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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-50.Madness/捻じ伏せる、力
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50-(2) 暗部

 ──俺は以前奴らに敗れ、屈辱を受けることを余儀なくされた。

 あの野郎。俺達と同じ側の人間の癖しやがって、変な正義感で突っかかって来やがって。

あいつが要らない勘を働かせなきゃ、今頃俺は欲しかった女が手に入っていたんだ。もう人

ごみの向こうから指を咥えて見ているだけじゃない、一歩も二歩も進んだ勝ち組に……。

 そんな俺の欲望にぴったりな相棒が倒され、俺自身もポリ公の厄介になった。親父やお袋

も、付き合いのある親戚も、俺のことを穢れの塊のように扱い始め……やがて逃げるように

郊外へ引っ越すことになった。お前のせいで、もう此処では暮らせないんだと。

 ふざけるな。

 要は奴らが勝ったから、良いように俺を追い落としただけじゃないか。

 ……いや、ただ単にそれだけならまだマシだったのかもしれない。勝った奴が大半を分捕

って、負けた奴は残りをひっそりと突いて暮らす。飛鳥崎──あちこちの集積都市やらこの

国は、今やそういう時代だ。割り切ってしまえば新天地でも何とかなる。

 なのにあいつは……しれっと彼女の隣に立っていたんだ。俺だけを除け者にして、自分達

だけが正しいんだと言わんばかりに、いつの間にかお近付きになっていやがったんだ。

 忘れる訳がない。例の中央署の一件の後、ネットに出回った映像に奴らが映っていた。全

員が全員、見覚えのあるパワードスーツ姿だったり、コンシェルだったり。外野には分から

んだろうが、俺にはすぐに奴らだと解った。後々で国のお偉いさんが話していたように、奴

らは文字通り“正義の味方”に祀り上げられていたんだ。元を辿れば同じ力だろうに、俺達

の方だけがさも悪いみたいな風潮で。

 ふざけるな!

 俺はただ……望みを叶えたかっただけだ。近付きたかっただけだ。それを何故、俺じゃな

くてお前らが果たしてやがる? 意味がねぇんだよ。他人に果たして貰っても、俺は全然満

たされねえ。日に日に膨らんでゆくのは寧ろ、煮え滾るような怒りばかりだったんだ。

 だから再び例のリアナイザに手を出したのも、俺にとっては必然の流れですらあった。


『──なるほど。その為に力が欲しい、と……。ならば君にとっておきの方法がある』


 原典オリジナルの記憶はここまでだ。俺達は程なくして、とある人物が率いる一団と相見えることに

なった。八代直也のギラついた欲望を聞き入れた彼は、そうにこやかな笑みを浮かべつつも

そう提案する。

 というのも、俺達はここで“一つになった”だからだ。正直俺自身、原典オリジナルが最期に見た記

憶が混在して分かり辛くなっている。

 ストレージに残っているのは、手術台や機材に囲まれた青白い部屋と、片手だけがプラグ

のようになった彼の姿だった。迸る金色の電流と、全身を無数の粒子に分解された俺達二人

は、気付けば一つの個体になっていた。原典オリジナルの八代直也は消え去り、自分が進化を果たす為

の純粋なエネルギーとなった。痛みは途轍もないものだったが、いざ終わってしまえば呆気

ないという感慨さえあった。

 俺は訊ねた。生身の人間を消してしまってよかったのか? ただでさえ連中は、細かな不

自然一つにもねちねち食らい付いて来る……。

 彼は答えた。問題ない。元よりあの人間は、君を完成させる為の駒でしかないのだから。

 ……ならいいんだが。事実俺の周りには同じように、既に“分解”の進む同胞達が硝子の

向こうに詰められていて──。


「はあっ、はあっ、はあッ、ハアッ……!!」

 仁から睦月、守護騎士ヴァンガードへ。自らへと相対する敵が変わってこれを迎え撃とうとしたキャン

サーは、思いもよらぬ反撃を貰い、息を荒げながら逃走していた。

「畜生、あんな奴聞いてねえぞ……!」

 八代直也──人間態の姿に戻り、苦悶の表情で胸元を押さえながら。

 最初こそ大江仁こと、グレートデュークを相手に一方的な展開を維持していたものの、途

中で現れた守護騎士ヴァンガードに全てをひっくり返されてしまった。

 堅いが重い奴との相性は想定していたが、あの姿は何なんだ……? 聞いた事もないし、

見せて貰った記憶もない。

 重力あれは……拙い。

 何より自分の能力との相性が悪過ぎる。どうやら奴本人も、ろくに制御出来ていないのが

幸いであったが、それがいつまで続くとも限らない。何とか一人に、他の連中と引き離せは

しないものだろうか……?

(うん?)

 ちょうどそんな時である。ふとキャンサーが小走りで進む雑木林の一角から、スッと音も

なく知った人影が姿を現したのだ。

 勇だった。瀬古勇──“蝕卓ファミリー”七席が一人、エンヴィー。シン直属の部下達の中で、唯一

生身の人間という珍しい幹部である。

「おっと……。誰かと思えば、七席の一人じゃないッスか。どうしたんです? こんな枯れ

木ばかりの場所に。俺に何が用でもあるんですか?」

「……あいつに、守護騎士ヴァンガードに手を出すな。あいつは本来、俺の獲物だ。尤もお前自身の標的ターゲット

はまた違うようだが」

 木の陰からそっと現れた勇は、そうたっぷりと間を置いてキャンサーを睨みつつ答える。

彼もキャンサーと同様、七波沙也香の葬儀を遠巻きに見物していたのだ。

 そこへ同じく同胞らしき個体が睦月達を誘き出し、戦っていたさまを確認したからこその

警告だったのだが──。

「へっ。失敗続きの七席様が、あいつを倒せるとでも? 悪いが俺は、あんたの指図は受け

ないぜ? 別にそういう指令が下っている訳じゃあないんだろう?」

 なのにキャンサーは敢えて、そう挑発するように嘲笑いと侮蔑を返した。あくまで淡々と

静かに告げていた勇が、ビキッと眉間の皺を深くして殺気を強める。夜闇が深まりつつある

森の中。互いの間に空いた距離が、そのまま両者の隔たりとなっていた。

「あんたも知ってるんだろう? 中央署の一件以来、あんたとは別の刺客達が何度か放たれ

てる。あの葬式に出てた娘だ。……いいのかねえ? こんな所で油売ってて。そもそも俺は

シンの召集を受けた“あの方”達から生まれた。あんたら七席はもう古いんだよぉ!」

 自身が守護騎士ヴァンガードにボコボコにされ、鬱憤が溜まっていたからなのかもしれない。そんな彼

を、多かれ少なかれ今まで倒せずに放っておいた勇に、キャンサーは逆に恨み節に似た口撃

を送ったのだ。「貴様……!」懐から黒いリアナイザを取り出し、勇も怒りも露わに制裁を

加えようとする。

『DUSTER MODE』

 或いは勇の側も自身への侮辱──以上に、プライドらに見捨てられつつある現状を看破さ

れたと感じたのだろうか。銃底を素早く二度ノックし、生身のまま拳鍔ダスター形態の黒いリアナイ

ザで殴り掛かる。

「おっと……!」

 しかしこれを、キャンサーは咄嗟に大きく後ろに跳んでかわしていた。同時に手近な木陰

へと何度も身を隠しながら距離を取り直し、やがて彼の視界から完全に──すたこらさっさ

と逃げおおせてしまう。

「……チッ」

 一人取り残され、誰にも気付かれぬまま、勇は小さく舌打ちするしかない。

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