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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-48.Stigma/排斥者達の災展
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48-(7) 命

 何度かの爆発の後、武装部隊が廃ビル内から確保してきたのは、七波母子おやこでもなく、瀬古

勇でもなく瑠歌だった。「……えっ?」「誰?」隊員達は戸惑ったが、負傷して倒れている

民間人を捨て置く訳にもいかない。仕方なく皆でして連れ出した。

「……一体、何がどうなってるんですかね?」

「俺に聞くな。今ちょうど、頭の中がグチャグチャになってる」

 部下達のそれに引けを取らぬほど、面々を率いる隊長格の男は混乱していた。彼らとはま

た別の違った意味で、目の前に突きつけられたこの現状に頭を痛める。予想されるであろう

事態に気が重くなる。

 結局、救出目標である七波沙也香は助けられなかった。頭上に見えた爆発騒ぎでもってよ

うやく敵の居場所を把握し、突入した時には既に遅し。フロア内には彼女の変わり果てた姿

が転がっていた。

 どうやらあそこで、瀬古勇と何者かが交戦したと思われる。現場には無数の刀痕や弾痕、

焦げ跡や大きく引き摺られた血の線が残されていた。状況からして、血は十中八九七波沙也

香のものだろう。双方どちらかが移動させようとしたが、諦めたのか。

 何より現場には瀬古勇も、同時期に行方を眩ませたという七波由香の姿もなかった。少な

くとも自分達が踏み込んだ時にはもぬけの殻だった。或いは母親共々奴に殺されてしまった

のか? ただそうなると、何故娘の方だけ遺体が見当たらなかったのかという疑問が残る。

(拙いな……)

 彼女達を、助けられなかった。

 だがそれ以上に厄介なのは、今後自分達に向けられるであろう非難の数々である。

 今回これほどの部隊を投入したにも拘らず、全くと言っていいほど成果が得られなかった

となれば、当局への批判は避けられないだろう。まるで鬼の首を取ったかのように、ここぞ

とばかりに口撃を扇動する者達の姿が容易にイメージ出来た。ただでさえ先の中央署の一件

で、人々からの信用は地に落ちているのだ。上からの圧力、巷からの突き上げが更に強まる

のは必至だった。

「……」

 ちらりと見る限り、部下達も大分消耗しているようだ。

 自分を含めて、現場の疲弊具合はもう、限界まで来ている。


『──七波由香が逃げた!?』

「は、はい。予定通り私達でビル街の外まで保護したのですが、その……いきなり金田が股

間を蹴り上げられまして」

「車を用意して、血を拭う用のタオルを持って来ていた所を狙われてまして……。もう完全

にこちらを敵視しているというか、親の仇でも見るかのように睨んで、そのまま郊外の方へ

走り去ってしまい……」

「……Ohオウ

 ウィッチとの戦いを終え、冴島隊の面々と合流した睦月達。

 しかしそこで聞かされたのは、肝心の七波が逃げ出したという思いもよらぬ報告だった。

通信越しに司令室コンソールの皆人が珍しく大声を出し、隊士らも面目ないといった様子で終始しょん

ぼりとしている。

 キャンセラー使用後の反動で動けない冴島に代わり、睦月を迎えに来た別働隊と、心配で

現場に駆け付けてくれた仁や海沙、宙。一同は暫し唖然とした表情で、廃ビル街奥の道路沿

いに立ち尽くしていた。彼女がこちらに確保されたからか、途中で勇も睦月を振り払って逃

げてしまい、最早向き合うべき相手はこの場所には居なくなっていた。大きく頭を抱えて歯

を噛み締め、通信の向こうの皆人が声を絞り出す。

『……拙いな。これじゃあまるで、今回の作戦が丸損じゃないか』

 誰よりも先に、より強く、この司令官は悔恨を込めて嘆く。

 そのさまはまるで、失ったものの多さを惜しんでいるというよりは、彼女からの拒絶度合

いにショックを受けているかのようだった。「皆人……」睦月や他の面々が、事態の深刻さ

が故、中々適切な言葉を掛けられないでいる中、やがて彼は次の言葉を紡いだ。必死に焦燥

を押し込め、更なる指示を皆に出す。

『こちらからも人を遣る。捜してくれ。命を狙う者は、他にもいる筈だ』


「──はぁっ、はぁっ、はぁっ! えぐっ、えぐっ、えぐぅぅぅぅ~ッ!!」

 涙と怒りがごちゃごちゃに入り混じる。激しく全身を震わせ、鞭打ちながら、七波は一人

逃げ出した先の街を走っていた。

 あの時取った行動は、殆ど反射的な攻撃だった。このまま彼らにまた“保護”されようも

のなら、これからも自分の周りで人が死んでゆく。自分が「正義の味方」だなんて真似をし

た所為で、どんどん不幸な人が増えてゆく。

 もうこれ以上耐えられなかった。彼らを信用する事なんて出来ない。

 佐原君や青野さん。彼らの中にもきっと、心の底から心配してくれる、守ろうとした人達

はいたんだろうけど……事実として間に合いはしなかった。結局お母さんは殺され、繰り返

されるのは有志連合とアウター達の戦い。誰一人守れなかったし、誰一人守ってくれはしな

かった。所詮あの人達も、自分という人質を利用していたに過ぎない……。

 土地鑑の無い郊外区というのもあって、七波の心は締め付けられる一方だった。寂しくて

苦しくて、涙が止まらなかった。

(筧さん……)

 悲しみは後悔に。後悔は恨み節に。

 そもそも自分が出過ぎた真似なんかしなければ、一連の“迫害”は起こらなかった。無駄

に目立って意識され、他人びとの利害に絡んでしまうから、こんな目に遭ったんだ。始めっ

から全部間違っていた。軽率だった。変わり過ぎてしまった。私の居場所は……何処?

(今、何処に居るんですか? 私は一体、どうしたら……??)

 自分が濡れているのか、世界が濡れているのか? 七波はすっかり判らなくなっていた。

 ボロボロの心と体力が続く限り、まだ頼れる人を求めて、彷徨う。


「──? へ~い……」

 入口のチャイムが鳴って、その人物はのそりと身体を起こした。聞こえているのかいない

のか分からない、か細い気の抜けた声で、自室アパートの玄関へと向かう。

 こんな家賃が安いだけのおんぼろに、一体何の用だろう? 宗教やら商品の営業なら、さ

っさと居留守を使って黙りこくってしまえばいい。声を出したのは拙かったな。今後は気を

付けないと……。

(うぅん?)

 しかし、この部屋の主たる彼が覗き窓を見てみても、部屋の外にはそれらしい人影は見当

たらなかった。それほど視界に優れている訳でもないレンズの中に映っているのは、最早見

飽きた出てすぐの、打ちっ放しな廊下だけである。

(ああん? 悪戯かあ?)

 気持ち小さく、気だるく舌打ちをしつつ、彼は目を細めていた。念の為そろ~っと扉の鍵

とチェーンを開けて廊下を覗き、やはり人気の無いことを確認する。

「何だよ。無駄にエネルギー使わせる──なばっ?!」

 だがちょうどその時だった。次の瞬間、彼が開けた扉の隙間にガッと片足を捻じ込ませ、

一人の中年男がこちらに肉薄するように迫って来たのだ。思わず素っ頓狂な声が漏れ、バラ

ンスを崩しそうになる。開きかけた扉を、この男ががしりと両手で掴んで押し広げる。

「──っ」

 こ、こいつ! わざとレンズの死角を狙って……!?

 だがそれ以上に、彼が意識の端で引っ掛かったのは、この人物の顔を何処かで見た覚えが

あったからだ。ややあって目を細め、眉間に皺を寄せる。

 いや、待てよ? このおっさん、何処かで見た事がある。

 そうだ……筧兵悟。中央署の一件で大立ち回りをやった、相方殺しの疑いを掛けられてた

刑事さんだ!

「な、何なんスか? 俺って何か、悪いことでもしましたっけ……??」

 突如として押し入って来た、もとい訪ねて来たこの古臭い私服姿の男・筧に思わずおずお

ずと訊ね、彼は返答を待つ。場合によってはヤベー奴だと、110番することも選択肢に入

れようとしたが……そもそもこのおっさん、関係者だったわ。

 かくして盛大に混乱する中、お世辞にも丁寧とは言えない方法で接触してきた筧は、この

ダウナー気味な少年をじっと見つめて、確認するかのように訊き返す。

「──額賀二見だな?」

 故に彼は、大きく静かに目を見開いた。そんな反応に、筧もまた間違いないと確信したら

しい。気持ち先程までよりも険しい表情が和らいだ──ようにも見えて、ふぅっと小さく息

をつくと目を細める。


 飛鳥崎の外側から内側へ。

 街の北端、郊外と市内とを区切る境界の一角を訪ねた先には、かつて睦月達と一時の庇護

と共闘を演じた人物──筧による次の、何人目かの元アウター被害者にして、カガミンこと

ミラージュの召喚主だった少年・二見が、息を潜めるようにして暮らしていたのである。

                                  -Episode END-

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