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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-5.Vanguard/歪みを表す者
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5-(6) 対決、爆弾魔

 遠巻きからの爆音と立ち上ってゆく黒煙を見た瞬間、睦月は殆ど衝動に駆られて地面を蹴

っていた。道行く人々は何事かと空を見上げ、惑い、その多くがまだ事態を理解していない

ように見える。

 あたかも彼らよりも速く速く、自分だけが時を脈打っているように感じられた。

 睦月はそんな彼らの間をすり抜け、ガードレールを跳び越えながら全速力で疾走する。

 これまでの戦いと、何よりここ暫くの國子との訓練により、どうやら自分が思っていた以

上に身体は動くようになっているようだ。

『睦月、一旦落ち着け! こちらでも映像で確認した。大事になるぞ。そんな人目につくよ

うな状況では──』

「また人が怪我するかもしれないんだよ!? 死ぬかもしれないんだよ!? 黙って見てな

んていられない! 奴らの仕業だったとしたら、尚更僕らの出番じゃないか!」

 職員達が、監視映像から西國モールに立ち上る黒煙をクローズアップする横で皆人は慌て

親友ともを止めようとしていた。

 しかし睦月は留まらない。懐からインカムを取り出して付けながら、一つまた一つと戸惑

って立ち止まる人々や車の隙間を縫い、道路を区画をショートカットしていく。

『……國子達は間に合わないか。分かった、そのままモールへ向かってくれ。くれぐれもお

前の素性を見られないようにしてくれよ? 情報も何もなくぶっつけ本番だが、頼む』

「始めからそのつもりだよ。皆の避難はそっちに任せるから」

 そうして全力疾走で街を縦断した睦月は、暫くしてようやく目的の西國ショッピングモー

ルへと到着した。

 既に何度も爆発が起きているのだろう。駐車場からでもあちこちらから黒煙が上がってい

るのが確認できた。逃げ惑う人々の流れとは逆行して、睦月はぎゅっと唇を結ぶと単身その

内部へと入っていく。

「──何なんだ、何なんだよ!?」

「──つべこべ言わすに逃げろっ! ぼさっとしてたら殺されるぞ!」

「──いやぁ~ッ! 化け物ぉ~ッ!!」

 悲鳴。誰もそんな睦月を咎めようとはしなかった。

 各々に叫び、恐れ、苛立ち、彼らは我先にと出口へ向かって人波を作っていた。警備員達

も匙を投げ、そんな彼らの中に交じっているのが見える。

「……」

 中央のエスカレーターや階段ではこの人波とまともにぶつかってしまう。

 一旦睦月は横道に逸れて非常階段を使い、ぐるりと遠回りして中二階に登ると、再び空に

なった階段を駆け下りながらモールの中央広場らしき部分へと出る。

『マスター、いました! あそこです!』

 そして遂に……睦月は発見する。

 パンドラが逸早く気付き、画面の中から頭上を指差した。見上げればこの吹き抜けの広場

を上階から見下ろし、遠く逃げ惑っている人々や爆ぜて崩落した鉄骨などのあれこれをじっ

と眺めて立っている人影がある。

「……誰かな? わざわざ私達の下に舞い戻ってくる人間がいるとは」

 そこにいたのは二人の人物だった。

 一人は白髪が侵食するややオールバッグ気味の髪に、浅黒く日焼けし皺を刻んだ肌、随分

と着古したと思われる灰色のシニアジャケットを着た男性。

 おそらく彼だろう。市民病院で林が話していた謎の中年男性の特徴と多くが一致する。更

に確信を得たのがもう一人の方だ。

 囚人を思わせる顎の拘束具や千切れた手枷、足枷をぶら下げた半裸で巨漢の怪物。

 その赤い両眼や纏う殺気はどう考えても常人のそれではなく、この男性──召喚主が手に

下げたリアナイザに点る電源と同じくして、ぼうっとその瞳は半ば狂気に支配されて蠢いて

いる。

「……パンドラ。やっぱり」

『はい。アウターと、その召喚主と考えて間違いありません』

 ギチチッ。静かに肯定する相棒のその一言に、睦月は必死に怒りを抑えていた。

 あいつが、爆破テロの犯人。

 このまま放っておけば、いつまた同じ事を繰り返すかもしれない脅威……。

「あんたが……あんたがやったのか!? 昨夜も今日も、自分が何をやってるのか分かって

るのか!?」

「……君こそ正気か? 私達にたった一人で立ち向かうなどどうにかしている……」

 男は怪訝と、それと同じくらいの憐憫を向けているように見えた。

 ──殺れ、ボマー。

 そして彼は、そう小さく隣の巨漢のアウターに指示し、次の瞬間この巨体はだんっと躊躇

なく宙を舞った。アウターはそのまま重量に比例し、轟音を伴って睦月と同じ広場スペース

へと着地してくる。

 インカムの音とデバイス越しに、司令室コンソールの皆人や駆けつけて来ていた香月達が息を呑んで

見守っている。

「……少なくとも、あんたよりはマシだよ。テロリスト!」

『TRACE──READY』

 睦月はそっと懐からEXリアナイザを取り出した。パンドラを収めたデバイスをスライド

させた上蓋に挿入し、現れたホログラム画面から装着すべき力を選択する。

「変身ッ!」

『OPERATE THE PANDORA』

 そして叫ぶ。

 ノズル部分を左掌に押し付けて認証。彼の周りを、引き金をひいて射出された白亜の光球

とデジタル記号の輪が取り囲む。

「……何だ、あれは」

 男は上階のテラス部分から、思わず目を見開いて呟いていた。

 あの少年は一体……? だがそんな疑問が解決するよりも早く、彼とその闘争心に刺激さ

れた巨漢のアウターは直後互いに雄叫びを上げながらぶつかり合う。

「オァァァァッ! ガアッ、ガアッ!」

 体躯を活かし、アウターの側がその丸太のような分厚い両腕を振り回してきた。

 睦月はギリギリまで引きつけて逃げる、かわす。そうして銃撃の一発でも撃ち込みたい所

だったが、相手のその屈強で頑丈そうな身体を見て先ずは隙を見せない方を選んだ。

(見た目通りのパワータイプ、か。シュートやスラッシュじゃ厳しいかな。ここはナックル

で。大振りした所を全力で)

 判断を変え、直後突き出された拳をかわす。

 メゴォと左ストレートが背後のテナントの壁にめり込んでいた。金属の塊がまるで紙細工

のように大きく引っ張られてずるむけへしゃげ、腕を引き抜いたアウターがギロリと肩越し

にこちらを睨んでくる。

「……。オォォ……!」

 だが次の瞬間だったのだ。大きく跳んで一旦距離を取り直した睦月に向かい、この巨漢の

アウターはぐぐぐっと、その右腕にこぶが出来るほどの力を込め始めたのだ。

「っ?!」

 睦月が思わず目を見張る。司令室コンソールの皆人達が釘付けになる。

 その腕はボコボコとまるで沸騰するように歪に隆起し、そこから無数のイボ──ごつごつ

した肉塊を作り出す。

 そしてこの巨漢アウターは、その肉塊を弾き飛ばすかのようにぶんっと腕を振り払うと、

睦月に向かって文字通りこれらを投げ付けてきたのである。

「くっ……! シュート!」

『WEAPON CHANGE』

 ナックル、至近距離は後だ。飛び道具を撃ってきやがった。

 故に半ば反射的に、睦月はその武装を銃撃モードへと変えていた。

 距離がある。的も大きい。このまま撃ち落して、その隙に──。

「!? うあああッ!!」

 しかしそんな目論見は文字通り爆発四散したのである。飛んで来た肉塊を迎撃、睦月の銃

撃がこれらにヒットした次の瞬間、この肉塊達は最初の一発が爆ぜるのに連鎖して──即ち

誘爆して、次々にその爆風で睦月を巻き込んだのだった。

『睦月っ!』『睦月君!』

「……う、あ。な、何だ? いきなり……爆発?」

『気を付けてください、マスター! この反応、間違いありません。あのアウターから発生

した肉塊、どうやら爆薬になるみたいです!』

「ば、爆薬ぅ!? ……そうか。だから、昨夜の事件も外から……」

 パンドラがその正体に気付き、叫ぶ。

 睦月は少なからずダメージを受けながらも、それでも何とか立ち上がった。

 呟く。繋がった。やはり昨夜の爆破事件もこいつらの仕業だ。爆発が建物の中から起こら

なかったのも、あちこちに点々と被害があったのも、ああして爆発する肉塊を屋上からばら

撒いたからに違いない。

 このアウターが──“爆弾魔ボマー”のアウターがこちらに向き直る。

 何て物騒な奴だ。あんな攻撃をまともに受けたら、この姿でも無事じゃ済まない。

「……だったら」

 睦月は少し考え、再びホログラム画面を操作した。

 選択したのは白の──ハヤブサのコンシェル。再び大きく腕に力を込めて肉塊爆弾を放とうとす

るボマーを前に、睦月は逸早くその引き金をひく。

『ELEMENT』

『GUST THE FALCON』

 二度目の爆撃は、ただ徒にモールの内壁を吹き飛ばしただけだった。肉塊が飛んでくるよ

りも速く、胸に白い光球を宿した睦月が文字通り消えるように駆け出したからだ。

「む? 何だ。急に速く……」

 上階で男が驚いて必死に目を凝らしている。それだけ睦月の速さが急に目で追えなくなっ

てしまったのだ。

 ファルコン。

 疾風の力、高速移動の能力をパワードスーツに与えるコンシェルである。

(これで……!)

 撹乱するように縦横無尽に駆け回り、睦月はボマーの隙を窺った。やはり巨体ではこの速

度にはついて来れないのか、豪腕を振り回せはせど、どれもあさっての方向を打ち付けるに

留まっている。

「……ナックル!」

『WEAPON CHANGE』

 そして見極めた。大きく空振りしたボマーの一撃。その空いた脇腹へと、睦月は背後から

武装を切り替えつつ一気に迫ったのだ。リアナイザを中心に光球状の拳が形成され、渾身の

一撃がこのアウターを倒すべく叩き付けられる。

「──」

「っ……!?」

 だが、効いていなかったのだ。

 拳撃は確かに脇腹に入った。だがその巨大で分厚い身体は、通常時の睦月が放ちうる最大

のパワー攻撃すら受け付けなかったのである。

『そ、そんな。加速もついたナックルも効かないなんて……』

「……」

 パンドラの驚愕。しかしその直後、三度ボマーがぐぐっとその左腕に力を込め始めたのだ

った。

 ちょうど左脇腹に打撃を打ち込んだ睦月を、頭上から叩き付ける格好。

 ボコボコと隆起していくその至近距離の肉塊爆弾に、睦月は拙いと感じ、咄嗟にナックル

の攻撃兼防御の光球部分を自分の顔面に持っていく。

「がっ──!」

 裏拳よろしく。次の瞬間パワードスーツに身を包んだ睦月を、ボマーの至近距離からの爆

撃が直撃した。

 巨大な爆風と黒煙が二人を包む。司令室コンソールの一同が血の気が引いた思いでこの映像にかじり

付く。

 どうっ。睦月は辛うじてナックルで攻撃をワンクッション出来たが、爆発の威力までは殺

し切れず、そのままゴロゴロと吹き飛ばされて地面を転がった。

 ボマーがそっと打ちつけた腕を引き抜く。メゴメゴと、真皮が露わになった表面があっと

いう間に元の硬い表皮に覆われて回復していく。

 男がゆっくりと中央階段から降りて来ようとしていた。最初こそ睦月の変身や自身のアウ

ターと交戦していた事に驚いていたが、ここに来て勝ち誇ったように哂い、言う。

「驚いたよ。まさかボマー対抗できる人間がいるなんてね。だが……何処の誰かは知らない

が、私のボマーの前ではやはり無力だったみたいだな」

 ボロボロになり、それでも何とか起き上がろうとする睦月。

 しかし受けたダメージは確実に中の人間を痛めつけており、出来るのはただふらふらにな

りながらも、合流する男とボマーの二人を睨み返すくらいのものだ。

『睦月、一旦退け! このままじゃ勝ち目はない! 逃げるんだ!』

「……ほう? それだけダメージを受けても、あくまで私達に挑もうとするか。……いいだ

ろう。望み通りにしてやる。共に滅んでしまえ。この忌々しい都市と共に!」

 インカム越しに皆人達の必死の声が響く。

 だが睦月は何も反応できず、ただそこによろめき立っているだけだった。男の前で四度腕

に力を込め、ボマーがボコボコと隆起した肉塊爆弾を放とうとしている。

(……駄目だ。動けない。今ここで逃げたら、後ろの人達が……)

 肩越しにそっと後ろを見遣る。睦月が立ち続けていのは、何もそのダメージの大きさだけ

ではなかったのだ。

 人々がいたからだった。ちょうど背後、ボマーが拳で打ち抜いた内壁の向こう遠巻きに、

まだ逃げ遅れた数名がこちらに気付いて腰を抜かしているのが見えていたのだ。

 今、自分が逃げちゃいけない。

 このまま奴の肉塊ばくだんがあっちまで飛んで行ってしまったら、間違いなくあの人達は死んでし

まう……。

『睦月、睦月! どうした!? 応答しろ!』

『マスター! マスター! しっかりしてください! 早く、早く逃げて!』

 ぱんぱんに膨れ上がってボマーの腕に取り付いた肉塊爆弾は、シュウシュウと静かに蒸気

を上げながらその時を待っていた。

 殺れ──。男が言う。

 狂気のまま、赤く光る双眸で、ボマーは深呼吸するように大きく身を捻り、右腕を振り上

げると、そのままぶんっと振り抜いた腕から肉塊達を解き放つ。

『睦月!』『マスター!』

「……っ」

 仲間達が叫ぶ。睦月が立ち尽くしている。


 刹那、次の瞬間。

 ボマーの爆弾が、睦月に激突して爆ぜた。

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