49-(1) 別つ前触れ
『七波君はこちらで保護した。俺が責任をもって親元に送り届ける』
ウィッチの撃破及び、勇による誘拐事件から数刻後。焦りを隠せないまま、一旦捜索を終
えて戻って来た睦月達の下へ寄越されたのは、思いもよらぬ相手──筧からの電話だった。
司令室に集まっていた面々が緊張し、目を見開いて、この先方よりのコンタクトを聞いている。
『……大よその話は聞いた。お前らがいながら、一体何をやってた?』
曰く、彼は偶然市内で彼女と再会したのだそうだ。かねてよりアウター絡みのニュースに
はなるべく目を通していたが、あまりにも憔悴した様子に放ってはおけなかったという。当
人から一連の“報復”攻撃について聞き及び、皆人以下対策チームの面々に怒りを露わにし
つつ言う。
睦月や仁、海沙などは、ぐうの音も出ず押し黙ってしまっていた。結果として彼女を追い
詰めてしまったのは事実だ。精神的にもボロボロになり、遂には再び保護しようとした本人
からも拒絶された。彼女の母親も守れなかった……。
「……今貴方達は、何処に?」
『答える義理がねえのは、お前も分かってる筈だぜ? まぁどうせ、今までみたくコソコソ
俺の後を尾け回るんだろうがよ……』
辛うじてたっぷりと間を置き、問いを返した皆人。
だが対する筧は、それに答えることはない。自身も暗にまた、睦月達への信用を落とした
と言わんばかりに不満を表明していた。加えて尚も、奇妙なしがらみが断ち切れないことを
理解した上で毒を吐く。司令室側の面々は総じて、これを沈痛の面持ちで受け止める他なか
った。
『俺もやらかしたモンだな。以前はお前達に、相棒もろとも騙された筈なのによ……』
通話はほぼ平行線に近い形で終わった。筧からの発信が途絶え、司令室内は暫くしんと静
まり返る。
『──』
何と声を掛ければ良いだろうか? 迷うように互いの顔を見遣る睦月らとは対照的に、司
令官たる皆人だけはじっと中央の椅子に腰掛けたまま、暗転した正面頭上のディスプレイ群
を眺めている。
「その……ごめん。僕達はもっと早く着いていれば、七波さんのお母さんだけでも救えてい
たのかもしれないのに」
「ああ。自分の母親が殺された、そのショックに打ちひしがれていた時点で、彼女が僕達を
拒絶する可能性も考慮しておくべきだったね」
「……結果論で語っても仕方ないだろう。魔女型をぶつけるよう指示したのは俺だ。彼女ら
母子を守れなかった現実に変わりはない」
にも拘らず、ようやく絞り出した睦月や冴島の謝罪を、当の皆人は振り向きもせずに否定
する。それは一見すれば酷く冷淡な反応だったが、誰よりも責任を感じ、負うことになるの
は他ならぬ彼自身なのだと睦月達は知っている。
事実として、自分達は彼女を守り切れなかった。度重なる“報復”の果てに母親を死なせ
てしまったことを切欠とし、当人から突きつけられた拒絶の意思。これまでの作戦が、こと
ごとく裏目に出た格好だった。
「三条。やっぱお前は、効率ってモンに拘り過ぎてる。相手は人間だぞ? どれだけ理屈の
上で正しくっても、そいつの心が救われなきゃ意味がねえ」
「……そうかも、しれないな」
仁が、これまでの蓄積を踏まえて、痺れを切らしたように言葉を漏らす。なるべく叱責と
ならないよう、努めてその怒声を抑え込もうとしていたようにも見える。
対する皆人もその点は認めていた。振る舞いは相変わらず、司令官の椅子にどっかりと腰
を下ろして寡黙だったが、聞こえる嘆息は内心の悔恨であったかのように思う。
「そうだよ。確かに身体は無事だったかもしれないけどさ? 心はすっかりボロボロになっ
たんじゃない!」
心は定量として捉えられない──不確定なものを、重要な要素として優先しようとするか
否かは、面々の中でも正直な所意見が分かれていた。仁や宙、一部の仲間達は皆人の一連の
“策”に否定的だったが、一方でそんな批判が感情論に過ぎないと考える者も少なくはなか
った。既に終わってしまったこと、もう覆せない現実だと割り切った上で。
「……かと言って僕には、あれ以上の最善は無かったと思うよ。或いは彼女が告発者だとバ
レた時点で、平穏な日々は無理筋だったのかもしれない」
「っ! そんな──!」
「冴島隊長……」
「だったら俺達の戦いは、何だったって言うんですか!?」
怒号と沸騰。互いにぶつかる感情と分析。
いつしか場は、今までになくピリピリとした空気に包まれていた。チーム内に亀裂が走り
始めたかのように思えた。「ま、待って、皆!」『内輪揉めしてる場合じゃあ……!』睦月
とデバイス内のパンドラは、そんな仲間達の不和を慌てて収めようとする。居た堪れなくな
り、責任を感じ、睨み合う両者の間に割って入ろうとする。
どちらも大元は、彼女が心配だからこそ何とかしよう、立ち向かおうと誓った筈だ。
なのにこんな事になるなんて。目の前の人達でさえ“豹変”するなんて──。
「止さないか。一先ず事件は終わった。次に備えるのが俺達の役目だろう?」
しかしそんな面々を、次の瞬間ピシャリと制したのは他でもない皆人だった。ようやく椅
子の背からこちらを覗き込み、静かな怒りの眼でもって睦月達を叱る。たっぷり数拍それぞ
れが言葉を呑み込み、押し留まった。或いは火の点きかけた自身の激情を、誰かに止めて欲
しかったのかもしれない。
「七波由香は筧刑事に保護され、七波沙也香の遺体は当局に渡った。一連の出来事も耳目を
集めることになるだろう。俺達対策チームとしては、ここが引き時だ」
『……』
正論だった。睦月以下仲間達は、改めて自らを落ち着かせるようにして黙り込んだ。若干
不承不承といった風に頷きながらも、それが現状の“最善”手であることは否応なく理解出
来た。自分達対策チームが、未だ密かに活動しようとしている方針だけではない。これ以上
挽回を求めて深追いをしても、哀しみに沈む彼女の傷を抉るばかりだ。
事件は終わった。
正直強引で消化不良感の否めない幕引きではあったものの、仁や宙、海沙や國子、冴島と
いった他の面々が一人また一人と場を後にしてゆく。その中で睦月は最後まで取り残されて
いた。後ろ暗くて、足が貼り付いたように、じっと椅子に背を預けたままな親友の姿をギリ
ギリまで見つめている。
「……」
静かになった司令室の只中で、皆人は誰に語るでもなく考え込んでいた。一見していつも
の仏頂面ではあったが、内心はぐるぐると一連の事件──今回の拉致について違和感を拭え
ないでいたのだ。良くも悪くも冷淡に、物事を分析しよう分析しようと試みる彼の中に芽生
えた、とある疑問符だった。
瀬古勇が七波沙也香を攫ったのは、十中八九娘である由香及び筧刑事を誘い出す為だ。か
ねてよりの標的である二人を、確実に仕留める為の作戦だったと思われる。
しかし……実際に彼は来なかった。おそらくは彼女が一人で背負い込み、彼を巻き込むま
いと単身例の廃ビル群へ向かったのだろう。
だが瀬古勇とて、そんなパターンは想定出来た筈だ。多少なりとも彼女の人となりや二人
の関係性を知っていれば、作戦通りにゆくとは限らないことぐらい認識出来た筈だ。他人に
知らせる、ないし来なければ母親の命は無いと脅されていたにしても、当の本人は独りでや
って来た──要するに作戦として、詰めが甘いと言わざるを得ないのだ。
彼と彼女を一網打尽にしようするなら、もっと条件・状況を絞った上で臨むべきだった。
実際こちらがウィッチを仕掛けた事で、奴はそのどちらも殺り損ねている。
(一体これは、どういうことだ?)
それとも奴は、そもそも“二人を始末する事”が目的ではなかった……??




