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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-49.Madness/その男、再演
378/526

49-(6) 三つ巴、始まり

 時は一旦、ウィッチが撃破されて間もない頃まで遡る。

 自分を“保護”しに来たリアナイザ隊士の股間を、咄嗟に思いっ切り蹴り上げ、七波は激

情のままに逃走していた。普段来ることもない街の最北部を、彼女は当てもなく彷徨い、頭

上の陽は少しずつ下がってゆく。

(筧さん……。今、何処に居るんですか? 私は一体、どうしたら……??)

 もう佐原君達、対策チームの言うことは信じられない。もうホイホイと指示に従う訳には

いかなかった。あれこれと策を用意し、自分を助けると言ってくれていた彼らも、結局はお

母さんを救うことは出来なかった。瀬古先輩に……殺されてしまった。

(これから、どうしよう……?)

 段々と足が疲れてきた。全身も心も、駆け出した勢いより大きく磨り減ってきて、彼女の

歩みは止まり始める。

 かと言って、例の廃ビル群に戻るという選択肢は無かった。彼らに見つかってしまうのも

そうだが、おそらく警察も現場に突入している頃だろう。こちらもこちらで、鉢合わせにな

ってしまえば面倒だ。他に頼れる人の下へ向かった方が良いようにも思う。

(何処に居るんだろう? 筧さん。この前の電話だと、もう郊外から戻って来ていると思う

んだけど……)

 頭に先ず浮かんだ、残り数少ない寄る辺。ぼうっとする全身の感覚と意識の中、七波は暫

くの間、土地鑑の無い一帯を歩き続けた。

 ちょうど、そんな最中である。ふと市内北西部の外れ、とある古びたアパートの道向かい

を期せずして通りがかったその時、彼女は見覚えのある一団の姿を見つけたのだった。

(……あれは)

 緩めなスーツ姿で纏まっているが、間違いない。例の対策チームの一員、リアナイザ隊の

面々である。何気なく目を凝らして観察してみるに、どうやら彼らはコソコソとあのアパー

トの前に隠れているようだった。遠巻きの物陰に潜み、何やら上階の一室をちらちらと窺っ

ている。

 筧監視の為に残っていた、冴島隊B班の面々だった。尤も七波自身は、彼らがそんな二手

に分れて行動していることなど知らない。他でもない筧を尾けているグループだとは、この

時頭の中には浮かんでさえいなかったのだ。

(何なんだろう……?)

 しかし彼女にとって、厳密な理由などどうでも良かった。何故ならそうして頭に疑問符を

浮かべていた最中、彼ら自身がぽつりとその目的を口にしてくれたのだから。

「それにしても参ったなあ……。どうする? 俺達も突入した方がいいんだろうか?」

「余所様の家だしなあ。俺達の独断では何とも……。隊長か司令に、一度許可を取ってから

でないと……」

「全く、筧さんも少しぐらいじっとしてくれればいいのに」

「──っ」

 筧さん? 筧さんがあそこに居るの!?

 少なくとも七波にとっては、ただその情報だけで充分だった。細かい理由などどうでも良

かった。心の中に巣食っていた失意と寂しさ。それらを埋めてくれるかもしれない人が、あ

の部屋の中に居る。今行けば会えるかもしれない……。

「俺達を撒いて動き出したと思えば……。まーたああやって勝手な捜査を……」

「割と慣れちまったけどな。どうやら“彼”のことも、何時の間にか把握してたらしい」

「今は隊長もいないしな。やっぱり一度、司令室コンソールに連絡した方が……」

 場合によっては強硬策──確保と妨害に動く必要がありそうだ。それぞれに懐の調律リア

ナイザに手を伸ばし、隊士らは対応を取ろうとする。

「っ……!!」

「!? えっ? あっ、ちょっと、おい!」

「ちょっと君、待ちなさい!」

「うん? あれって……七波ちゃん? 何でまたこんな所に居るんだ??」

 顔を見合わせ、一瞬アパートの方から視線を逸らした隙を突き、七波は駆け出す。隊士達

も、彼女が道を突っ切って上階へ登ってゆくさまにすぐ気付いたが、如何せんこちらからで

は距離がある。加えて何より、彼女自身は自分達対策チームの“保護”対象だ。いきなり手

荒な真似もやり辛い。

 しかしそんな僅かな彼らの逡巡も、この時の彼女にとっては好都合だった。連絡する? 

追う? その間にも七波は、エントランスへと潜り込むようにして進入。階段を駆け上がっ

て先程の部屋へと急いだ。

 ……間違いない。筧さんの声だ。

 だけど妙な点がある。扉に手を掛けながら七波は思った。彼の声は明らかに怒り──怒鳴

っている最中のものであったし、中からは部屋の住人らしき別な人物の声もする。

「──お前、自分が何をしようとしてるのか解ってんのか!?」

 七波にとっては珍しく、酷く激昂した様子で叫んでいた筧。その視線の先には、部屋の奥

へと追い詰められ、彼の声に怯えて腰を抜かしている一人の少年がいる。

「はっ、離してくださいよぉ!? お、俺はただ……もう一度“カガミン”に会いたかった

だけなんだ!」

 部屋の主の名は、額賀二見という。かつて改造リアナイザに手を出し、ミラージュという

変身能力を持つアウターを召喚した人物だ。

 そんな彼が、ちょうど筧と取っ組み合いを演じている。覆い被さりと腰抜かし、体勢は間

違いなく筧の優勢であったが──その手には紛れもなく、新たなリアナイザが握られていた

のである。

「それが駄目だって、言ってるんだろうがッ……!!」

 ぐぐぐっと力押しをし、これを取り上げようとする筧。当初は元アウター被害者の一人で

ある彼を訪ね、当時の話を聞くだけの心算だったのだが……部屋の中に転がっていたこれを

見つけてしまった以上、見逃す訳にはいかない。

「えっ? えっ……??」

 だからこそ、七波は最初何が起こっているのかよく解らなかった。ただ筧に会いたいと、

勢いのまま扉を開けてみたはいいものの、目の前では二人が取っ組み合いをしてリアナイザ

を奪い・奪われまいとしている。彼らの叫んでいる内容からして、それが正規のものではな

く、例の改造品らしいとは判ったが……どうしたら良いのかは正直迷っていた。

「……えいっ!」

 されど筧がそこにいる、止めようとしている。

 彼女は次の瞬間、その一点でもって彼に加勢していた。未だ状況が完全には飲み込めてい

ないながらも、改造リアナイザの危険性は自身もよくよく知っていた。身をもって味わわさ

れてきた。この人には悪いけれど、手を出すべきじゃないことだけは分かる。きっと筧さん

は同じように、止めようとしている。

「七波君!?」

「ちょっ……!? だ、誰だよ、あんた!?」

「よく分からないですけど……手伝います! 筧さんも頑張って!」

 うんこらしょ、よっこいしょ! 一対一だったそれまでから二対一に。突如として乱入し

て来た、少なくとも二見にとってはそう見える加勢によって、状況はより混沌の方向へと転

がり始める。筧も最初は飛び込んできた七波に驚いたが、今はそれ所ではない。彼女の助け

も借りて二見から改造リアナイザを引っ張り、新たな悲劇を生み出すまいと必死になる。

「は、離せーッ!! 離してくれぇぇぇーッ!!」

 それでも尚、当の二見は諦めない。銃身が二人に掴まれ、持っていかれそうになっても、

その指先で絡めた引き金部分だけは縋るように離さない。

「くっ! こんのッ!!」

「離して……くださ~い!!」

 お互いに揉みくちゃになりながらの、一個の改造リアナイザを巡る奪い合い。

 するとその時事件は起きた。離すまいとする彼女達が勢い余って、直後“三人同時”に引

き金をひいてしまい──。

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