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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-48.Stigma/排斥者達の災展
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48-(6) テン・セカンド

『──冴島君。リクエストのあった品、出来たわよ』

 時は数時間前、冴島が司令室コンソールから出発しようとしていた頃に遡る。

 当初は刺客騒ぎの落ち着きを経て、一旦筧監視の任に戻る予定だったのだが……その前に

磯崎瑠歌の身元が判明した。睦月達にも未だ皆人の作戦が伝えられぬまま、彼が先行して動

き始めたその直前、香月がとあるアイテムを手渡してきたのである。

『これは……』

 受け取ったのは、独特の形をした円筒状のパーツ。ちょうど、冴島達が持つ調律リアナイ

ザの銃口にぴったり嵌るようなマズルである。

 冴島は最初、小さく目を見張ったが、すぐに彼女の意図する所を理解した。コクリと頷い

て感謝を示し、次いでその説明内容に耳を傾ける。

『名前をつけるとすれば──“アブソーブ・キャンセラー”。貴方達が通常、召喚したコン

シェルと同期する際の同期強度リアクト軽減を、一時期に無効化するアイテムよ。これで理論上、貴

方のジークフリートは大幅な出力強化を実現出来る筈……』

 それは冴島が以前より、彼女に頼んでいた、パワーアップ用の新装備であった。

 しかし当の香月は、淡々と説明しながらもその表情は浮かない。自らが対策チームの技術

を担っているため、このアイテムの危険性を誰よりも認識していたからだ。

 同期強度リアクトとは本来、調律リアナイザを操って戦う、冴島以下隊士らの命を守る為のシステ

ムである。

 コンシェルと同期している間は、確かに通常時よりも遥かに操作性が向上するが……同時

に受けたダメージが、生身の人間であるこちらにもフィードバックとして跳ね返ってくると

いう弱点がある。故にコンシェルがその姿を維持出来ないほどの大ダメージに曝されれば、

最悪命を失いかねない。同期強度リアクトとは、そんな事態を未然に防ぐ為、同期の深さを敢えてシ

ステム側で抑制する仕組みなのである。

『だけどね? 冴島君。はっきり言ってこの力は……諸刃の剣よ』

 彼女が浮かない表情をしていたのはこのためだった。そのようなセーフティーを一時的に

とはいえ、一切無効にしてしまえば、それこそ反動で死に至る可能性がある。

『分かってます。でも僕は……もっと強くなりたいんです』

 それでも冴島は言った。技術的な危うさと、彼女の心配と。理解しても尚、彼はこの新た

な力を使うことを躊躇わなかった。

『“合成”アウターの件で捕まって、迷惑を掛けたこともそうですし、そもそも本来僕が担

う筈だった守護騎士ヴァンガード装着者の責務を、貴女の息子に──睦月君に背負わせてしまった。もっ

と力になりたいんです。仮に僕が装着に成功していたとして、これまでの戦いがどう変わっ

ていたかは分かりませんけど』

『……』

 言ってしまえば、それはずっと蓄積してきた罪悪感が故だったのだろう。香月もそのこと

は重々解っている心算で、唇を結んだまま多くは語らなかった。

 ぎこちなく苦笑わらう彼の姿が痛々しい。

 どちらにせよ、誰かが重荷を背負うことには変わらないのだから……。

睦月君あのこだって、必死になって戦ってくれています』

『僕だって──リスクを取らなきゃ』

 暫くの間、香月は冴島が受け取ったマズル状の部品、アブソーブ・キャンセラーにそっと

指先を添えて押し黙っていた。迷っているようだった。息子を気遣い、何より諸刃の剣とな

るこのような発明を“再び”してしまい、罪の意識に苛まれている自分自身にも。

『……十秒よ。貴方の適合値でも、十秒が限界だわ。それ以上の使用は、本当に貴方の心と

体を破壊してしまう。絶対に越えないで』

 だからこそ、ツール自体の稼働は時限性の作りとした。

 同期強度リアクトを無効化し、操作者の生体エネルギーを百パーセント注ぎ込めば、コンシェルの

出力・性能は爆発的に上がるだろう。しかしそれは同時に、本来常人の手には余り有る力で

もある。元装着予定者の彼でさえ、間違いなく長時間の使用には、心身という名の器が耐え

られない……。

『分かりました』

 ギュッとこの新装備を握りしめ、冴島は微笑わらう。真剣な表情の中にふいっと、誰よりも大

切な人の笑顔の為に、自らが笑みを絶やさないようにと意識して。


「──退ケ! オ前達ニ構ッテイル時間ハナイ!」

「まあまあ。そう焦らないでくれよ。すぐに終わるさ……」

 睦月と、同期済みのジークフリート。二人が自分達の行く手を阻もうとしていると解り、

勇と横並びになっていたウィッチは苛立つように叫んだ。睦月達の後方には、召喚主である

瑠歌も戸惑って突っ立っている。焦りと怒気は、増しはすれど収まる気配はない。

『……』

 生身の人間、ジークフリートの操作者・冴島は廃ビル群の外側に居た。皆人が送ってくれ

た援軍、対策チームの覆面ワゴンの中に身を潜め、ゆっくりと瞳を閉じる。瞼の裏と五感の

中に、直接自身のコンシェルとこれが相対する敵の姿、状況を把握している。

『MUZZLE ON』

『READY』

 そして彼は、手にしたキャンセラーを自身の調律リアナイザの銃口に嵌め、溝に沿って初

期位置に固定した。リアナイザ本体が新装備を認識し、電子音声が発生。フロア内のジーク

フリートも同時にカッと、その両目を光らせる。

「!? な、何?」

「……こいつ、何か企んで──」

 瑠歌がビクッと反応し、龍咆騎士ヴァハムート姿の勇が警戒する。だがそんな彼に、直後スタッグ・コ

ンシェルの武装に換えた睦月が突撃した。緑の鋏型アームでこの宿敵を押し出し、戦いを冴

島とウィッチの一騎打ちに持ち込もうとする。

「ヌゥゥッ!!」

 迎え撃つ気は満々だった。ウィッチが両掌に炎と雷のエネルギーを溜め、先制の一撃を浴

びせようと振り被る。

『TIME START』

 しかし──次の瞬間だった。銃口に嵌めたマズル部分、円筒の外側をぐるっと回して、冴

島は再びリアナイザの引き金をひいたのだった。デジタルとアナログ。直後カウントされ始

める残り秒数と、一度回したマズル部分が、今度はゆっくりと逆向きに戻り出す。物理的な

タイマーのそれである。

『!?』

 即ち刹那の動き。同時に炎鞭と雷光を放ったウィッチの攻撃を、冴島の操るジークフリー

トは目にも留まらぬ速さですり抜けたのだ。当の本人や瑠歌、睦月と押し合い圧し合いをす

る勇。それぞれが予想外の展開に目を見張りつつも、事態は既に進行──あれだけ攻めあぐ

ねていた彼女の攻撃を、瞬く間にかわし、懐に一発を入れたのである。

「グオッ!?」

「マナ!」

「おお~……」

『話には聞きましたが……凄いですねえ。何で志郎なんかに……』

 外野の面々、こと睦月やパンドラは感心したようにこれを見ていた。尤も後者は、そこは

かとなく面白くなさそうだったが。

 コノッ! 思わぬカウンターによろめいたものの、ウィッチはすぐに反撃していた。咄嗟

に足元を奔る氷結波を放ち、或いは複数の風刃を振るう。しかし冴島はこの素早い次弾を難

なく跳びながらかわし、周囲の天井や柱を蹴って縦横無尽に駆け回った。目で追うも捉え切

れず、半ば勘で放たれた特大の火炎も、着地から肉薄へ移りながらの剣閃が真っ二つに斬り

裂いてしまう。

「おおおおおおおおッ!!」

 はたして……怒涛の攻勢はこの魔女が倒れるまで、僅か数秒の間に済まされたのだ。

 炎撃を掻い潜り、再びウィッチの懐に迫ったジークフリート。鍔広帽の下で、驚愕と焦り

に顔を歪める暇も与えないまま、彼の折り重なるような斬撃の嵐が叩き込まれた。

 始めはより鮮やかで同じ炎、次いで青白い冷気。雷から地面を抉る剛剣、渦巻く風へ。

 自身も多重に霞んで見えるような、超高速から放たれる無数の斬撃によって、遂にウィッ

チの身体はダメージの限界。バラバラに刻まれて爆散したのである。

『TIME OVER』

「ギ……ギャアアアアーッ!!」

 その時間、ほぼ十秒。

 最後の一閃を振り抜いて残心し、背中でウィッチの消滅を見届けたジークフリートは、直

後力尽きたように光の粒子となって姿を消した。キャンセラーの効果時間が切れ、冴島が同

期ごと解いたのだろう。咄嗟に駆け付けようとし、衝撃に巻き込まれた瑠歌が、そのまま激

しく地面に叩き付けられた。「マ、ナ……」他の誰にも聞き取れぬほどの小さな声で呟き、

意識を手放す。フロアの向こうでアーム同士をぶつけていた睦月と勇が、それぞれ首肯と驚

きを湛えて視線を向ける。


「……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇッ! ははっ。何とか、間に合った……かな?」

 そして当の冴島は、対策チームのワゴンの中で、激しく肩で息をしながらその場に座り込

んでいた。全身からはびっしりと汗が噴き出し、キャンセラー付きの調律リアナイザも、思

わず手から零れ落ちている。

 何とかギリギリ制限時間内だったようだ。自滅も免れ、ウィッチを倒す事にも成功した。

 文字通り音が出るほど盛大に安堵──通信越しの香月や萬波、皆人以下対策チームの仲間

達も、総じてホッと胸を撫で下ろす。

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