』
『天ヶ洲宙の、Mr.カノンだ』
『同じ学園の……同じ部活の奴らだよ』
-Episode END-




