表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-49.Madness/その男、再演
374/526

49-(2) 未確の戦力(ちから)

 七波母子おやこを巡る拉致監禁事件は、一先ずフェードアウトの局面に入った。ただ巷では沙也

香を死なせたことを梃子に、政府や当局を批判する向きも出始めている。一方加えてその副

作用からか、娘である由香の近況もまた人々の関心を集めようとしていた。

 事件当時、彼女が現場に居たことを大半の人間は知らない。

 報道では今学期から、彼女が玄武台ブダイから学園コクガクに転入したとも言われているが……。


「──母さん、居る?」

「? あら。どうしたの、睦月?」

 筧との通信から数日。その日の放課後、睦月は一人司令室コンソールへと足を運んでいた。束の間の

幕間とでも言うべきか、室内に詰めている面々、制御卓に着いている職員は少ない。一時の

満員状態ではなく、次の事件・動きを待っているといった具合なのだろう。

 そんな対策チーム中枢の一角、研究部門のデスクで作業をしていた母・香月の下へ、睦月

は顔を出した。ふいっと呼び掛けられた息子の声に、彼女は思わずぱちくりと目を瞬いてこ

れを見上げる。

「……あれから、アウターは出た?」

「ううん。今の所は。それにもし反応があれば、貴方達にもすぐ連絡が飛ぶでしょう?」

 故に香月は、彼が何か言い辛い話題──相談の為に顔を見せたのだとすぐ解った。

 自他共に認めるワーカーホリックではあるが、他ならぬ我が子なのである。もじもじと、

視線が時折あさってな方向に逸れるのを彼女は見逃さなかった。「そ、そうだね……」ぎこ

ちなく苦笑する彼に向かい、敢えてこちらからほんだいを振ってみる。

「……何か、困った事でもあったの? 学校での七波さん? それとも皆人君?」

「う、うん……」

 案の定、睦月は最初困った表情かおを見せた。こちらの意図がとうに見透かされているにも拘

らず、尚もすぐに口を開こうとはしなかった。

 躊躇い。そこまで言い淀むという事は、わざわざ召集外に足を運んで来たという事は、自

身が持ち掛けようとする“相談”が、彼女にとって心理的にマイナスだと理解している証拠

でもある。

「……もっと強くなりたいんだ。守護騎士ヴァンガードに、他に力はないのかな?」

 曰くそれは、更なる懇願。先の七波母子おやこ喪失を受けて彼が導き出した、次に取れうる一手

の模索だった。ギュッとぶら下げていた拳を握り締め、睦月は言う。

「隊士さん達から聞いたよ。冴島さんが、母さんにパワーアップ用のアイテムを作って貰っ

てたって。ウィッチと戦う前、車の中に籠ってたから、何かあったとは思ってたけど……。

悔しいんだ。結局僕は、七波さんを守り切れなかった。冴島さんもきっと、僕や皆を守ろう

として、全部一人で背負い込もうとしたんでしょ? あんなリスクのあるアイテムを使って

まで戦おうとしたんでしょ? だったら僕も……リスクを取るよ。冴島さんだけに背負わせ

るなんて出来ない。皆の、これからの為にも」

『──』

 握った拳はやがて胸に。

 きっと自身も未知なる恐怖で震えているだろうに、睦月はそう香月を見据えて訊ねた。懇

願するように言い切った。『マスター……』胸元のポケットに入っていたデバイス、その中

でパンドラが眉尻を下げて呟いたが、それ以上に酷く哀しい表情かおをしていたのは他ならぬ母

・香月だった。息子と同様随分と逡巡し、しかし此処で拒んでもこの子は納得しないのだろ

うと悟っている。

 母として、チームの仲間として、正直気は進まないが──話さない訳にはいかない。

 たっぷりと十数拍、嘆息にも似た深呼吸をしてから、彼女はようやく彼の求めに応じて話

し始めた。

「……力が欲しいというのは、強化換装の事でいいのよね? これまで散々身をもって体験

してきている通り、基本的にこれらは大きな消耗を伴うものよ。貴方がこれまで使ったこと

のある強化換装は九つ。でも守護騎士ヴァンガードは設計上、あと三つの形態が残されているわ」

「うん」

「一つは紫の強化換装、ドラグーンフォーム。爬虫類系のサポートコンシェル達を纏う形態

よ。主に戦いの質──制圧能力に特化しているわ。ただ現状、このカテゴリの中核を担うク

ロコダイル・コンシェルがこちらの調整に馴染んでいないのよ。だからこれまでロックを掛

けてきたの。貴方の適合値をもってしても、今のまま換装すれば暴走する可能性が高いわ」

『暴走……』

「そっか。じゃあ、他の二つは?」

「金の強化換装、クルセイドフォームと、最終形態・虹の強化換装よ。仮にパンドラフォー

ムとでも呼びましょうか。……でもこの二つも、実用には耐えないわ。クルセイドフォーム

の方は、主に戦いの数──殲滅能力に特化しているけれど、幻獣をモチーフにしたコンシェ

ル達で構成した所為か、今も大部分が調整不足でお蔵入り。パンドラフォームに至っては、

そもそも実現不可能っていう結論が出てる。本来は全てのサポートコンシェルを纏う形態な

のだけど、実際には当初、ベースフォームですら換装することもままならなかった。完全に

机上の空論ね。あの時はまさか、貴方が変身出来ちゃうなんて思いもしなかったけど……」

『……』

 誰からともなく──いや、どちらかと言うとポケットの中のパンドラの方から、二人は互

いの顔を見合わせて眉根を寄せた。眉尻を下げた。

 なるほど、ようやく理解した。別に彼女が意地悪をして教えなかったんじゃない。技術的

に不安が大きかったからこそ、使用させないようにしてきたのだった。その使用者が他でも

ない、実の息子であれば尚更だ。

「だからもう、これ以上新しい強化換装は無いの……」

 睦月はじっと、そんな母の表情かおを見つめていた。美しくも悲しい微笑みだった。

 本人が言うように、元々守護騎士ヴァンガードの装着予定者は冴島だったのだ。その彼が基本の形態に

さえなれなかった──大よその人間がその適合値さえ届かなかった現実を前に、一時は計画

自体が頓挫しかけていたが、何の因果か今となっては自分がその後釜に座っている。ついつ

い失念する事が多いが、自分はそもそも母・香月にとってさえ“イレギュラー”な存在だと

いうこと。本来ならば、誰も換装による負荷には耐えられない……。

「可能な限り、調整は続けているわ。でも実戦投入する為には、相応のデータを積み重ねな

きゃいけないの。最大限の安全性を確保しなきゃいけないの。アウター達に対抗出来る手段

が必要だったからとはいえ、こんな力を生み出してしまった以上、私にも万全を期す義務が

ある──」

 だから、ね?

 香月はははそうそっと諭すように、努めて睦月に繰り返し繰り返し説明していたが、実際本人

は話半分思考半分といった所だった。彼女が必死になればなるほど、その背後に在る切迫し

た事態を想ってしまって。

 ならば現状、変身出来る自分が立ち向かわなければ、悲しむ誰かひとはもっと増えてしまうん

じゃないか? 戦うしかないんじゃないか……?

「無茶はしないで。今ある強化換装でも、戦うこと自体は十分出来る筈よ。無茶だけはしな

いで。貴方が倒れたら、皆も私も、たくさんの人が悲しむのよ?」

『……』

 自分も含めて、母として。

 気付けばずいっと間近まで寄って、香月はこの息子の両肩を抱いていた。泣きそうになり

ながらも、必死に説得しようするその姿に、睦月は「うん……」と一言小さく呟くと黙り込

んでしまったが、他ならぬ彼女自身は寧ろ逆の結末になるだろうと予感していた。解っては

くれても、頷きはしないだろうと。この子は昔からそうだった。

(睦月……)

 やはり優柔不断に流されるのは、自分の悪い癖だ。迫られても、話すべきではなかったの

かもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ