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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-48.Stigma/排斥者達の災展
369/526

48-(5) 仇=(は)由香

「……っ! ?!?!?!」

 北大場の廃ビル群、とあるフロア。

 一人ようやく目的の場所を探し当てた七波は、そこに広がる光景に絶句していた。長く打

ち棄てられた空間の中に、母・沙也香の変わり果てた姿が在ったからだ。

 おそらくは繰り返し撃たれたのだろう。身体に幾つもの穴が空き、黒ずみ始めた血溜まり

の中に彼女はじっと突っ伏している。

「いやああああああーッ!! お母さんっ、お母さんッ!!」

 絶句から絶叫へ。ギリギリまで引き絞られ、弾かれるように駆け出した七波は、その亡骸

も下へと転がり込んで膝をついていた。

 急いで抱え上げようとするが、血で滑って上手くいかない。触れても揺さ振っても、その

肉体からは命と呼べる熱量は既に失われていた。自身が血溜まりで汚れてしまうのも二の次

に、彼女は泣き叫んでいた。ボロボロと、両の瞳から涙が零れる。

 死んだ? 殺された? お母さんが?

 どうして? 確かに一時は自分のとばっちりを受け、不仲になってしまってこそいたもの

の、死んでしまってはもう二度と仲直りも出来ないじゃない……。

「ようやく来たか」

 そんな時である。スッとフロア内の物陰から、音もなく勇が姿を現した。手にはあの時に

も見た、禍々しい黒塗りのリアナイザが握られている。

「筧兵悟は……一緒じゃないのか。まだあいつを庇うのか」

 視界の中で転がっている沙也香の死体などまるで関心が無いように、勇はぐるりとフロア

内に他の人影がないことを確認してからそう呟いた。静かに眉間に皺を寄せ、要求通りに七

波が動かなかったことを詰るかのようだった。

 一方で、当の七波も負けてはいない。母が死んだ──殺された激情が間違いなくそうさせ

たのであろうが、彼のそんな第一声にキッと顔を上げ、強い憎悪と涙目でもって睨み返すと

言う。

「どうして!? どうしてこんな……! 私が来れば、助けるんじゃなかったの!?」

「……お前を始末する為だ。返すとは言ったが、五体満足とは言っていない」

 しかし対する勇は、あくまで冷徹で、向ける眼差しは彼女の比ではない。

「俺はそんな約束などしていないし、お前が筧兵悟を連れて来なかった時点で、そもそも条

件を満たしてはいない」

「うっ──!?」

 嗚呼、本当に本気なんだ。七波は今更ながらに痛感した。あまりにも遅過ぎるし、手遅れ

だったが、彼とは未だ話し合える余地がある筈だと希望的観測を抱いていたのだろう。詰将

棋のようにこちらの甘さを指摘・論破してくれる彼に、彼女の瞳が苦渋の表情から死んだ魚

の如く、濁った色へと変わる。

 ……筧さんに知らせなかったのは、ひとえにこれ以上巻き込まない為だ。でも瀬古先輩は

以前にも増して、冷徹で且つ頑なになっている。

 猛烈に襲う無力感。

 やはり自分には、もうこの人を止められないのか……?

「まぁいい。なら先に、お前だけでも──」

 ちょうどその時だった。数拍絶望に沈む七波を見下ろし、黒いリアナイザをゆっくり持ち

上げながら近付こうとした勇に向かって、何処からか複数の火球が飛んで来たのだった。

 攻撃自体は直前、リアナイザから飛び出したドラゴンがこれを剛腕で弾き、未然に防ぐ。

彼を守るように前傾姿勢を取って激しく息を吐き出し、暗がりの向こうに潜んでいた犯人達

を威嚇した。

「……誰だ?」

「あんたこそ誰なのよ!? そいつは私達の獲物よ!」

「ナナミ、ユカ……。殺ス! 殺ス!」

 鍔広帽子とローブ姿のアウターと、召喚主らしき女性──ウィッチと磯崎瑠歌だった。勇

はじろっと横目に彼女らを睨み付けつつも、一抹の怪訝を宿している。相手は確実に自分達

と同胞のようだった。

(俺達と同じ標的ターゲット? “蝕卓ファミリー”が水を差した……刺客の一人か。どちらにせよ──)

 九十度方向転換して、彼女らと向かい合う。ドラゴンが再び咆哮を上げながら真っ黒なデ

バイス状に変化し、勇の下に戻った。彼は左手でこれをキャッチすると、右手のデバイス内

にセット。『666』のコードを入力し、排除すべき対象を切り替える。

「邪魔をするのなら……お前達も一緒に消すまでだ」

『EXTENSION』

 変身! 改めて明確に敵意を向けて、引き金をひいた直後に包まれる黒いバブルボール。

 電子音がそう鈍く発声するや否や、その身は禍々しい黒を基調としたパワードスーツ姿へ

と変貌する。

「……コイツ、マサカ」

「上等じゃない。そっくりその台詞、返すわよ。マナ!」

 対するウィッチと瑠歌も、大人しく引き下がる心算はないらしかった。彼女の買い言葉を

合図として、魔女型ウィッチのアウターことマナも戦闘を開始した。

 両掌から放たれた火球や雷撃を、勇はぐるぐると身を翻してかわしながら、手近な柱の陰

に隠れる。黒いリアナイザに追加でコードを入力し、アンキロモジュールを起動──装甲竜

を思わせる巌のような盾をかざし、彼女からの攻撃を正面から防ぎつつ突進。すかさず右手

拳鍔ダスターモードで殴り掛かり、接近戦へと持ち込む。

「ひっ、ひいッ……!?」

 激しく散る火花と、勇・ウィッチ双方の叫び。

 攻撃の矛先が彼女達に逸れた隙を縫って、七波は腰を抜かしながらもその場から逃げ出し

始めた。戦いに巻き込まれまいと、巻き込むまいと、せめて母の遺体だけでも此処から連れ

出そうとする。だが彼女の比較的小柄な体格と細腕では、その身体を満足に引き摺ることさ

え出来ない。

「グゥ……ッ?!」

「やはりそうか。お前の能力は、中から遠距離の射撃型だな?」

 らっ、しゃぁぁぁ!! 一方で相手のスタイルを即座に見極めた勇は、徹底してインファ

イトに持ち込み、維持していた。アンキロモジュールの盾も打撃に活用し、一度入り込んだ

懐から引き剥がされまいと食らい付く。当のウィッチは繰り返し拳鍔ダスターと盾の殴打を浴び、そ

の都度大きくよろめいた。牽制に火球や風刃を射出するが、しっかりとその予備動作は見切

られ、的確に防御と回避で詰め返される。

「……っ、マナ!」

 召喚主たる瑠歌も、じりじりと後退する他ない。どうやら相手が予想以上に強敵、戦闘慣

れしていることを理解しつつ、されど視界の端には仇敵・由香の姿を外さない。彼女はこの

どさくさに紛れ、母親の遺体を引き摺って逃走を図ろうとしていた。

「待て! お前だけは逃がさない!」

 咄嗟に瑠歌はこれを追うべく走り出した。勇もちらっと視界の端でこれを捉え、ウィッチ

から離れて追おうとしたが──させじと彼女が炎鞭を叩き付けた。足元を高熱がジュッと溶

かし、反射的に足を止めた勇の前に立ちはだかりながら、この小さな魔女の怪人は叫ぶ。

「サセナイ……! ルカハ下ガッテ! 私ガ押サエルカラ、早ク!」


 廃ビル群の一角で繰り広げられる両者の戦いは、程なくして屋外に展開していた武装部隊

の面々にも知れ渡ることとなった。何だあ!? 突然遥か頭上の一フロアから爆発が起き、

彼らが弾かれたように見上げている。降ってくる硝子や瓦礫に慌てて逃げ出し、現場は大き

く混乱した。

(……何で? 何で、こんな事に……??)

 狂気のままに戦う二人から這う這うの体で逃げ出しつつ、七波は激しく問うた。母親の遺

体も、これでは満足に運べない。引き摺った跡が血のレールになって残り、すぐ傍らで黙り

込んでいる。酷く嘆いて祈っても、もう二度と目を覚ますことは無い。

 勇は新たにティラノモジュールを展開していた。ウィッチの炎鞭を力ずくで引き千切りな

がら、より攻防一体の動きでこれに迫る。

 七波の心と体に蓄積していたのは──他らぬ後悔だった。自分の行いが由良の命を奪い、

筧の人生を狂わせたというのに、陰山さん他対策チームの人々は『正しいことをした』のだ

と言う。……何が正しいのか分からなかった。いやそもそも、自身の行いを間違っていない

んだと言い聞かせたその判断こそ、何よりも正しくなかったのかもしれない。自分は始めか

ら、間違っていたのかもしれない……。

「しっかりするんだ、七波さん!」

 だが次の瞬間である。三度嘆きの底に沈もうとしていた七波の意識に、刹那ちらっと光が

視えた気がした。ハッと顔を上げ、泣き腫らしたその瞳に映したのは──白亜を基調とした

パワードスーツ姿。守護騎士ヴァンガードに身を包む睦月及び、同期させた冴島のコンシェル・ジークフ

リートだった。

 但しその両腕は、以前見た時とは随分違う。かなりゴツくなっている。

 膂力ブルート。ゴリラ・コンシェルの武装だ。まるで丸太のように巨大な左右両腕のパーツが、睦

月の打撃力を大幅に強化していた。勇とウィッチ、七波そっちのけで争う二人の間に割って

入り、ジークフリートと共に彼らを弾き飛ばしていたのである。

「!? お前ら……」

「グゥッ……!? シコツイ……!」

「大丈夫? 助けに来たよ!」

「予定通り、こっちに来ていたな。皆、彼女を安全な所へ」

了解ラジャ!』

 ティラノの鋏型アームを打ち返され、或いは仕返しとばかりの斬撃を叩き込まれる。

 どうやら外の当局部隊をダズルの能力ですり抜け、ビル内に潜入していたらしい。同時に

大きくよろめいた勇とウィッチは、それぞれに顔を顰めていた。七波を追おうとしていた瑠

歌も慌てて振り返っており、その隙に冴島隊の面々が乱入。母親の亡骸の前で泣き腫らして

いた七波を連れて逃げてゆく。

『──』

 間に合わなかったか。暗にそう言葉が出そうに、睦月と冴島はちらっと肩越しにその血塗

れの遺体を確認していた。深く眉間に皺が寄る。隊士達が完全に姿を消してしまうのを見守

ってから、尚も追おうとする勇やウィッチ、瑠歌の前に立ち塞がった。

「瀬古さんは僕が何とか押さえます。魔女型ウィッチの方は……頼めますか?」

「ああ。こっちは任せておいてくれ。予定通り──手筈通りに行こう」

 二対二。瑠歌やコンシェル達を含めるのなら、実質更にプラスアルファ。

 睦月と冴島は、始めから一騎打ちに持ち込むことを決めていた。EXリアナイザと得物の

長剣。それぞれをゆっくりと持ち上げながら、二人は矢継ぎ早の戦いに挑む。

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