50-(4) 心の振れ幅
「ん~♪ うんめぇ~!!」
「流石はプロだなあ。天ヶ洲お前、毎日こんな美味いモン食ってるのか……?」
ちょうど同じ頃、その日の夜。
海沙や宙、仁以下旧電脳研メンバーの隊士達は、昼間の営業を終えた『ばーりとぅ堂』に
集まっていた。要するに宴会である。
宙の両親たる輝・翔子と、海沙の両親たる定之・亜里沙も加わって、この日皆で会食イベ
ントが開かれていたのだった。普段等間隔に置いてある大テーブルを寄せて、輝が用意して
くれたオードブルを一心不乱に頬張る。
「はは、嬉しいねえ。いい食いっぷりだ。多めに作ってあるからたんと食べな」
「ふふっ。本当、こんなにお友達が増えてるなんて……。出来れば香月さんと睦月君にも食
べて欲しかったけれど」
エプロンを引っ掛けて豪快に笑う輝と、気持ちしんみりとした微笑の翔子。
先日から睦月の姿が見えない、学園も休んでいるのは、ここ暫く忙しさを増す母・香月を
手伝う為。買い出しを含めて、その配達も兼ねて向こうに泊まり込んでいるから──。
言わずもがな、それらは海沙や宙達が彼らについた嘘である。キャンサーとの戦いの後、
今も未だ司令室で休養中の本人の辻褄合わせの為、皆で口裏を合わせた方便だった。
確かにその一環で、このような会食を開いたという面もあるのだが……。
「二人の分は、私達で取っておくわ。また睦月君が戻って来たら、渡しておいてくれる?」
「う、うん。それは構わないけど……」
されど当の両親達は、そんな娘らの報告を怪しむ様子などない。こと香月の職業柄、泊ま
り込みで仕事に没頭しているという例は、これまでも少なくなかった。息子・睦月もそんな
母の背中を見ながら育ってきたからか、構ってくれないとグレるよりは寧ろ積極的にこれを
手伝おうとさえする。良い母子だとの認識がある。
「まあ、無理もないんでしょうけれど。今は香月さん達も大変でしょうし……」
母・亜里沙にそうタッパーを片手に頼まれて、海沙が訥々と承諾する。肉や魚、サラダに
飲み物と、次々に口に放り込んでゆく仁達を甲斐甲斐しく世話しながら、翔子はその苦笑い
を隠せない。
先の中央署の一件を経て、彼女らを含めた市民の間にも、アウターこと電脳生命体の存在
は随分と認知されてきて久しい。だがそれ故に、そんな怪物達の苗床とされる違法改造のリ
アナイザ──ひいてはコンシェルそのものに対し、過度な怖れを抱くという向きも出始めて
いた。コンシェル開発の権威でもある香月にとっては、仕事へのダメージも大きかろう。
「むぐ……。まあ、そうッスね」
「宙。TAだっけか? 当分遊ぶのは控えろよ? この前もそこのお偉いさんが、自主回収
するとか何とか言ってたろ」
「ああ、はい。H&D社ですね」
「分かってるよ~。今は何かと目立っちゃうからねえ……」
「大丈夫ッスよ、親父さん」
「ゲームなら他にもありますから」
もきゅもきゅと料理を頬張りつつ、そう仁や旧電脳研のメンバー達が、輝にそう努めて笑
みと共に言う。「……そっか」数拍間が空いたが、対する彼はまだ正直心配しているようだ
った。無理もない。娘の横で、それまで寡黙に飲んでいた定之が続ける。
「……私達の職場にも、近頃は自分のコンシェルを汎用型にしてくれと頼みに来る市民が増
えた。コンシェル達全てが怪物になる訳ではないが、やはり不安なのだろう」
「うちの部署は、そもそも管轄外なんですけどね……」
あはは。そう呟いた夫の隣で、亜里沙も思わず苦笑いを零す。二人は飛鳥崎市役所に勤め
る公務員だ。なるべくあっさりとした言い方で済ませようとしているが、それだけ人々の間
に、コンシェルへの警戒心が醸成されつつあるのだろう。
「気持ちは分からんでもないがな。ただ流石に、掌を返し過ぎじゃねえかね?」
「独自型イコール、怪物化しかねないというイメージなのだろう。利便性かリスクか。どち
らを取るかの問題だ」
「香月さんって人がいるから、私達も贔屓目に見てるのかもしれないけどねえ……。でも宙
や海沙ちゃんだって、そのゲームがあったからこうして大江君達とも仲良くなれた訳でしょ
う? 部活まで作った訳じゃない。良くも悪くも結局使う人次第だと思うのよねえ……」
酒の勢い、或いは翔子の言うように、香月という共通の隣人・友人が関わっている私情が
多分に影響しているのか。
少なくとも輝達は、巷に広がりつつある空気──偏見には大よそ懐疑的だった。娘達が、
根っこは同じ技術のゲームを通じて交友を深めてきたことにも好意的で、即ちその価値判断
の基本には彼女らが幸福になれるか否かが貫かれている。
但し……実際問題として、先の中央署の一件以来、街は何かと物騒になった。いや、本当
はもっと前々からその兆しは潜んでいたのだろう。原因はどちらにせよ、政府も公式に認め
た例の怪物・電脳生命体とやらにある。
「だけど状況が状況だし、宙も海沙ちゃん達も遊び回るのは程々にね? 睦月君にも、行き
帰りは十分に気を付けてって言っておいて?」
「は、はいっ」
「分かってるよ~。無茶はしないってば~」
そうした話の流れの中、改めて釘を刺してくる翔子、及び身近な大人達。
海沙や宙はそれぞれ、緊張や苦笑でいなしつつ答えていた。仁らもコクッと力強く頷き、
二人を守ってみせると誓う。
「……」
ただそんな中、定之はじっとグラスを片手に黙したまま、密かに彼女らを見つめていた。
尤もこの時は他に誰一人として、その眼差しに気付く事はなかったのだが。




