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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-50.Madness/捻じ伏せる、力
381/526

50-(1) 暴走の顛末

『やっ──』

『止めろぉぉぉぉぉぉーッ!!』

 七波沙也香の告別式に現れた、かつての召喚主・八代。

 睦月は、その人間態すがたを借りたダイブ・キャンサーから仲間達を逃がすべく、無茶を承知でドラ

グーンフォームに変身を試みたものの……やはり暴走を始めてしまっていた。敵味方を関係

なく重力波に巻き込み、更にはその大剣の刃が仁達へと迫る。

「止めて……むー君っ!」

 だがちょうど、そんな時だったのだ。暴走した睦月の振り下ろす刃、その正面にさも皆を

庇うように割って入った海沙が、自身の呼吸も整わない内から両手を広げて立ち塞がったの

である。

 全身の痛みに鞭打って。掠れながらも絞り出した声で。

 宙や仁、國子、司令室コンソール側の皆人ら他の仲間達も、この彼女の行動に一瞬肝を冷やしたのだ

が……迫る大剣の刃はその顔面ギリギリの所で止まっていたのだ。仲間達は勿論、当の海沙

自身も、思わず目を見開いてこの急に静かになったさまを見つめる。

「──ぅ、あっ」

 震えていた。身を挺して自分を止めようとした幼馴染の姿に、紫のパワードスーツ姿の睦

月が辛うじて反応らしきものを見せたのだった。剣先が震えている。一瞬止まっていた時間

が、次第にミシミシと軋み始め、彼の中の拮抗が露わになる。

「海……沙……?」

『っ!』

 それは紛れもなく、暴走しても尚辛うじて残っていた正気であったのだ。半ば本能、条件

反射的に、大切な人を傷付けまいとしたのだろう。事実この一瞬出来た暴走の隙を、制御を

担うパンドラは見逃さなかった。

『い、今です! システム強制解除!』

 咄嗟の機転。睦月がこの時僅かでにもドラグーンフォームに呑まれていない余地を作って

くれたため、彼女もようやく介入する事が出来たのだった。EXリアナイザ越しからの叫び

と同時に、身長大の光球に包まれて睦月が元の姿に戻る。どうっと、そのまま意識を失って

崩れ落ち、仁達も半ば反射的に彼の下へと駆け出して行った。

「睦月!」

「むー君!」「睦月さん、しっかり!」

 どうやら暴走からの自滅という最悪のパターンは回避されたようだった。仁が睦月を抱き

上げて揺さ振るが、だらりと開いた口元からは息が漏れている。暴走状態から強制的に弾き

出された反動からなのか、肩で呼吸をするような荒げ具合だ。……少なくとも、死んではい

ないらしい。最初の安堵もすぐに吹き飛び、面々は何度も彼の名を呼んでその目覚めを促そ

うとする。

「……っ、はあッ!」

 ただその間に、八代ことキャンサーは隙を見て逃げ出してしまっていた。

 自身も睦月のドラグーンフォームの猛攻によってボロボロになり、自慢の硬い甲羅もあち

こちがひび割れ、砕けてしまった這う這うの体を晒して。


 そうして時は「今」へ。睦月はいつしか奇妙な夢を見ていた。

 イメージ。自分の中でゴツゴツとした、ワニのような人型の異形が暴れ回っている様子が視

える。四方八方へと吼え、手には無骨な大剣を握り締めて。

(これは……)

 本人に、誰かに確かめた訳でもない。しかし睦月は直感として理解していた。

 彼がクロコダイル──鰐をモチーフとしたサポートコンシェル。先程まで自分達を呑み込

んでいた、紫の強化換装ドラグーンフォームの中核となる存在──。


「睦月!」

 だが垣間見れたのはそこまでだった。次の瞬間、睦月の意識は急速に、目には見えない何

かによって突き上げられていた。勢いよく浮上させられる心地を味わわされた。

「睦月!」「むー君!」「睦月さん」

「佐原、しっかりしろ!」

 仲間達が、自分を取り囲んで呼び掛けている姿がそこには在った。海沙や宙、司令官たる

親友みなとに國子、今回キャンサーに狙われた仁及び旧電脳研出身のメンバー達。萬波以下研究班

の面々と共に、母・香月も皆の輪の一角で、そわそわとした面持ちでこちらを見つめている。

「…………みん、な」

 たっぷりと数拍。仲間達の表情かおを見返してから、睦月はそうぽつりと第一声を呟いた。よ

うやく目を覚まして安堵したのだろう。皆人や國子、宙は深く息を吐いて強張った身体を解

し、海沙や香月はじんわりと目に涙を浮かべている。仁もメンバー達と一緒に、やっと苦笑わら

いを零していた。尤も今回に絡む事情が事情ゆえ、完全に気持を切り離せてはいないようだ

ったが。

「……あのアウターは?」

「逃げられたよ。パンドラが何とか守護騎士ヴァンガードの変身をひっぺがして、お前が倒れちまった隙

にな」

「ぐずっ……。本当に、本当に良かったよう……!!」

「本当よ。睦月、あんたはいつもいつも無茶し過ぎなんだから!」

 下手したらあたし達も死んでたんだからね!? 実際口には出さなかったが、ぷりぷりと

怒る宙の言外には、そんな抗議が込められているように思えた。「とにかく、目が覚めて良

かった」尚も淡々と、あくまで言葉を選んだように見える皆人を筆頭に、場に集った仲間達

がめいめいに声を掛けてきてくれた。

 最早見慣れた周囲の景色──どうやら自分はあの後、司令室コンソールまで運ばれたらしい。

「……ごめん。僕の所為で、皆を巻き込んで……」

「暴走、だろ? 博士から聞いた。確かにあれはすげえ力だったが……」

「うん……。大江君達は怪我してない? まだぼんやりとしてるけど、あの時僕は……」

「そりゃあ痛かったよ。肺の空気が全部出るくらいの勢い!」

「で、でもっ。すぐに浮かされたからか、思ったよりダメージは……。こっちに戻って来て

から、コンシェルさん達が治療してくれたのもあるけど……」

 酷く遅れてやって来る後悔、罪悪感と。

 睦月はおずおずと訊ね、詫びようとしたが、海沙はそんな心中を察してか何とか取り繕お

うと微笑む。苦笑いだった。「……そっか」少なからず肩を落としたまま、寝台から上半身

を起こして辺りを見渡す。あれから一体、どれくらいの時間が経ったのだろう?

『あ、謝るべきは私の方です! 危険があると分かっていても、最終的に封印ロックを解除したの

は私なんですから』

「パンドラ……」

 なのに、自分以上に背負い込んでいる人物がいた。相棒かのじょだった。

 既に本体の入っているデバイスごとPC横の機材にセットされ、交戦当時のデータ取得が

試みられている。息子が眠っている間も、交替で作業を進めてくれていた同僚達を一瞥し、

香月は言う。

「本当に、ね……。睦月、パンドラ。私は確かに話した筈よ? 残る強化換装は、全て不完

全なままだって。リスクがあるのに話してしまった、私にも落ち度はあるけど……使うべき

じゃなかった。再封印リロックするから、もう二度と使わないで」

「まあまあ、香月君。そう目くじらを立てんでもいいじゃないか。今は未だ“総括”するに

は早いだろう?」

 自責の念も手伝って、彼女は今まで以上に険しい表情かおと声色をしていたが、他でもない萬

波がこれを宥め出した。

 結果オーライではあるが、実際あの時ドラグーンフォームを使わなければ、キャンサーの

猛攻を退けられなかったであろうこと。少なくとも奴の能力に対し、重力操作の力は非常に

有効であると証明されたこと。

「……でも、使わせたのは僕です。母さんが怒るのも当然だと思います」

「堂々巡りだな。一旦その話は置いておけ。俺は萬波主任の意見に同意する。確かにこちら

は少なからぬ損害ダメージを被った。すぐ万全の態勢には戻らないだろう。だがそんな事情を奴が──

八代直也が汲んでくれる訳でもない。寧ろ好機と踏み、更に攻勢を強めてくる可能性だっ

てある」

 ここからは俺達の仕事だ。言って皆人は、しょぼくれる親友むつきに向かって数枚の写真と書類

を差し出した。彼なりの叱咤激励なのだろう。ぱちくりと目を瞬き、示されるがままにこれ

らを受け取る。

「現状、大江の証言を元に辿り直しただけではあるんだがな……。戦闘記録ログが分析出来次第、

確定させる」

 それは即ち、かつての召喚主が一人にして仁達の元同胞・八代のその後を調べた結果だっ

た。旧電脳研を舞台にした海沙へのストーキング──カメレオン・アウターが倒された後、

彼は郊外へと越して行った筈だが……。

「オリジナルの八代直也は、先日から消息不明になっている」

「っ!? まさか……」

「恐らくはな。大江から聞いた話と、奴の姿を取っていた、例の蟹型アウターが既に実体化

済みだった事を考えれば」

『……』

 睦月や仁、仲間達が思わず押し黙る。何も無事でいてくれと願った人物ではなかったとし

ても、一度は関わり合いになった相手だ。結局学園コクガクから追い出したような結果の末に、奴ら

の餌食になった──またしても改造リアナイザに手を出したとなれば、一抹の後悔が浮かん

できても不思議ではないだろう。

「これから暫く、奴を警戒してくれ。七波由香の一件があった後すぐで申し訳ないが……」

「……仕方ねえよ。これはある意味、旧電脳研おれたちの不始末だ」

「何より相手は、あの“合成”された個体ですからね。野放しにしておけないことには変わ

りません」

 うむ。険しい面持ちになる仁と、國子。面々の使命感ある快諾に皆人は小さく頷く。少な

くとも主力である睦月が、暴走の反動から回復するには時間が掛かる。それまではなるべく

敵に襲わせないように立ち回り、且つその“潜る”能力への対策を練らなければならない。

「睦月。お前はとにかく安静にしていろ。もう無茶だけはするな」

「うん……」

 最後にちらっと横目に。司令官にして親友からの指示ひとこと

 だが当の睦月本人は、か細く頷いたようで何処か違っていた。まるで別の思案顔を浮かべ

つつあったのだった。

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