50-(6) 超竜換装
「!? 守護騎士……ッ!!」
「さ、佐原。まさかお前……」
思いもしなかった人物の救援に、キャンサーと仁、それぞれが目を見開いて驚いていた。
背後で追いついて来たデュークが、鎧騎士姿に戻って着地する。
つい先日の出来事がどうしても記憶にあるものだから、二人は共に警戒していた。同じ事
が再び繰り返されるのではないかと危惧した。
何でお前が? 回復が終わって駆け付けて来たってのか?
いや、だからってそれは拙いだろう。未だそいつは……。
「馬鹿野郎! 止めろ! また暴走しちまうぞ!」
「──大丈夫。もう“原因”は潰してきたから」
『えっ?』
にも拘らずである。次の瞬間、睦月は何故か“落ち着いた声色”で応えてきたのだった。
仁もキャンサーも、声を揃えて言葉を途切れさせる。
紫のパワードスーツの下で、笑みさえ零しているような姿が想像できた。少なくともあの
時のような、理性を失った暴走状態ではなくなっているらしい。
『──じゃあ、召喚するよ』
時は少し遡って、司令室。ある程度動けるぐらいまで回復した睦月は、皆人達に頼んで併
設の訓練空間を使わせて貰っていた。丈夫な硝子壁越しに母・香月を含めた面々が、心配そ
うに見守っている。『や、やっぱり止めておいた方が……』通信からそう再三の制止が試み
られたが、当人の意志は固い。
『は、はい。いつでもオッケーです。……危なくなったら、こちらで強制封印しますからね?』
手に握るEXリアナイザの中で、パンドラが言った。皆人や香月、萬波ら壁向こうの面々
と同様、彼女も主たる睦月を心配している。言葉なくコクリと、彼は静かな笑みを返して頷
いた。
『SUMMON』
『GRAVITY THE CROCODILE』
召喚したのは、他でもないクロコダイル・コンシェル本人だった。今度は強化換装のいち
パーツとしてではなく、自らと向き合う為に。
EXリアナイザの銃口から、紫の光球として飛び出してきた彼は、何時ぞやの夢の時と同
じく無骨な大剣を肩に担いでいた。二足歩行の鰐型の怪人──自身を直接召喚してきた睦月
を見て、ニヤリと邪悪な嗤いを浮かべる。
『おうおうおう! この俺様をご指名かあ? 一体何の用だあ? ……ってのは茶番だな。
俺もそん中で聞いてたからな。この俺を、改めて従えようとは』
ピッと大剣の切っ先を向け、睦月の握るEXリアナイザを指し示すクロコダイル。
それが今回、彼を直接呼び出した理由だった。睦月としてはドラグーンフォームの能力、
その中核を担うこのコンシェルに真意を問い、協力してくれるよう説得する心算だった。皆
人や香月達は、あまりに無謀だと止めたのだが……。
『従えるとか従わされるとか、そういう話じゃないんだけどね。ただ先ずはどうして、君が
そこまで“暴走”してしまうのか訊きたかったんだ』
『はっ……! 前々から思ってはいたが、とんだお坊ちゃんだな。理由なんざ決まってる。
自由が欲しいからだよ! 俺達だって生きてるんだ、意思がある! 調律だの何だので縛る
なってんだ! お前らの都合で使われるなんて、まっぴらごめんなんだよ!!』
両手を大きく広げ、ここぞと言わんばかりに主張。クロコダイルはその凶暴さを隠そうと
もせずに、訊ねてくる睦月を小馬鹿にさえして叫んだ。硝子壁の向こうでそわそわと、母・
香月や萬波らが成り行きを見守っている。皆人も皆人で、対策チームの司令官として今回の
問答を終結させる必要があった。
『……自由、か。自分勝手と一緒にするなよ。“思うままに振る舞う”ことが、どれだけ罪
深いことなのか、君だって今まで散々見てきた筈じゃないか!』
ただ激しく主張──感情を昂らせたのは、睦月とて同じだった。これまでのアウター達と
の戦いを踏まえ、誰よりもその弊害と果ての悲劇を知っている心算だった。
『自分さえよければいい。そんな考えがあることで、そんな考えで行動することで、これま
でどれだけ多くの人達を巻き込んだと思ってる? 傷付けたと思ってる!? ……認める訳
にはいかない。君達と同じコンシェルで且つ、あんな“暴走”するような奴らを、解き放つ
訳にはいかない……!』
出来れば“説得”して丸く収めたかった。戦わずに済むならそれに越した事はなかった。
五月蠅え!! だがそんな思惑も、対するクロコダイルが憤怒と共に一蹴したことで、案
の定上手くはいなかった。『やっぱり、力で黙らせるしか……』EXリアナイザを静かに持
ち上げ、睦月は忌々しく呟く。デバイス内のパンドラや皆人達も、避けられない衝突に複雑
な心境であるらしかった。
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
白亜のパワードスーツ、守護騎士姿になり、睦月は迎撃態勢に入る。大剣を振り上げ、ク
ロコダイルが咆哮を上げつつ迫って来た。剣戟モードを選択し、直前現れたエネルギーの刃
でこれを受け止める。
『ぐっ……!?』
『ふははははははは!! その程度の力で、俺に勝てるとでも思ってたのかよ? 俺達の力
がなきゃあ、ろくにダメージも与えられないような癖してよお!』
ただ最初から、戦況は明らかにこちらが不利だった。大剣と細長めの片刃剣という形状の
問題ではない。備えているパワー、膂力自体が違い過ぎた。クロコダイルにぐいぐいと押さ
れ、睦月は次々に斬撃を打ち込まれる。パワードスーツがその度に、激しく火花を散らして
悲鳴を上げた。
『があっ……!!』
『む、無理です、マスター! コンシェル達を追加してください! 私のベースフォームだ
けじゃあ、彼には勝てません!』
『……駄目だ。皆の力を借りるんじゃなく、自分の手をこいつを倒さなきゃ、僕の言葉に説
得力なんか付かないだろう……?』
にも拘らず、睦月は意地でも他のサポートコンシェル達を使おうとはしない。パンドラが
再三進言するが、あくまでそう主張して譲らなかった。斬撃や蹴り、突進を受けつつ何度も
弾かれて、それでも尚クロコダイルを破ろうと立ち向かう。
『睦月!』『睦月君!』
『もういい、止せ! 戦闘を中止しろ!』
ヒャッハァァァーッ!! 鉄塊のような大剣を引っ下げ、クロコダイルが嬉々として追撃
を仕掛けてくる。攻勢を弱めることをしない。
ふらつき、すぐ目の前に刃を大きく振り被る彼の姿が映った。打ち込まれ過ぎて見上げる
反応さえ遅れる中、クロコダイルは容赦なくその一撃を叩き下ろした。『死ねぇぇッ!!』
一際激しく大きな火花が、守護騎士姿の睦月にヒットした。皆人や香月、萬波、硝子壁越し
の面々も蒼褪めた様子でこれを目の当たりにする。
『……あん?』
だが倒れてはいなかったのだ。受けた重量で片膝こそついていたものの、睦月はクロコダ
イルが放ったこの一撃を、文字通り身をもって受け止めていたのだった。振り下ろした格好
のまま、怪訝に動きを止めた一瞬の隙を狙い、睦月はと彼の両手を握られた柄ごと鷲掴みに
する。
『……バカスカ撃ち過ぎだ。もっと考えるんだな』
しまっ──! クロコダイルが危険を感じたものの、もう遅かった。ナックル! 睦月は
自ら至近距離まで相手を踏み込ませると、空いていたもう片方の手でEXリアナイザに武装
をコール。基本装備の中で最も破壊力のある一撃を叩き込む。
銃口を中心としたエネルギー球が、メキメキと浅黒いクロコダイルの身体にめり込みなが
ら、その持ち前の反発力でダメージを植え付けた。慌てて身を捩って回避しようにも、睦月
の側が得物の大剣ごとこちらを捉えてしまっているため、思うように逃げられない。
『アガガガッ!? ガァァァァァァァーッ!!』
無理矢理な力の拮抗。ややあって両者の身体は弾かれ合い、クロコダイルも訓練空間の端
まで大きく吹き飛ぶ。自重と間合いを完全に無視していた猛攻が祟り、壁に叩き付けられた
その姿は明らかにダウンしていた。
たっぷりと十数秒息を整えてから、ボロボロの睦月がゆっくりと彼の下へ歩み寄る。
『……僕の、勝ちだ』
『はあっ、はあっ、はあッ!! 畜生。まさか、こんなモヤシに負けるなんざ……』
硝子壁の向こうでも、皆人や香月達が騒然としていた。互いに顔を見合わせ、まさかの結
果に少なからず驚いているようだった。息を切らしてその場に仰向けになっている、クロコ
ダイルを見下ろして睦月は言う。
『確かに僕一人じゃあ、これからのアウター達には敵わないかもしれない。でも僕と一緒に
いれば、君の鬱憤も“正義”と共に発散できるかもしれないんだよ。少なくとも、それが僕
達対策チームの戦いだから。こんなことをしていてもいい、方便があるんだから』
『……』
クロコダイルは暫く黙っていた。起き上がるでもなく、即座に反論する訳でもなく。
ただじっと、睦月の放った言葉を噛み砕いているかのように見えた。尤もそれはお世辞に
も、清く正しい理念などではなかったが……。
『……いいぜ。そこまで言うんなら力を貸してやる。力ずくで止められちまった手前、分が
あるのはてめぇの方だ。……全くよう。偽善者ぶりやがって……』
乾いた笑い。静かにこれを見下ろしている睦月と、一体どちらが“人間”だと言えるのだ
ろうか? まぁいいさ。暴れられるなら。最後の最後まで、クロコダイルはその悪態を睦月
に向け続けていた。
『だが勝てよ。俺達の力を使っておいて、くたばったら承知しねえぞ──』
『クロコダイル・コンシェルは正式に支配下に置かれた。今度こそ、奴を倒す!』
「勿論。行くよ……パンドラ」
『はいっ!』
かくして戦況は今に至る。復帰の支度を進めていた折、仁のデュークとキャンサーの反応
が現れたため、急ぎ司令室から駆け付けて来たという訳だ。通信越しの皆人達の声に、睦月
はあくまで物静かなテンション。EXリアナイザ内のパンドラも油断なく、一度は逃げられ
たこの相手と対峙する。
「チッ……あの時とは違うって訳か。だがどうする? 見ての通り大江は俺の──」
両手の鋏で仁を捉え、睦月とデュークを牽制しようとしたキャンサー。
しかし彼がそう台詞を吐き切る前に、他ならぬ睦月の姿は消えていた。紫の強化換装、ド
ラグーンフォームを真に使いこなせるようになった守護騎士が、気付けばすぐ目の前まで肉
薄していたのである。重量操作の能力を応用し、自身を瞬間的に軽くしていたのだ。
「ごばっ?!」
キャンサーがそう理解した時には、既に遅し。睦月は大剣の柄をピンポイントで彼の顔面
に叩き込み、これを仁から引き離した。盛大に吹き飛ばされて地面に“潜り”つつ転がり、
のたうち回る。デュークが主の手を引いて起き上がらせる隣で、睦月はパワードスーツの下
からキャンサーを睨んでいた。腰のEXリアナイザを引き抜いて持ち上げ、叫ぶ。
「お前は仲間を傷付けた。何より海沙を、再び脅かすのなら容赦しない……。キャンサー、
お前は僕の“敵”だ! チャージ!」
『PUT ON THE ARMS』
頬元に近付けたEXリアナイザから返ってくる電子音声に、睦月は大剣の握り部分に用意
されていたくぼみへこれを嵌め込んだ。大剣やパワードスーツの全身から迸るエネルギーと
共にゆっくりと切っ先を向け、ふらふらと起き上がるキャンサーを狙う。蠢く濃紫の光球が
撃ち出される。
「──ッ!?」
慌てて逃げようとしたが、追尾性もあるそれにキャンサーは逃げられなかった。背を向け
ようとする動作もままならぬ内に捉えられ、光球の中に閉じ込められる。ミシミシと、少し
ずつ小さく縮まり始めていた。それに合わせて彼の全身が、押し潰されるように圧縮されて
ゆく。
「ガッ、アガガガガガガガッ!?!?」
更に睦月は大剣を大きく掲げ、同じく濃紫のエネルギーを纏わせ始めた。重力波を上乗せ
した巨大な斬撃である。これを睦月は、続けて駄目押しと言わんばかりに叩き付けた。二度
三度と、振り抜く勢いも活かして止めを打ち込み、はたしてキャンサーの身体は断末魔の叫
びと共に爆発四散したのであった。
「……すげぇ」
デュークの突撃槍さえ通らなかった甲羅も、枯葉を踏み潰すように容易く。
この必殺の一撃に居合わせた仁は、唖然として上がった爆風を見ていた。通信越し、戦い
の一部始終を見守っていた司令室の皆人達も、ようやく破顔して互いにハイタッチなどの歓
喜をみせる。
『──』
どうっと、ややあって変身解除した睦月はその場に倒れ込んだ。ただで消耗の激しい強化
換装を、病み上がりの身体で使ったのだ。
それでも……地面に頬をつけたその表情は、何処か穏やかに微笑ってさえいたかのように
も見えた。




