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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-50.Madness/捻じ伏せる、力
385/526

50-(5) 仁の誤算

 散々飲んで、食べて笑って。

 宴会もお開きになり、仁は『ばーりとぅ堂』を後にしていた。旧電脳研メンバーの隊士達

とも一人また一人と道中で別れ、淡い月明かりの下、独り帰宅の途に就く。

「……ふぅ」

 暴動状態で被ったダメージ回復の為、佐原が出張れないこの数日の間、自分達は陰山隊と

交替しつつ海沙さん(と天ヶ洲)を守ってきた。なるべく近くに居ようとしてきた。

 とはいえ、二十四時間ずっとは流石に二人のご両親に怪しまれるし、何より秘密──アウ

ターどもと戦っているのが、他でもない自分達だと知られる訳にはいかない。

 先ずは攻めさせないことだ。俺達が居ると警戒されることだ。

 キャンサーもとい八代は、また海沙さんを狙ってくるかもしれない。あの時は散々迷惑を

掛けてしまったが……今は違う。奴が再び現れた事、その執念を知り、隊の皆も全面的に協

力してくれている。今度こそ、守ってみせる……。

(八代……)

 一方で仁は思っていた。当の本人は死んだらしいというのに、何故自分達は尚も奴の陰に

怯えなければならないのか?

 あいつを一人排除パージしたから? いや、そもそも切欠は本人の自業自得な訳で。海沙さんの

ファンとして、許されぬ事をやらかしたのだから。

 確かに結果、あの事件を境に、自分達は彼女と“お近付き”になれたものの……。

「──よう」

「!?」

 ちょうど、そんな時だったのだ。どうにも釈然としない、未だ自分の中で割り切れない思

いが残っている事に苦しみながら歩く仁の行く手に、スッと八代──人間態のキャンサーが

姿を見せたのだ。

 思わず足を止めて、身体を強張らせる。懐の調律リアナイザに手を掛ける。

 何で奴が此処に? いや、俺達を狙っているのは分かっていたが、何故海沙さんではなく

こっちに……?

「待ってたぜ。てめぇが一人になるこの時をよお」

 だがその内心で渦巻いた疑問は、他でもないキャンサー自身が答えてくれた。暗くギラつ

いた憎悪の眼差しでこちらを睨み付け、彼は人気のない夜の住宅街に咆える。

「何で……」

「何で? はっ! そうかよそうかよ。やっぱりてめぇはいけ好かねえ野郎なんだな……。

煩ぇんだよ、頭の中でガンガン響いて煩ぇんだよ! こいつの──原典オリジナルの八代直也は俺にと

っちゃ、あくまで進化する為の“餌”でしかなかったんだ。なのに今もしつこく、お前が憎

い、お前が憎いって呟いてきやがる……!!」

 そう吐き捨てながら、人間態の髪を掻き毟るキャンサー。仁はそこでようやく、自分が大

変な思い違いをしていたことに気付かされたのだった。

 確かに奴の召喚主は八代だが、奴は八代自身ではない。今までが割とそういうケースが多

かったため、すっかりその前提で考えてしまっていたが……召喚主の意志や思考を、彼らが

丸々受け継ぐとは限らないのだ。

 つまり奴が自分達の前に現れたのは、自分達を狙うようになった理由は──自身の抹殺。

海沙さんではなく、他ならぬ。

 召喚主オリジナルが元々願っていたであろう海沙を手に入れるという欲望は、実体化を果たしたキャ

ンサー自身によって、かつて彼を阻んだ自分達への恨みとして変貌していたのである。

「てめぇさえ始末すれば、俺は本当の意味で自由になれる!! 自由になれるんだ!!」

「……くっ!」

 デジタル記号の光に包まれ、本来の怪人態となるキャンサー。

 大きく跳躍してくる彼に対し、仁も自身の調律リアナイザからグレートデュークを召喚す

ると、臨戦態勢を取る。

 初撃はデュークに引っ張って貰いながら大きく横に跳び、相手の“潜行”を回避した。し

かしそれでも状況は一切改善していない。寧ろこれから──どうすれば奴の猛攻、向けられ

る剥き出しの殺意を止めることが出来るのか?

 とにかく何につけても……場所が悪過ぎる。住宅と住宅に挟まれた通り道、家屋や塀とい

った遮蔽物だらけの此処一帯では、奴の“潜る”能力は最大限に活かされてしまう。

 四方八方、足元を含めたあちこちから浮上して来るように強襲をし、すぐに壁の中へと隠

れてしまうキャンサーに、仁とデュークはまたしても苦戦を強いられた。「ちぃッ……!」

堅い防御で何とか致命傷だけは防ぎながらも、反撃すらままならぬ二人には逃げの一手しか

なかった。

 とにかく場所を移さなければならない。

 少しでも、少しでも海沙さんや、皆のいる場所から遠くへ……。

「はあっ、はあっ、はあッ!!」

 そうして仁が逃れたのは、住宅街を少し抜けた先にある公園だった。時間帯もあって、ぽ

つんと遊具が点在している他は人影はない。敷地もそこそこに広く、先程に比べれば自身を

囲む遮蔽物も大きく減っている。

「よしっ、ここなら……! デューク!!」

 するとどうだろう。仁は肩で息をする暇も惜しみ、自身のコンシェルに足元の地面を攻撃

させたのだった。ガガンッと突撃槍ランスの穂先が円を描くように土埃を舞い上げ、辺りの視界を

曇らせる。

 更にその直後、仁はデュークを鉄白馬形態チャリオットモードに変えて跳躍──自身もろとも大きく空中へと

飛び出した。

「……よし。これで何処から襲って来ても、すぐに判る……」

 先日の初戦の後、皆人からレクチャーされた対抗策だった。防御に厚い分、機動力に劣る

デュークが再びキャンサーに襲われた際、少しでも反撃の体勢を整えられるようにと予め備

えてあったのだ。

 如何せん間に合わせの、付け焼刃の策ではあるが……なるほどと仁は思う。

 これなら奴の飛び出してくる位置も、土煙の変化で逸早く察知することが出来るし、何よ

り遮蔽物のない空中に跳べばこちらへの動線も限られる。

『なるほどな。俺対策か』

『だが俺も、同じように考えてはいたんだぜ? お前を……確実に殺る為になあ!』

 何ッ!? だが仁の取った行動は、結果として自らの首を絞める行為になってしまった。

土煙の中から如何来る? そう眼下にばかり注意を向けていた仁は、肝心のキャンサーが今

何処に潜んでいるかを見落としていたのだ。

「──捕まえた」

「?! くっ、お前、デュークの中に……!!」

 鉄白馬の巨体、チャリオットの表面から、キャンサーはにゅるりと現れた。仁は思わず戦

慄しながら振り向く。盲点だった。こいつ……俺が煙幕を張った瞬間に、デュークの身体ン

中に“潜って”逃れやがった!!

 先読みされていた。空中について来られてちゃあ、逆にこっちが逃げ場がない……。

「落っこちても俺は“潜れば”何とでもなる。だがお前は違うだろう? このまま地面にぶ

ち当たって、挽肉になって死ねぇぇぇぇーッ!!」

「畜……生ォォォォォォォーッ!!」

 動きはさながら、ジャーマンスープレックスの如く。

 キャンサーはチャリオットの巨体から浮上して来るや否や、背後から仁の身体に両腕を回

すと、そのまま地上に向けて飛び降りた。高度と頭を下にされた状態。加速度もついて衝撃

は相当のものとなるだろう。彼の言葉通り地面へと叩き付けられて、このままでは確実に殺

される。

 仁は叫んでいた。悔しさに絶叫していた。

 相手は怪人アウター、こちらは生身の人間。腕力でも適う筈がない。急いでデュークを戻そうとす

るが、間に合わない。そもそも飛行能力がある訳でもない相棒に、どう自分をキャッチさせ

ようというのか? 寧ろ堅固さが災いし、どのみち勢いを殺せずに死ぬんではなかろうか?

(海沙さん、皆……。佐原、三条、陰山……。親父、お袋、姉貴……ごめん……)

 どんどん増してゆく風圧と、近付く自らの死。

 最期が迫るその瞬間、仁はいよいよ覚悟を決めていた。大切な人と仲間達、いつしか疎遠

になってしまった家族の姿が脳裏に浮かび、心の中で詫びの言葉が紡がれ──。

『……??』

 しかしそのときは訪れなかったのだ。ぶつかる! 肌感覚でそう思った刹那、彼の身体はふ

わっと何者かの力に包まれて“浮いて”いたのだった。彼を羽交い締めにして叩き付けよう

としていたキャンサーも、戸惑ったように辺りを見渡している。

『──』

 睦月だった。

 二人の前に現れたのは、見覚えのある紫のパワードスーツ。大剣を肩に担いでこちらに片

掌をかざしつつ立っている、睦月ことドラグーンフォームの姿だったのである。

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