49-(4) 過去の人間
ウィッチの撃破と筧の電話から数日。その夜七波家では、妻・沙也香の告別式が営まれて
いた。尤も家屋自体は先のミサイル襲撃によって損壊しており、今も仮の修理と数張りのテ
ントで補われていたが。
『……』
告別式には、喪主を務める夫の誠明と、同じく一人娘の由香が臨んでいる。黒服に身を包
んだ二人は、終始暗く沈んだ面持ちをしていた。
にも拘らず、マスコミ各社は大々的にニュースになったことも手伝い、ここぞとばかりに
顔出しをしたこの父子を激写している。実際本来の親戚・縁者よりも、彼らや詫びの意図ら
しい当局関係者達の名代、ないし野次馬の類の方が明らかに多い。
式の場はそうした人々でごった返し、カメラの光も眩しく煩かった。仕方のない部分もあ
るのだろうが、およそ人を弔おうとするシーンとは思えない。
「……やれやれ。相変わらずえげつねえな。目の前の二人が見えてないのかよ」
「そういうモンでしょー、マスコミは? 別に今に始まった事でもなし」
「良い気は……しないけどね」
「うん。七波さん、可哀想だよ。あんまりだよ……」
そんな人だかりの中に、睦月達はこっそりと混ざっていた。睦月や仁、海沙や宙、國子と
いった対策チームの面々も、喪服姿で偵察に来ていたのだった。人ごみの中心、彼らに囲ま
れている七波父子を遠巻きに見遣りながら、睦月達は渋い表情を隠せずにいる。
『うーん、これ以上近付けそうにはないですねえ。予想していた以上の人です』
「そうだね。まぁ報道が報道だから、無理もないんだろうけど……」
コソコソと懐の中から呟いているパンドラ。睦月も努めて苦笑いだけに留め、一向に奥へ
と進めない現状を仰ぐ。
物理的に人の数に阻まれているというのもあるが、あの一件以来、自分達は彼女から完全
に距離を置かれてしまった。結末が結末だけに、致し方ないが。
相変わらず保健室登校だし、話しかけようとしても全く口を利いてくれない。改めて筧刑
事を追っている冴島隊も、似たような状況だ。あちらもあちらで連絡があって以降、より頑
なな態度でこちらを撒こうとしているらしい。
一応、対策チームの工作員──彼女のケアを担当しているメンバーから定期的に報告は上
がっているらしいが……自分達は直接聞いている訳ではない。動静を握っているのはあくま
で司令官たる親友と、チーム上層部のみだ。正直もどかしいが……仕方ないのだろう。恨ま
れて当然だものなと睦月は思っていた。
『──無理だな。そもそも今は、俺達が接触することすらNGだろう。だから間接的に報告
を上げて貰っている。少なくとも彼女の心の整理がつくまで、下手に近付かない方がいい』
何とか出来ないか? 一度はそう司令室に居る際に相談はしてみたが、当の彼は数拍じっ
と瞑想した後に言い切った。ぐうの音も出ない。それこそその工作員の正体がバレてしまえ
ば、彼女との関係修復は今度こそ不可能になる。
「……それにしても」
当事者達の内心はともかく、外見上は粛々と進んでゆく告別式。
そんな全体として沈痛なままの空気、演出された“哀しみ”の中で、宙がポツリと誰にと
もなく呟いた。隣の海沙も、この親友の感慨に頷くようにして同調している。
「何だか七波ちゃん、様子が変じゃない? どうにも“怯えてる”ような……」
「? 怯えてる?」
「う、うん。そうだよね。お父さんの方がげっそりしているのはまだ分かるんだけど、七波
さんの方は何ていうか……周りを気にしている感じ」
「……? そりゃあ、これだけ世間の目を集めちゃってる訳だし……。間違いなく悪い意味
でだろうけど……」
頭に疑問符を浮かべる仁と睦月。國子も、先ほどからじっと七波達に注いでいた視線を、
ちらっとこちらに寄越す。海沙が訥々と補足するその言いようを、面々は人だかりの向こう
にいる当人と見比べながらぱちくりと瞬いていた。
「──ッ!?」
ちょうど、その時である。ふと仲間内から生まれたこの“違和感”が、やはりはっきりと
形にはならずに霧散しようとしていた最中、仁が突如として周囲の暗がりの一角に目を奪わ
れて硬直。疑問符から驚愕へと、その表情を変えたのだった。
「? 大江君……?」
睦月達が気付いた時にはもう遅かった。次の瞬間にはもう、彼は一人地面を蹴って駆け出
していたのだから。「ちょ、ちょっと!?」「ま、待っ──」慌てて止めようとするも間に
合わない。何より人ごみだらけのこの場において、人一人が席を外した所で周りの参列者達
は気にも留めない。
「はあっ、はあっ、はあ……ッ!!」
小太りな身体に鞭を打ち、仁は走る。仲間達の呼び止めようとした声も、本人には殆どと
言っていいほど聞こえてはおらず、その知覚には只々一点の焦りのみがあった。驚愕に衝き
動かされ、頭の隅では解っていても、その後ろ姿を追わずにはいられない。
『──』
見知った顔がいた。あの瞬間、告別式の明かりにあぶれた暗がりの中から、ニヤァ……と
こちらを見つめている人影に気付いたからだ。
(まさか……そんな……!!)
故に次の瞬間には駆け出していた。こちらの反応を見て、サッと暗がりの奥へと逃げて行
った彼を追う為に、確かめる為に。仁は一人、その闇の中へと消えてゆく。




